第23話

 後日談を少しだけ話そうと思う。


 異世界でアイテムを発動し、光の中に入っていった俺達は元の世界に戻ることができた。目を開くと、教室に立っていたのだ。外を見ると暗く、そのときが夜なんだと言うことが分かった。


 突然現れたと考えると、夜だったことに救われたような気もするけれど。


 おかしい話だが、俺達がこの世界から消えてから一日も経っていなかった。あの世界には一ヶ月近く滞在していたのでそれくらいの月日が経っていてもおかしくなかっただけに、拍子抜けというか何というかって感じだ。


 怒られのを覚悟で家に帰ったところ、何時まで遊んでいるんだと、予想とは違う怒られ方をされたので戸惑ったのを覚えている。





 そんなことがあってから、一週間が経過した。


 異世界での出来事が嘘のように、平和な日常を送っている。


 朝起きて朝食を食べ、学校に行き授業を受ける。放課後は家に帰って一人でアニメを観るか友達とアニメショップに寄り道するか。夜は家族と晩飯を食べ、眠たくなるまでアニメを観るか漫画を読む。そんな毎日だ。


 異世界での生活が割と過酷だっただけに、今はこの平和な日々を有り難く感じるようになっていた。しかし、どこか少しだけ物足りないと思っている自分もいた。あんな経験はこの先二度とできないだろうから、惜しいことしたのではないかと後悔もしている。


 けれど。


 それと同じくらい、戻ってきて良かったとも思っているのだから、あのときの選択は間違っていなかったのだ。





 結局。


 俺達があの世界に飛ばされたことについて分かったことは何もない。


 どうしてあの世界に飛ばされたのか、どうして俺達だったのか、最初に疑問に思ったことは何一つ解明できていないし、この先も明かされることはないだろう。だから、たまたま偶然巻き込まれた、と思っておくことにする。


 俺達はあの世界で何もやり遂げてはいないし、何も救っていない。


 漫画とかアニメであれば何の意味もないイベントだったということになる。


 そう思うと、何だか悔しいとも思う。意味があったかなかったかはともかく、あの時間がなければよかったとは思わないから。


 あの世界で経験した全てのことは、今の俺にとっては大事な思い出だ。


 例えば、懸賞で海外旅行が手に入った、くらいのことだと思えば意味がなかったとも思われないだろう。たまたま偶然巻き込まれて異世界に行った俺達は、その世界の文化に触れつつ旅行を楽しみ思い出を作った。それだけだ。


 あれは、俺と彼女の異世界旅行記だったのだ。





 彼女。


 神林咲良について。


 あるいは、神林咲良と大河内遥斗について最後に話しておこう。


 あれから三日。


 俺と咲良は特にこれといった会話をしていない。挨拶を交わすことさえもない。時折目が合ったような気もするけど、それだけだ。俺にも、彼女にも居場所がある。その居場所はそれぞれ異なっていて、決して同じではない。


 俺達は本来、交わることのなかった線と線だ。


 それが非科学的な理由で交わってしまっていただけ。その原因がなくなれば再び交わることはない。


 それだけ。


 まるで、あの世界での出来事がなかったかのような彼女の態度に、俺は少しばかり寂しさを覚えていた。あの世界で共に過ごした時間、共有した感情、乗り越えた壁、あれら全ては現実だった。夢なんかじゃなかった。


 けれど。


 話しかける勇気もない。


 なんとなく、彼女の態度が「話しかけるな」と言っているような気がして、俺は彼女に対して一歩踏み出せないでいた。


 そんなある日のことだ。


「……補習かあ」


 宿題を忘れたというだけで放課後残って補習と教師から指示され、渋々教室に残る。


 あの日、異世界に飛ばされた日に出された宿題だ。家に帰ったら夜だし、疲れていたし秒で寝たから宿題のことなんてすっかり忘れていたのだ。そもそも体感的には一ヶ月前の話なのだから覚えているはずがない。


「「はあ」」


 溜息が重なった。


 俺は隣を見る。そこにいたのは神林咲良だった。あの日と変わらない制服に身を包み、気怠そうに頬杖をつきながらこちらを見ていた。俺と目が合った彼女はニッと笑う。


「なんか、久しぶりね」


 そう言った彼女は、何も変わらない笑顔を浮かべている。


「そうだな」


「こうして戻ってくると、案外話す機会ってないんだなって思った」


 課題をしなければ終わらないので、お互いに手を動かしながら小さな声で会話をする。


「確かに、そうかもな」


「何度か話そうかなって思ったんだけど、あんた話しかけんなってオーラすごいからさ」


「いや、それはこっちのセリフだって。なんだよ、あのリア充オーラ。話しかける気力が失せるんだよ」


「はあ? そんなのないし。気にせず話しかけてきてよ」


「いや無理だって。周りに人いっぱいいるじゃん」


「あんたは苦手そうよね。ああいうの」


 そんな会話でさえ、懐かしくて悪くないと思えてしまう自分がいた。普通に話しているだけなのについつい頬が緩んでしまうような、そんな感じ。


「この後、どっか寄ってこうよ。ほら、マック! まだお疲れ様会してないし?」


「お、おう。そんなナチュラルに誘われるとなんか照れるな」


「いや、こんなんで照れんなし。何も、深い意味はないんだから」


「分かってるわい」


 動揺して変な言葉遣いになってしまった。


 そうと決まればさっさと課題を終わらせようとシャーペンを動かす。咲良もこれまでに見たことがないくらいに真面目に課題に取り組んでいた。


「おーい、咲良ー?」


 課題も終盤に差し掛かった頃、教室のドアから咲良の名前を呼ぶ声がする。


 咲良の女友達AとB、それから男友達ABCDがいた。いや、どんだけ友達いるんだよ。全員漏れなくリア充オーラが凄い。何も言われてないけど劣等感覚えちゃうまである。


「もう終わる? この後うちらご飯行くけど?」


 どうやら寄り道のお誘いらしい。さきほど俺と約束をしたところだけど、友達に誘われればそっちに行くかもしれないな。なにこの上げて落とされた感じ。結構凹むんですけど。


 と、そう思っていたが。


「ごめん、今日は予定あるからまた今度誘って!」


 咲良は悪びれる様子もなくそんなことを言った。すると友達らも「ういー」と返事をして教室から去っていく。


 咲良が俺のことを優先してくれたことが何だか嬉しくて、そうなるとこの補習も悪くないと思えた。


 そして。


 二人で課題を終わらせて学校を出る。


「あ、そうだ。マック行く前に本屋寄ろうよ」


「本屋?」


 少し先を歩いていた咲良がくるりとこちらを向き直りながらそんなことを言ってくる。あんまり本とか読むイメージないけど、まさか参考書でも買うつもりか?


「なんか買うの?」


 俺が聞くと、咲良は「うん」と頷いて、にっと笑ってからこう続ける。


「遥斗のおすすめの漫画、教えてよ」


「何だよ、珍しい。どういう風の吹き回しだ?」


 咲良に追いつくと彼女は俺に並ぶようにして歩き始める。

 じいっと俺の顔を見上げるように上目遣いを向けてきて、さらにこんなことを言う。


「まあ、ああいうこともあったし? 興味が沸いた、みたいな感じかな」


「異世界に?」


 まあ、あれだけの経験をすれば興味も沸くか。異世界漫画を読んでいると「あ、これ私も経験した」ってなるわけだし。俺ももう一度いろいろと読み返すとしよう。


 そんなことを考えていると、彼女の口から予想もしていなかった言葉が飛んできた。


「それもだけど。遥斗にも、ね」


「なんだよ、それ」


「ツンデレってやつ?」


 からかうように言ってきた彼女に、俺は吐き捨てるように言ってやった。


「ツンデレ、最高かよ」


 と。

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陰キャの俺、美少女クラスメイトのギャルと異世界に飛ばされる 白玉ぜんざい @hu__go

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