第1話 3
「ああああああ――あーっ!!」
パーティーが終わり、侍女のマリサにドレスを脱がせてもらったシャルロッテは、下着姿のままでベッドの上でのたうち回る。
「あうあうあ――ッ!」
枕に真っ赤になった顔を押し付け、両手足をバタバタ。
とても先程まで、毅然とした態度でパーティー会場を彩っていた人物とは思えない。
「お嬢様、いい加減になさいませ」
と、お茶の用意を終えて戻ってきたマリサにたしなめられて、バタついていた手足がパタリとベッドに落ちる。
「だぁってぇ……」
シャルロッテにとってマリサは、物心ついた時から一緒にいてくれる姉のような存在だ。
自然、声色も甘えたものになって。
「私……また――あああ、あんな格好で……」
「それこそ今更ではありませんか。
さ、これを飲んで落ち着いてくださいませ」
マリサは苦笑しながらティーポットからカップにお茶を注ぎ、それをシャルロッテに手渡す。
「ありがと……」
素直に礼を言って、シャルロッテはカップを傾けた。
叫び倒していたから喉が乾いていたシャルロッテは、カップの中身を一気に煽る。
ドアがノックされたのはそんな時だ。
「――そろそろ落ち着いたかしら?」
そう言って顔を覗かせたのは、緩やかに波打つ金髪を後でまとめた少女で。
「ル、ルシアお姉様! い、いらしてたのですかっ!?」
シャルロッテは、自分が下着姿なのに気付いて、慌ててベッドからシーツを剥ぎ取って身に巻きつける。
――ルシアーナ・エリオバート。
この国の第一王女――つまり、シャルロッテが先程ぶっ飛ばしたルキオンの姉である。
そして――そもそもの話として今回、シャルロッテにルキオンをぶっ飛ばさせたのが、彼女であった。
ルキオンが平民の女に入れ込んでいるから、監視して欲しい、と。
おイタが過ぎるようなら、お仕置きして欲しい、と……
シャルロッテは敬愛するルシアーナの為、その任務を忠実に果たしたのである。
「無事に終わったって報告を受けてね。
あなたのことだから、また大変な事になってるんじゃないかって、顔を見に来たのよ。
……もう、落ち着いたみたいね」
「わ、私はいつだって冷静です!」
「そういう事を言うから、姫様も次々と問題を持ち込まれるのだと、いい加減気づきましょうよ……」
マリサが呆れたように呟くけれど、シャルロッテはスルーした。
シャルロッテにとって、ルシアーナは絶対正義なのだ。
かつて――シャルロッテは幼い頃、病弱で気弱な少女だった。
そんな彼女を支え、励まし続けてくれて、生きる指針を与えてくれた人物こそ、ひとつ年上の従姉であるルシアーナだった。
ルシアーナのお陰で、今の自分があるのだと――シャルロッテは本気で信じていた。
(あの
それだって、我慢できないほどではない。
最近では、ルシアーナがなにやら社交界で工作してくれているらしく、奇異の目で見られることも少なくなった。
(いえ、むしろなにか期待されるようにも……)
嫌な考えがよぎって、シャルロッテはその思考を打ち消す。
そんなシャルロッテをよそに、ルシアーナはマリサに淹れてもらったお茶をひと含みして。
「今回も、本当に良くやってくれたわね」
優しくそうシャルロッテに語りかける。
「あの愚弟と来たら、本当に懲りないものだから……」
そう。
シャルロッテがルキオンをぶっ飛ばすのは、これが初めてではない。
三年ほど前から、およそ半年に一度の割合で、シャルロッテは彼をお仕置きしてきたのだ。
(……そのたびに、私はあの姿を衆目に晒してきたワケで……)
回数を重ねるたびに、イヤな慣れ方をしてきているのを自覚してしまい、振るう拳にも力が入ってしまうというもの。
現在、エリオバート王国国王には、三人の子がいる。
第一王子ルシウス。
第一王女ルシアーナ。
そして、バカで女たらしのルキオンである。
まだ年若い王は、王太子の指名をしておらず、便宜上はルシウスが王太子のように扱われているものの、貴族達の中にはルキオンを推す者も少なからずいる。
ルシアーナはというと、現在、やや特殊な役目を担っている為、王位争いからは距離を置いている立場だった。
「……あのバカは、エレノア嬢のなにが気に入らないのでしょうか」
宰相の娘であるエレノアは、幼い頃から妃教育を施され、今では立派な
バカの婚約者でさえなければ、多くの貴族令息から引く手数多に違いない。
「それ、わたしも気になって、さっきあの子に聞いてみたんだけどね」
シャルロッテに馬乗りになられて、顔が膨れがるほどボコボコにされたというのに、もう受け答えできているのだから、あのバカもなかなかに頑丈な造りをしている。
「……自分よりデキが良いから――だそうよ……」
要するに子供じみた嫉妬である。
「……バカですか?」
「知らなかった?」
「――いえ、知ってましたけど……」
彼女達の中で、バカの評価は底辺を通り越して、地面にめり込む勢いであった。
「そもそもバカがバカに操られないよう、エレノア嬢を婚約者にしたというのに、あのバカはそれさえも理解できてないようなの……」
「むしろバカのお山で、ボス猿気取りですからね……」
ふたり揃ってため息をつく。
もはやバカは、名前すら呼ばれない。
(私があんな恥ずかしい格好を人前でするハメになってるのも、あのバカがバカだからだわ!)
「さすがに今回の件で、お父様もガリオノート宰相も堪忍袋の尾が切れたみたいでね。
エレノアとの婚約は解消。
バカの王位継承権の剥奪が決まったわ」
「それでは――」
シャルロッテの顔が輝く。
(――私のお役目も晴れて御免という事に……)
学院にバカが入学して来て以降、シャルロッテはルシアーナに頼み込まれて、バカのお目付け役兼教育係という役目を担ってきた。
そして、バカがなにかしでかすたびに、あの恥ずかしい格好をしてきたのだ。
ベッドでのたうち回り、羞恥の涙に枕を濡らした夜は数しれず……
「ええ。あなたには本当に苦労をかけたわね。
あのバカは、辺境騎士団で性根を叩き直させるわ。
晴れてお役目終了よ」
(やったーっ!)
内心は小躍りしたいほどだけど。
貴族令嬢としてルシアーナにそんな姿を見せたくなくて、シャルロッテは膝を折って
「ありがとうございます」
そうシャルロッテが告げると、ルシアーナは労うように彼女の肩を叩いた。
「今日はそれだけ。
ああ、でも聖女としてのあなたの立場はそのままだから。
それだけは覚えておいてね」
「かしこまりました」
シャルロッテとしては、その立場そのものはすでにどうしようもないものと諦めている。
なにせ神器が適合してしまっているのだから。
なにかあったら、また頼まれごとがあるのだろうが、少なくともバカの相手ではないだけマシと、シャルロッテには思えた。
ルシアーナが部屋を去り、その見送りにマリサも共に退室する。
ひとり部屋に残ったシャルロッテは、思わず拳を突き上げた。
「――やったわーっ!」
と、歓喜の叫びをあげたところで。
「そうそう、シャル。
エレノア嬢の事なんだけどね――」
ルシアーナが戻ってきて、そう声をかけてくる。
憧れのお姉様に、世紀末覇王の末期のような姿を目撃されて。
シャルロッテは顔を真っ赤にして、シーツに包まりミノムシになった。
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが1話になります~。
気分転換で始めた本作、作者も頭からっぽにして書いてるので、読者の皆さんも頭からっぽにして、気軽に読んでください。
難しい推理とか、設定とか布石はいっさい打ちません!(置かないとはいってない)
基本的に、シャルロッテが羞恥心を圧倒的武力に変えて、道理を根こそぎ薙ぎ払っていくお話です!
「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、どうぞフォローや★をお願い致します~
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