第6話 音楽と私
「カラスの殺人」の結成から数日、ようやく冷静になって気付いた。
二人しかいないバンドに二人もギターはいらない、と。
ただただバンドメンバーを集めることだけを目的としていた自分を恥じた。
そしてスバルに「二人ともギターっておかしくない?」とLINEを送った。
三十分くらい連絡が返ってこないので、朝ごはんを食べたり、歯を磨いたり、英語の単語帳を見たりしながら待っていると、ピロリンと通知音が鳴った。
開くと「ありすさんにお得なクーポンのお知らせ」と某雑貨チェーン店からの公式LINEだったので少しイラッとした。
その後、30分くらいギターの練習をしていると、またピロリンと着信音があり、次こそスバルだった。
「たしかに」との4文字。また1時間待ってたまるものかと即座に「どっちかを別の楽器にしよう」と打つと、すぐに既読がつき、「何かほかにできる?」「楽器」と返信。
多分こいつは返信が遅いやつだと分かったので、自分の時間のため、いきなり通話を始めた。
「もしもしー今だいじょぶー?」
と私。
「うん」とスバルが一言。
「わたしさー、前ピアノ習ってたからもしかしたら行けるかも」
「そう、お願いできる?」
「おっけー、練習しとく、じゃ」
10秒に満たない会話だった。しかし前進することができた。
さて、ギター生活がおそらくエンドしてしまった。ぎたー、guitar、gitarre。しばしの別れだ。
あまり気が向かないながらもアップライトピアノのイスに座る。フタを開ける。楽譜を取ろうとしたら埃が少しついていたのでちょっとやめた。
強弱を持つチェンバロに手をあて、Cのコードを出す。
久しぶりにこの音を聴いた。お母さんが小学生の時におじいちゃんから買ってもらったピアノ。
私はそこまで音の良し悪しがわかるわけではないが、このピアノは大事にされていたことがわかる。
私よりも生きているピアノ。優しい音。
謎の感慨深さを感じながら音楽のことを考える。
私が音楽を習い始めたのは小学1年生のとき。物心ついた時には音楽が大好きだった。
歌を歌うことが大好きだった。
もちろん今までずっと好き。
最初の楽器はピアノだった。
お母さんのピアノを使って毎日練習した。
あまり気が向かない日でもこの椅子に座ればピアノを弾く気になれた。
自分の表現をすることができることが楽しかった。
感情を表現できることが楽しかった。
心が満たされる感覚が好きだった。
そんなことを考えてたら自然と涙が出て来た。
何で涙が出て来たのかはわからない。
悲しかったわけではない。
むしろ幸福を感じている。
何なのであろうか、この感情は。
まぁいい、ピアノを弾こう。
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