第19話
翌朝。
それはもう早朝というに相応しいほどに早い時間に俺達は宿を出た。
俺はいつものように長袖の服に上から短いマントを羽織っている。この衣装がこの世界における俺の勝負服となったのだ。最後のミッションはこの服と共に歩みたい。
対して、俺の隣を歩くサクラもいつか買った赤色のワンピース型の服、上から短めのマントを羽織るそのスタイルが気に入ったようでこの世界では度々着ているところを目にした。最後のミッションもその服装で挑むらしい。最初こそコスプレ感が否めなかったが、見慣れたものだ。
俺達は街の奥にあるライドラボへの到着した。
「お待ちしてました。どうぞ、こちらに準備をしております」
昨日、利用の確認をしにきたときに事情を話したところ、問題なくレンタルできることを聞かされた。早朝の出発であることを告げただけだが、まさかここまで周到に準備をしてくれているとは思わなかった。
「あ、この子」
外と繋がっているフィールドには様々なライド用のモンスターがいる。俺達がフィールドに出てすぐのところに二体のロードランナーが既にスタンバイしていた。そして、そのうちの一体を見たサクラがてててとそのロードランナーに駆け寄った。
「やっぱり! この前の子だ」
サクラが近づくとロードランナーの方も迎え入れるように彼女に頭を擦り寄らせた。確か初見では気持ち悪いとか言っていたような気がするが、随分と評価も変わったもんだ。まるでペットのイヌでも愛でるようにわしゃわしゃと撫でている。
しかし。
「よく分かったな」
色とかの違いこそあるが、同じ色のロードランナーは多くいる。現に俺は今でも俺に用意されたロードランナーが前回と同じやつかは見分けれていない。その点、サクラは見てすぐにそれに気づいていた。何か分かりやすい特徴でもあるのだろうか。
「なんとなくよ。一緒に冒険したんだからわかるわ。ね?」
サクラの問いかけにクワー! と反応するロードランナー。
ともあれ、準備は既に終わっているようなので俺達はすぐに出発することにした。ちなみに、確認したところ俺のロードランナーは前回のやつとは別らしい。なんでやねん。
街を出て、ひたすら走る。その道中に、以前遭遇した大きなモグラのようなモンスターも見かけたが、どうやらこの辺に生息するモンスターなようだ。戦うということはせずにロードランナーに任せてひたすら逃げる。
そんな感じで、休憩も挟みつつ数時間走り続けたところで、俺達はようやく目的地である『ウナバミの森』に到着した。
「ここがそうなの?」
森を見上げるサクラが引き気味な声を出す。
その気持ちも分からないでもないが。何というか、見た目はおどろおどろしいのだ。
朝だから怖くもないが、夜になると雰囲気のあるホラースポットになるだろう。
「みたいだな。ロードランナーは中には入れないらしいから、ここで待っててもらおう」
どうしてダメなのかは分からないが、ライドラボでそういうルールを聞いた。こういう場所をダンジョンと呼ぶとして、ダンジョンの入口前にはライド用モンスターを待たせておく待機場所があった。駐車場や駐輪所のようなものだろう。
「あーあ、こっからは徒歩かあ。ちょっと行ってくるから待っててね」
サクラはかったるそうに呟いてからロードランナーに語りかける。ほんと、随分懐かれたもんだな。サクラ側もだいぶ受け入れたもんだ。ブサイクなペットもずっといれば愛情が沸いて可愛く見えるみたいなやつかな。だとしてもずっといなかったけど。
一応、危機的状況を共に乗り越えはしたけれど。
「ここから先はモンスターも出る。気を抜くなよ」
「誰に向かって言ってんのよ。この私よ?」
「だから言ってんだよ。何回敵に捕まってると思ってんだ」
鉄板ネタってわけじゃないけど、もうとりあえず捕まるやつくらいのイメージ持たれててもおかしくないんだよなあ。逆にモンスターに捕まらなかったクエストが思い出せない。ほんと、よく生きてるよこの子。
「うっさいわね。もう大丈夫よ」
むっとしながら言ってくる。ならいいんだけど。
俺とサクラはダンジョンに足を踏み入れる。
入って中を進んでいくが、見たところはどこにでもある森と大差はない。大きな木が生えていて、茂みが多く地面は緑で覆われている。どこかからモンスターの鳴き声が響き、至るところがカサカサと揺れる。
元の世界であれば虫か動物程度なので驚くことはあっても怯えることはない。しかし、この世界では茂みから現れるのがやばいモンスターである可能性もある。そう考えると普通に怖いので、常に警戒しながら前に進む。
朝だというのに森の中は薄暗い。高く生えた木が陽の光を遮断しているのだ。ここにいると今が朝であるということを忘れそうになる。そうなると雰囲気もあって多少なり恐怖を感じることになる。
「……っ」
ガサっと茂みが揺れるとビクッと驚いてサクラは俺の袖を掴む。ああくそ、なんでこいつはこういうことを無意識にやってしまうんだ。俺がやらねばという気持ちにさせられる。結城とは違うが責任感のようなものが沸き起こる。
「な、なかなか雰囲気あるわね」
「それお化け屋敷に入ってビビってるやつが言うセリフだよ」
「ば、ばか言いなさい! びびびってなんかないわよ」
「びが一個多いぞ」
貰った地図を見ながら俺達はブルースライムの生息地を目指す。
道中、モンスターと遭遇したが逃げることでその場をやり過ごす。中には倒せそうなモンスターもいたので、そういう場合は協力して倒した。そんなこんなで森を進んだ俺達はようやく例の入口まで辿り着く。
「ここだな」
「……ほんとに人は通れないのね」
実際に見てみると、確かに小型のモンスター以外は通れない。それでいて壁は頑丈なので相当な攻撃力がなければ壊されはしないだろう。叩いてみて思ったが、まるで鉄のようだ。どうやってこの壁を作ったのかは中々の疑問だ。答えなど知る由もないが。
「でも、お前の言う通り、ネコになれば通れそうだな」
「冷静に考えると何言ってんのって感じよね」
「まあな」
言いながら、俺は持ってきた薬を一つサクラに渡す。
行きと帰りで二回ネコになる必要があるので、事前に一本の薬を二つに分けておいたのだが、一定量飲まなければ発動しないみたいなタイプでなければいいんだけど。
「これを飲めばいいのね?」
「ああ」
「苦いの?」
「いや。別にまずかった記憶はいなぞ。美味しかったこともないけど」
「……結局味の想像ができないコメントやめてよね」
「飲んだ後すげえ体が熱くなるから覚悟しといた方がいいよ」
「そういうこと言わないでよ。飲む気失せるじゃない。もうあんただけで行ってきなさいよ」
「絶対嫌だ」
「なんでそんな頑ななのよ……」
俺だけ苦労するという盤面が気に食わないからだよ。言うとまだうるさく何か言ってくるかもしれないから言わないが。
「あ、そうだ。服は脱いどいた方がいいぞ」
「は?」
俺のアドバイスに対してサクラは短く返してくるだけだった。
「何のためにバッグ持ってきたと思ってるんだよ。服を入れて運ぶためだぞ」
「どういう意味?」
「考えてみろよ。お前の体がネコになったとして着ていた服はどうなるよ?」
「そんなの、一時的に消えてなくなるとかそういうのじゃないの? 変身が切れたら服ももとに戻るみたいな。ポリキュアとかそうじゃない」
そこで魔法少女的アニメを例に出されても困る。あれどちらかというと科学的なものじゃないの? いや、俺は観てないからよく分からんけど。
「それはアニメだろ。ちょっとは現実的に考えろよ」
「ここもアニメみたいなもんでしょ! スライムとか化物がいる世界で何を常識的に考えろって言うのよ?」
確かにな。
言ってから反省する。
「しかし、それは俺の経験談なのでどうしようもない。服をすべて脱ぎ、まとめてバッグに入れてから薬を飲むんだ」
「……ううう。言っとくけど、こっち向いたら本気で殴るからね。グーで!」
涙声になりながらサクラは言う。
「分かってるよ」
殴られ慣れてきたので、それを覚悟して向いてやろうかとも思ってしまうが、殴られるだけでは済まない面倒事に発展しそうなので止めておく。
しゅるしゅると布が擦れる音が後ろから聞こえてくると、さすがにどきどきとしてしまう。もちろん自分もそうなんだが、こんな森の中で真っ裸になっていると考えると変な興奮をしてしまう。
まあ、見ないでと言われて素直に従う思春期男子なんてこの世界には、あるいは元の世界にだって存在しないのだからして。
俺はうきうき気分を押し殺しながらくるりと後ろを振り返る。
そこにはお着替え真っ只中なサクラの姿があった。
肌色成分多めなその景色に俺は思わず「おお」と感心の声を漏らしてしまう。
しまった、と思ったのはその直後である。
「どうかした?」
サクラがこちらを振り返った。
そして、着替えを覗いている最中だった俺とバッチリ目が合った。
「なんでこっちを見ているのかしら?」
「あ、や、えっと、危険がないか周りを警戒しておりまして」
サクラは持っていた服で自分の前を隠す。
それでも普通にほとんど半裸である。
「ちょっとこっちきて」
「え、なんで」
「いいから」
「う、うす」
「目は瞑りなさい」
「う、うす」
ここで口ごたえすると面倒なのはもうわかっている。
彼女との異世界生活もずいぶんと経ったものだ。すべてを理解していないまでも、それくらいはさすがに学習した。
「ビンタかグーパンチどっちがいい?」
案の定、鉄拳制裁のお知らせだった。
「どっちを言っても、どっちも飛んでくるんだろ?」
「んー、まあ、今回は大事なクエストの前だからどっちかで勘弁してあげてもいいかな」
「じゃあビンタでおなしゃす」
「おっけ」
言った直後、腹部に衝撃が走った。
分かっていたさ。
お前がグーパンチを繰り出してくることくらいな。
俺が何度お前に鉄拳制裁を浴びせられたことか。
「ついでにビンタも喰らえ!」
「言ってたことと違う!」
思いっきりビンタしてきた。
けど、俺が悪いので諦める。
「絶対に、ぜっっっっっっったいに見ないでよ?」
「うす」
気を取り直して再び背を向け合う。
ここで同じことを繰り返すのがお笑いというものだが、さすがに俺の身が保たないので今回のところは勘弁してやろう。
「ああ、あああ、あああ、ああああああ!」
しばらくすると、後ろからサクラの悲鳴が聞こえてきた。恐らく、服を脱ぎ終えて薬を飲んだのだろう。
俺も続いて薬を飲んだ。体内から熱が広がるよに熱さが込み上げてくる。熱湯に入ったような感覚に、俺も表情を歪めてしまう。
覚悟していてもこれだけ辛いのだから、初めて体験するサクラはさぞお辛いことだろう。
時間にすれば十数秒なのだが、体感時間はその何倍にも感じる。その地獄のような時間を乗り越え、ようやく俺の姿はネコのものへと変わった。
「ニャー?」
大丈夫か? と言おうと思ったが口から出たのは人間のものではない言語。そういえば喋れなくなるんだっけ。意思疎通ができないとなると少し厄介だな。
「にゃにゃにゃあー」
そう思ったのだが、にゃんにゃん言っているはずなのにその言葉の意味が分かってしまう。同じ生物に変わったからその言語も理解できるということなのか? それは助かるが、何ともご都合主義な展開だこと。
「ニャンニャンニャア」
「にゃあ、にゃんにゃにゃにゃん」
と、会話をしながら俺達は小さな入口を荷物を持ってくぐる。
一つ、大きな問題を見落としていたことをここで思い出す。この薬、効果が切れるまで人間の姿に戻れないのだ。この状態でモンスターと遭遇しても戦えないので逃げるしかない。姿を見られると襲われる可能性があるので、俺はサクラを連れて岩陰の方へ移動する。
通常の半分しか飲んでないので、魔法の効果が切れる時間も短縮されているといいんだけど。
とりあえずここで魔法の効果が切れるまで待つしかない。
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