オリオン・トラペジウム・クラスター

@Kurosaki-Ryu3

第1話春と入学

 季節は春。ほのかに香る春の匂い。寒さが厳しい冬が過ぎ、落ちた木に再び葉が生え始めしばらくした頃である。


 私、赤井アリスは心軽やかに自転車のペダルを漕いでいた。


 校庭に設置された新入生用の特設駐輪場に自転車を止め、近くにいた教師に元気よく挨拶をする。


 2週間前、私はここで第一志望校の高校の合格に歓喜し、県内随一の高校の格にふさわしいとされた自分を誇りに思った。


 合格が決まってからは、入学手続きの紙と一緒に配られた、教材の山と対峙したり、ギターの腕がなまらないように練習したり、勉強の気晴らしにカラオケに行ったりして、春休み満喫コースを堪能していた。


 そして、春休み中に心に決めたことがある。


「絶対にバンドを結成する」


 私は、ギターや歌が特段上手いわけではない。しかし、誰よりも音楽を、歌を、曲を愛している自信がある。


 その誓いを胸に、生徒として、初めて高校の土を踏みしめた。終わっていない大量の課題を抱えながら。



 課題が終わっていないことに罪悪感を覚えながらも、掲示で自分の名前の隣に書かれていた教室に行き、そこでまた黒板に掲示されていた自分の席に着席する。私は名前が赤井アリスなので、当然出席番号は一番。最前列の最も右の席に座った。


 ここまでは、何度も行った脳内デモンストレーションの通り。課題が終わっていないこと以外は。


 新しくクラスメイトになった人たちは、皆課題が終わっているものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。安心した。


「こんにちは〜」と柔らかい声で、何度かチラチラこちらを見ていた隣の席の人に声をかけてみる。


 隣の席の人と、名前や出身中学や趣味、兄弟の有無、飼ってるペットなど、テンプレートを一通り話し終えたあと、沈黙が発生した。


 斎藤レイと名乗った男子に、とりあえず「バンド一緒にやらない?」と聞いてみようか。いや、趣味で音楽とは言ってなかったし、いや、でもワンチャン……などと考えたとき、某映画監督が頭の中で私に言ってきた。


「Just Do It!」と。


 そうだ、考えるより行動だ。私は隣の席の人に質問をした。


「ねぇ、バンド一緒にやらない?」


 急な質問に驚いたのか、少しだけ間が発生した。そしてその後、


「俺は楽器できないけど、こいつはめっちゃ上手いよ、ギター」


と言ってきた。ダメ元で言ってみたが、ダメ元でもやってみるものだ。少し目標に近づいた気がする。


 斎藤レイは、近くにいた男子を無理やり引き寄せて、私に紹介した。


 中村スバルという名前らしい。大人しめな感じの少年。私は彼にもう一度質問をしてみる。


「ねぇ、バンド一緒にやらない?」


 今日二回目の質問をしたあと、彼は少し考えて私に言った。


「うん、やろう」


 まさかの答えだった。二言返事で了承するとは。


「いいよ、楽しみ」


 再び中村スバルは言ったあと、


「なんの曲、演奏するの」


と私に問い、私は、


「考え中、後でシグマバーガーで作戦会議しよ」


と返した。


 ギターの人員は確保した。残りのバンドメンバーを集めなくては。

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