第20話
半分の量しか飲んでいなかったからか、前回に比べると魔法の効力は短かった。今回に関していえばそれは功を奏したと言えることだが。ネコから人間に戻れば当然お互いに真っ裸である。体が光り始めたタイミングで俺はまた後ろを向かされた。
ここでよく考えてみると、お互いに背中を向き合っていると本当に見ていないかが確認できない。用心深いサクラがそんなリスクのあることをするとは思えないので、あいつは俺の生ケツを眺めていた可能性がある。
その事実が分かれば等価交換として俺もあいつの生ケツ眺めてやるのに。なんて、そんな倫理観のぶっ壊れたことは言わない。俺は心が広いからケツ見られたくらいでは動揺もしないのだ。
と、まあ、そんなことはどうでもよくて、つまり人間の姿に戻ったところで俺達は本日の最重要任務に向かう。
「隠れながら行くぞ」
「え、なんで?」
「どこに敵がいるか分からねえだろ」
「でも相手ってあのスライムなんでしょ? もう普通に倒せちゃうじゃん」
お前はそのスライムに散々痛い目に合わされているんですけどね。
「いくら弱いといっても数で迫られたら面倒だろ。できるだけ数が少ないところを仲間を呼ばれる前に叩くんだよ」
俺の言葉にサクラは「ふーん」と理解したのかしてないのか分からない曖昧な返事をしてきた。分かってんのかとサクラの方を振り返ると、彼女は何だか憂鬱そうな顔をしていた。
「な、なんだよ?」
さすがに怒る気にもなれなくて俺はそんな言葉を吐いてしまう。
「なんか、嫌な話だなって思ってさ」
「嫌な話?」
俺がオウム返しをすると、サクラは溜息をつく。
「私達からすればなんてことないことだけどさ、スライムの方からしたら知らない間に仲間が殺されちゃってるわけでしょ? それは友達かもしれないし、もしかしたら家族かもしれない。それを自分に置き換えると、なんか……何してんだろうなって思っちゃって」
彼女の言うことは分からないでもない。
でもそれは、狩る側が決して考えてはならないことだ。いや、考えないからこそ狩る側でいられるというか、考えないでいられることが狩る側としての素質というか、言葉にするのは難しいが誰もがそれを理解した上でその現実を飲み込んでいる。
「それを言ったら、別に俺達の世界にだってあっただろ」
「そう?」
「簡単な例で言えば、肉だよ。俺達が食べていた牛肉や豚肉、鶏肉だってそうだ。あれは全部生き物を狩って食材にしている。動物サイドからすれば非情にも家族や友達が殺されているかもしれない」
俺が言うと、確かにとサクラは小さな声で言った。
「でも、それは俺達が生きる上では必要不可欠なことなんだ。だから俺達はその行動を止めることはない。その代わりに、命に感謝しながら飯を食う。子供の時、そんなこと言われただろ?」
「そう、ね。言われたよな気がする。今では当たり前だって思って食べてるけど、私達のご飯ってそういう悲しみの上で成り立ってるのね」
「そういう考えもあるってだけだよ。それを弱肉強食って言うんだ。恐竜がいた頃から言われていることで、現代になってもその在り方は変わらない。人間同士でだって言えることだろ?」
「弱肉強食?」
「ああ」
しかし、サクラはどうやらピンときていないようだ。
「俺達の身近なもので言うなら学校のテストや部活の大会なんかがそうだと俺は思うけどな。テストの場合は点数で、部活の大会では勝敗で優劣をつけている。その結果を力にして周りに振りかざす。優劣をつけるって意味ではイジメとかも同じかもな。そういうところは、弱肉強食と変わらないと思うよ」
「……うん。そう、だよね」
急に元気を無くすサクラに俺は溜息をつく。なんで戦う前にそんなにナイーブになってしまうんだよ。
「話が逸れたけど、俺が言いたいのは相手サイドのことはあんまり考えない方がいいぞってこと。言っとくけど、ブルースライムを狩らないと俺達は元の世界に帰れないんだからな?」
そのことを改めて理解してほしいものだ。
「そうね。うん、わかった。私、ちゃんとする。元の世界に帰りたいもん」
「その意気だよ」
そんな話をしながら進んでいると、モンスターの群れを発見した。
半透明のスライムの中に、数匹周りに比べて色が青いスライムがいた。あれがブルースライムという種類のモンスターなのだろう。見分けがつくくらいには色が違うんだな。
「突然出ると驚いて逃げられるかもしれないから、ここから狙い撃とう」
「そんなことできるの?」
「これくらいの距離なら慣れるとできるぞ」
俺は炎魔法の魔法具を取り出す。ピストルの形をしているのでモンスターを狙いやすい。俺は片目を閉じて、しっかりと照準を合わせた。そして、魔法を放つ。ピストルの先から炎の玉が射出され、スライム目掛けて飛んでいく。
「わっ」
見事、俺の魔法は一体のブルースライムに直撃した。あの一発でモンスターを倒すことができたということは、どうやら本当に強くはないらしい。
「お前もやれ」
「え、でも」
「さっさとしないと逃げられる」
突然仲間が一匹いなくなったことで異変を感じたスライムは慌てながら移動を開始する。動き始めれば俺達が隠れている理由もない。なので、物陰から出てスライムを追いかけながら魔法を放つ。
絵面だけを見ると、本当にこちらが悪いことをしているように思えてしまう。逃げる弱いものを追いかけ狩る。これはまさしく弱肉強食の光景に他ならない。漫画とかでよくある巨人とか鬼とか、人間よりも上位の存在が現れると、俺達もこうして逃げ回らなければならなくなるのか。こんなファンタジー世界が存在するのだから、そういう存在がいたって不思議ではない。
これまではただの空想だったことが、今では絶対にないとは思えないようになっている。世の中、何が起こるか本当に分からないものだ。
「サクラ、そっちいったぞ!」
「う、うん」
まさか突然こんなファンタジーな異世界に飛ばされて、モンスターを狩ることになるなんて思いもしなかった。
思いもしなかったという意味では、ただのクラスメイトであるカンバヤシサクラとこうして二人で生活を共にするとも思っていなかったな。この世界で顔を合わせるまで認識さえしていなかったのだから。
「惜しい、もう一発だ!」
「うん!」
もし。
いや、もしもというには現実的すぎる未来だが、俺達が元の世界に戻ったとする。
この世界で起こった全てのことが、経験したあらゆることが、共に過ごした時間が、まるで夢だったと思えるくらいの日常に戻ったとして、その時、俺と彼女はどうなっているのだろうか。
そんなことを、ふと考えてしまった。
「やった!」
サクラの放った魔法がブルースライムに直撃する。
そして、何匹目かは数えていないが、ようやくアイテムがドロップした。俺達はドロップしたアイテムを確認する。それは確かに『青の結晶』だった。つまり、これでようやく俺達のミッションは達成された。
「間違いないのよね? これで私達、元の世界に戻れるのよね?」
「ああ。これをアイテムの合成屋のとこに持っていけばミッションコンプリートだ」
分かりやすく喜ぶサクラを見ていると、こっちまで騒ぎたくなる気分になる。しかし、そうバカバカしくはしゃぐのも何だか恥ずかしい年頃である何といっても俺は思春期真っ只中なのだから。
「分かってんだろうな。家に帰るまでが遠足だぞ。ここがダンジョンの中だってことを忘れるんじゃねえぞ」
「分かってるわよ。さっさと帰りましょ」
このアイテムを手に入れた以上、ここにいても何もない。サクラの言う通り、さっさとこの場所から退散するのが得策だろう。ということで俺達は来た道を辿り、入口まで戻ってきた。
ここで再びにゃんこタイムである。
今度は言われるまでもなく俺は背中を向ける。サクラの方も何も言わずに脱衣に取り掛かった。
俺達はネコの姿になりスライムエリアから脱出して適当に時間を潰す。意思疎通はできるのでニャアニャア言いながらこの世界の思い出話に花を咲かせた。
そんな話をしてると時間はあっという間に経ち、俺は体内に異変を感じる。人間の姿に戻るときも体内に熱を感じるのだ。熱さが込み上げてきて苦しくなるが、それを乗り越えると人間の姿に戻れる。
「……戻った。おい、そっちはどうだ?」
自分の体を確認しながら後ろに呼びかける。しかし、返事がない。いや、正確に言えば返事はある。ただ、言葉の意味が読み取れない。ネコが「にゃあにゃあ」と鳴いているだけにしか聞こえない。
俺は後ろを振り返る。
「にゃにゃー」
ネコだった。
その姿はしっかりネコだった。あるいはネコに似たモンスターとでも言うべきだろうか。つまり、彼女はまだ元の姿に戻れていなかった。
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