第18話
ギルドで話を聞いた俺は一度宿に戻ることにした。部屋に入るとサクラがつまらなさそうにダラっと寝転がっていた。
この世界にはテレビもゲームも漫画もない、彼女からすればその程度大したことではないだろうが、スマホがないのは女子高生的には大きなダメージとなっていることだろう。
この世界には元の世界ほど娯楽がない。暇な時間をどう過ごすか常に悩まされるのが難点といえば難点だ。
「あ、おかえり」
俺の帰宅に気づいたサクラはベッドから寝転がりながら俺を迎えてくれた。つまらなさそうな顔が少しだけ晴れたように見えたが、暇すぎると俺のような人間でもいないよりはマシだと思ってくれているのだろうか。
「ただいま。何してんの?」
特に興味もなかったし見れば分かるが、何となく聞いてみた。
すると、
「見て分かるでしょ」
と、予想通りの返事をしてくる。俺も彼女のことを理解してきたなと内心自分を褒めていると、サクラは言葉を続ける。
「羊を数えてるのよ」
「分かんねえよ!」
究極の暇潰しじゃねえか。
しかも羊数えてるのは見ただけじゃ分かんねえよ。
「あんたこそ、どこ行ってたのよ?」
「情報収集だ。俺は元の世界に帰ろうと試行錯誤してるというのに、お前ときたら部屋で羊数えてるもんな」
「何よその言い方。まるで私を責めるみたいな言い方して」
「責めてんだよ」
いや、もう期待してませんけどね。ただ俺一人でこつこつと全部するのは納得できないのでクエストとかには連れて行くけど、日常的には彼女に何か期待しているということはない。ここで好きにダラっと過ごしてくれていても構わない。
「最後の素材の情報を仕入れてきたぞ」
「お、やるじゃん」
バッと体を起こしながら上から目線な言葉を俺に浴びせてくる。
俺達はテーブルを挟んだイスに向かい合って座る。最後のミッションの前に行われる最終ミーティングである。
俺は受付のお姉さんから聞いた情報をサクラに話す。その上で、自分でももう一度頭の中を整理した。
最後の素材はモンスターのドロップアイテムであるということ。もちろんサクラはドロップアイテムって何よというリアクションをしてきたのでそれも含めて説明する。
そのモンスターがブルースライムであること。そのモンスターの出現する場所に向かうには幾つかの問題があること。
サクラは分からないなりにも、ふんふんとしっかりと聞いていた。彼女の中にも、できることはしようという気持ちはあるのだろう。右も左も分からない状態で彼女に成果を求めることが間違いなのだ。俺がしっかりしなければと思わされる。
「私、何日も歩くのなんて絶対いやよ」
俺の話を聞き終えたサクラの第一声はそれだった。その気持ちは分かるけれどもうちょっと他になかっただろうか。
「俺だって嫌だよ。お姉さんもそれは推奨してなかったしな。別の手段を考えるしかないだろう。車がないまでも自転車くらいあればいいのにな」
車があっても免許ないから運転できないし。
「自転車はないけど、あれがあるじゃない。あのトリ。なんだっけ?」
トリって。
サクラが言いたいのはロードランナーのことだろう。
「でもあれってクエストに行くときに借りれるってだけだろ?」
「クエストに行くときに無料で借りれるって言ってたわよ。てことは、有料ならクエストのときじゃなくても借りれるんじゃないの?」
「ああー」
確かに言われてみるとそう捉えることもできる。というか、そういう意味なんだと思う。どうやらいろいろ考えていたせいで頭が固くなっていたらしい。その点、サクラは何も分からないから分かることだけを覚えている。彼女の視点がまさかここで役に立つとは。
「それで解決か」
「でしょ」
距離の問題はこれで何とかなる。
しかし、問題はそれだけではないのだ。距離は何とかなるとして、モンスターと遭遇しなければ意味はない。そして遭遇するためには小さな入口から侵入する必要がある。
「小さくなる魔法ってのはこの辺じゃ買えないのよね?」
再確認するようにサクラが言ってくるので俺はこくりと頷いた。
かといって、どこに売ってるかも分からないその魔法のアイテムを探し求めている暇もない。そんなのいつ見つかるかも分からない。考えるならば代替の手段だ。
「要は小さくなれればいいんだよな」
「小さく、ね……あ」
何か思いついたように呟いたサクラの表情がみるみる険しいものになる。よく見ると頬も赤く染まっている。彼女は一体何を思いつき、何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。
「何だよ?」
頬を染め、険しい顔をしていたかと思うと次は俺の顔を恨めしそうに睨んでくる。今にも飛びかかってきそうな迫力だけどさすがにそんなことはしてこない。俺には思い当たる節もない。
「あれ、使えばいいんじゃないの?」
ぼそっと、吐き捨てるようにサクラは言った。
「あれって何だよ?」
分からないので聞き返す。
するとサクラはさらに表情を険しくする。
「だから、あれよ。あんた小さくなったでしょ」
そう言う彼女の声は荒立っていた。険しかった表情は次第に感情の読み取れない複雑なものへと変わっていく。
しかし。
俺が小さくなった?
記憶にないのだけれど、俺は知らない間に小さくなったのだろうか。まさか夢でも見てたんじゃないだろうな? 小人になるような魔法があるならそもそもこんなに悩んでいない。
そんなことを考えていると、俺の顔がよほどピンときていないものだったのかサクラがいよいよ堪忍袋の緒が切れたようにバンっとテーブルを叩いて立ち上がる。
「あんたがネコになったときのやつよッ!」
「お、おう」
ありましたなあ、そんなことも。
何だか申し訳なさすぎて記憶から消去していた。言われるまでそのことを全く思い出せなかったぜ。
「そうか。あれがあったか」
記憶から消していたので当然思いつきはしなかったが、確かにあの魔法を使えば小型もモンスターくらいには小さくなれる。それこそ、大きさで言えばスライムと大差ないだろう。
「確か、どっかに封印したよな」
二度と使えないようにサクラが厳重にロックしてどこかへ封印したのだ。
「どこだっけ?」
「えっと、何かその辺だった気がする」
「なんでそっちの記憶が曖昧なんだよ」
あれは三本セットで買った魔法で、俺が一本使ったのであと二本残っているはずだ。見つかりさえすれば入口の問題も解決する。
俺とサクラは部屋の中を手分けして探した。
二つの問題が解決したとなるとあとはそこまで重大ではない。ブルースライムは物理攻撃が効かないが魔法攻撃の手段はある。それほど強くないとなれば俺の持っている魔法でも十分に倒せるだろう。
道中で強いモンスターと遭遇しても逃げれば何とかなる。しびれ薬的なものを用意しておけば万全の準備と言えるだろう。
「あ、あった」
「ということは、これで準備が整ったということか」
それ以外の準備もあるし、何より俺も含めて心の準備はある。
今日のところはゆっくりと体を休めて、出発するのは明日にするとしよう。
「じゃあ今日は美味しいもの食べようよ」
「そういうのって終わってからじゃないの?」
「終わってからも食べるわよ。でも前祝いっていうか、やっぱり力もつけないとでしょ? 腹が減っては何とかってやつよ」
「まあ、いいけどさ」
うまいもん食えるに越したことはないし。それにしてもリア充ってほんとパーティーとか大好きだよな。
理由を見つけては騒ぎたがるんだもん。どうかしてるぜ。
「俺はとりあえずロードランナーが借りれるかの確認してくるから、そっちは何か適当に準備でもしといて」
「あーい。いえっさー」
サクラは可愛らしく敬礼のポーズを取った。なんだよそれ、可愛いかよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます