第2話自転車と春風

 中村スバルがバンドに加わった。一人から二人になったとは言えども、ギターとギターなのでバンドとは言えない。


 残りの楽器の演奏者を探さなければ。


 キーンコーンカーンコーン


 朝の8時30分になった。HRが始まる時間であると、黒板に書いてある。


 チャイムの音がして、これからクラスメイトとなる人が次々に席に着いていく。


 ガラッと閉まっていたスライド式の入り口が開かれ、教師が入ってくる。かなりムキムキの教師だ。


 この教師はどのような人物なのだろうと、生徒たちは関心を寄せている。教師は、自分の名前、自分の担当教科が物理であること、趣味等を紹介して、話題は私達生徒の自己紹介に移った。教師は出席番号1番から紹介するように言う。


 私の名前は赤井アリスで、出席番号は1番、普段なら自分の名字を恨んでいるところだが、今回だけはラッキーだと思った。


 恐らく一番最初に自己紹介をすることになるだろうと考えていた私は、緊張しても忘れないように書いておいたカンペ用紙を机の上に出し、小さく深呼吸をして大きく言葉を発する。


「私は赤井アリス、ヒガシ中学校出身」

「バンド仲間を募集しています!」

 思った通りだが、私が言ったあと教室の中はシーンとした。教師が、

「はい、えー、じゃあ二番。青木くん」

と言い、その後は何もなかったかのように進行した。


 自分でも分かるくらい心臓がドクドクしていた。自分の顔の肌の熱が分かるくらい顔が赤くなっていた(たぶん)。


 しかし、自分がしたことを後悔していない。


 あとは、結果を待つだけだ。


 私にとっては地獄のような時間が過ぎた。



 高校生活が始まって早々に、とてつもなく緊張した。


 一時間目のはじめ、自己紹介をしてから上の空だった。


 そして、その状態のまま六時間の授業が終わり、終に、一人しかメンバーが集まらなかった。


 まだ放心状態のまま、高校からすぐ近くのシグマバーガーに向かう。


 先についていたらしいスバルは、向かい合わせになっている2つの席の片方でシェイクを飲んでいた。彼はこちらに気づき、手招きした。


 しかし私はそれを無視して、ポテトとソフトクリームを買ってから、彼の正面の席に座った。


「他のメンバーは?」


 彼が言うと、私は苦虫を噛んだような顔をして、

「まだ集まってない。集められなかった」

と言った。


 それから会議は続く。


「あんなにみんなの前で言ったのに?」


「うん。一人も来なかった」


「そうなんだ」


・・・・・・・。


沈黙が流れて、私が、


「練習どうする?」


 彼が、


「できそうな場所あるかな?」

・・・・・・。


「私の家の倉庫使えると思う


「じゃぁ、そこで練習しようか」


とりあえず決まった。


・・・・・・。


「じゃぁ、今から行っていい?俺の家、ここから近くだし、すぐギター取ってこれるから。家どこ?」


「私の家もここから近く」


「じゃぁ、今から持ってくるから待ってて」

 そう言うと彼はカバンを持って、シグマバーガーを出た。


 私もポテトとソフトクリームを食べ終わってからシグマバーガーを出た。


 シグマバーガーの駐車場でスバルを待つ。

 春の匂いを乗せた風が吹く。心地よい風だ。 


 ギターを担いで自転車を漕いでいる彼が左手で私に手をふる。


 私も自転車に乗って自分の家に向かう。

 心地よい風が吹き続けている。桜や他の植物の匂いをまとった風だ。


 その風たちが私達の最初の一歩を祝福するように自転車を漕ぐ私達の背中を押してくれる。


とても心地いい。



 家につく。彼を倉庫に案内してから、家からギターとアンプ2つ、タブレットを持ってくる。


「とりあえず、演奏見せ合わない?」


 私は提案した。少し指を動かしてからギターを構えて、流行っているJ-POPの曲を演奏する。


 自分の音楽を他人に見せるために演奏したことはこれまであまりなかった。音楽は動画を見ながら練習したし、一人で弾くことが多かった。人に自分の音楽性を見せるということは、なんだか自分の心のコアの部分を見せているようで、恥ずかしい。


 だけど、自分の音楽に他人が時間を使っていると思うだけで、なんとも言えない高揚感がある。


 私は自分の演奏を終えると、真っ先に「どうだった?」とスバルに聞く。


 ダメ出しされたらどうしようなどと考えていたが、彼は「一つ一つの音がなんかしっかりしてて、良かった」と言ってくれた。


 「次は俺の番だね」と彼は言い、自分のギターを取り出した。そして私がやったように指の運動をして、私が弾いた曲と同じ曲を弾いた。


 それは私の音楽よりも一音一音に力がこもっていて、なんというか、迫力のある演奏だった。


 お互いに自己の音楽性を見せ合ったあと、私達は相手の音楽の良いところを出し合った。


 繊細さや、力強さ、リズムが乱れていないなど。


 出し尽くして、沈黙が発生した。


 彼は「一緒になんの曲を演奏するか決めよう」と言った。


 私はタブレットを出した。動画共有アプリを開き、二人でどの曲を演奏したいかを話し合いながら、色々な曲を聞き直した。彼が提案してくれた曲の中には、私が知らない曲もあった。


 一時間くらい話し合った結果、最近SNSで流行ってる曲の中から一曲を選び、翌日から練習をしようと約束をして、今日は解散した。

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