第1話 2

「――<純潔聖衣メイデン・クロス>!」


 紡がれた詞によって現実が書き換えられ、シャルロッテの夜空色のドレスがほどけ、変質していく。


 それは――ビキニアーマーだった。


 まごうことなき、真紅の光沢も鮮やかなビキニアーマー!


 白いシャルロッテの裸身の局部だけを覆い隠した、不思議素材のビキニアーマー!


「きゃあーっ! シャル様のドレスアップよ!」


「わたくし初めて見たわ! 来てよかった!」


 観衆の中から、ご令嬢達の黄色い歓声が飛ぶ。


 普通の国の普通の令嬢ならば、眉をしかめてしかるべきその姿。


(……なぜか受け入れられてしまっている……)


 心の中でため息を突きながら。


 素肌も露わなビキニアーマー姿となったシャルロッテは、手にしていた取皿を予備動作なしで衛士達に手首のスナップだけで投げ飛ばす。


「――でっ!?」


「ぎゃ――っ!」


「ゲフゥッ!」


 陶器製に見えるのに、取皿は異様に頑丈だった。


 現実を書き換え、不可能を可能にする理不尽な理――それこそが神器による異能。


 先行していた三人に連続して命中し、倒れ込んだ彼らに蹴躓いて、後続の何人かがその上に倒れ込む。


「――来たれ! 我が刃!」


 シャルロッテが魔道を詞に乗せて両手を広げると、彼女の左右に無数の長剣が現れて、床にドスドスと突き刺さる。


 その一本を引き抜き。


「さあ、どなたからお相手頂けるのかしら?」


 と、笑顔を向けながら軽く剣を振るうと、それだけで大理石の床に大きな亀裂が走った。


 砕ける音などまるでなく、バターが熱したナイフで切り裂かれるように、突如、ぽっかり口を空けた形だ。


 衛士達がブルブルと首を横に振る。


「あら、そうなの?」


 シャルロッテは短気ではあるが、道理がわからないわけではない。


 時には道理を持ち前の武力で強引にねじ伏せる事もあるけれど、決して横暴で話が通じない少女ではないのだ。


 王子の命令に従おうとしただけの衛士達が降伏を示すなら、無駄な暴力を振るう事はしない。


「――だ、そうだけど……」


 シャルロッテはルキオン達を見据える。


「お、おまえ達、オレを守れ!」


 ルキオンに命じられて、側近の四人が彼の前に進み出て――


「ここは――」


 鉄板を打ち鳴らしたような音がホールに響いた。


 まずアーノルドが長剣の腹で打たれて宙を飛び、柱に上体がめり込んだ。


 意識を失ったのか、ぷらんと下半身が垂れ下がり、奇妙なオブジェが完成する。


「きさ――」


 再び鉄音。


 床にマニオンが突き刺さる。


 彼もまた、オブジェの仲間入りだ。


「ひッ――ヒィ!」


 三人目はもはや悲鳴だった。


 下から顎をすくい上げられて、天井に突き刺さる。


 前衛芸術だ。


「ぼ、僕は関け――ぎゃぁっ!」


 逃げ出そうとした四人目に、長剣を投げつけて。


 その後頭部に剣の腹がヒットして、彼は一瞬で意識を刈り取られる。


 何度でも言おう。


 シャルロッテ・キーンバリーは、ひどく気の短い少女だ。


 こと、戦場いくさばにおいて相手の口上を待ったりはしない。


 戦場で語り合うのは、拳と鋼鉄だけで十分――というのは、彼女の両親の教えだ。


 ――極度の脳筋主義とも言う。


 理屈はぶっ飛ばしたあとで、でっち上げれば良いのだ。


「――さあ、殿下……」


 ゴキリと。


 シャルロッテは拳を鳴らす。


「お仕置きの時間です」


 それはひどく美しい笑顔だった。


 同年代の男性なら、誰もがその微笑みに魅了されるだろう。


 ――その出で立ちが、ビキニアーマーでさえなければ……


 パーティーホールで。


 ビキニアーマー姿で拳を鳴らしながら、半べそ鼻血吹き男に詰め寄って微笑みを浮かべる美少女。


 異様であった。


 異常な光景とも言える。


 だが、観衆達はその異常な光景に慣れっこなのか、高揚感も露わに、あるいはうっとりとした表情で、シャルロッテの次なる行動を見守る。


「貴様ぁ、よくもアーノルド達を!

 そもそもそんな破廉恥な格好、貴様には羞恥心というものがないのか!」


 激昂して叫ぶルキオンの言葉を、シャルロッテにしては珍しく、最後まで聞き届けた。


 ――カツリと。


 ルキオンの目の前までやってきて、シャルロッテはヒールを鳴らす。


「――この私の完璧な身体に、恥ずべき処などひとつもないわ!」


「――さすがシャル様!」


 ご令嬢方から、黄色い歓声が飛ぶ。


 だが……ウソである!


 正直、今すぐ屋敷に逃げ帰って、ベッドに飛び込んで叫び出したいくらい、シャルロッテは羞恥心を押し殺している!


 単なる慣れと、持ち前の鋼鉄のメンタルで、それを表情に出していないだけなのである!


 相手の話を聞かないのも、生来の気の短さも確かにあるが――なるべく早く状況を終わらせたいからなのである!


 けれど、そんな彼女の内心は誰にも伝わる事はない。


 傍目はためには、ひどく堂々と立つ、ビキニアーマーの公爵令嬢の姿があるだけだ。


「――言いたい事は、それだけね?」


 そして拳が振りかぶられ……


「ひぎゃぷ――ッ!?」


 エリオバート王国第二王子の悲鳴が、パーティーホールに醜く響き渡ったのだった。


 その後、シャルロッテは――


 ルキオンが号泣して「ごめんなさい」を言うまで、馬乗りになってその顔面を殴り続けた。


「謝るのは私にじゃなく、エレノア嬢にでしょう……」


「ごめんなさいいいぃぃ……」


 顔をパンパンに膨らませた第二王子は、顔中をいろんな液体に濡らしながら、婚約者に向けて土下座するのだった。

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