第17話

 情報を整理しよう。


 俺達が元の世界に帰るためには『ゲート・オブ・ディメンジョン』というアイテムが必要で、そのアイテムは三つの素材を合成することで手に入れることができる。

 その三つの素材というのが『鋼鉄トカゲの鱗』『インジゲの花』『青の結晶』であり、そのうちの二つはクエストの達成報酬によって手に入れることに成功している。


 しかし、最後の素材である『青の結晶』だけがどうしても見つからない。ここ数日、更新されるクエスト一覧を何度も確認しているが一向に現れない。

 考えられる理由として、そもそもクエスト報酬として貰えるものではないというものがある。あるいはクエスト報酬で貰えはするがそのクエストの出現頻度が低いという可能性。疑うべきは前者の方だと俺は考える。


 こういうとき、ゲームならば聞き込みなりなんなりで情報収集を行うのが基本だ。占い魔女のところに行けば確実に知れるだろうけどこの程度のことを知るために高額払わされるのは納得ができない。


 ここは地道に聞き込みするか。


「はあ」


 憂鬱な気持ちに俺は思わず溜息をついてしまった。


 こういう聞き込みって上手くいけばすぐに終わるけど、かかるときは時間かかるからなあ。そもそも俺は知らない人に話しかけるのとか得意じゃないコミュ障ちゃんだから尚憂鬱だ。

 こんなことならサクラの奴を連れてこればよかった。きっと今頃は悠長に買い物でも楽しんでるんだろうなあ。あいつ帰る気あんのかよ。


「どうかしましたか?」


 がっくりとリストラされたサラリーマンのように肩を落としていると後ろから声をかけられた。しかも女性。

 俺じゃないのかなと思ったけれど周りには俺以外の人間がいない。これをナンパでないというのなら何だと言うのだろうか?


「あ、えっと、ちょっと分からないことがあって」


 振り返りながら答える。


 そのとき、ふわりと女の子特有のいい香りが俺の鼻孔をくすぐる。それだけで幸せな気持ちになれるのだから俺という人間は中々どうして単純なやつらしい。


 その女性はさらさらと流れる長い金色の髪を後ろで纏め上げている。大きな胸、引き締まった腰、ぷりっとしたお尻、すらっと伸びる足はきっちりとしたリクルートスーツのような服に守られている。

 ああ、この人受付嬢だ。


「私に分かることならお答えしますよ? 恋のお悩みとかですか?」


 くりんとした大きい瞳に見つめられると、照れてしまうついつい目を逸らしてしまう。しっかりとした受け答えを見せる彼女だがまだ全然若そうだ。さすがに俺よりも上ではあるだろうが。


「いや、恋の悩みじゃないです。なんでそっちの方向を想像しちゃったんですか」


「え、だって、いつもガールフレンドさんと一緒にいるのに今日は一人なので。ケンカでもしちゃたのかなって」

「ガールフレンドじゃないんですけどね」


 俺達ってそういう感じで周りから見られてるんだ。


 いちいち否定するのもなんだけど、このままこっちの方向に話が進んでも困るのでぴしゃりと終わらせておく。

 俺が知りたいことはそんなことじゃない。彼女の男性の好みである。もしも理想の男性像が俺と一致していた場合、これはナンパと言っても過言ではないことになる。


 いや、そんなことはどうでも……よくないけど、今じゃない。


「あら、そうなんですね。では、どういった内容なんですか?」


 こてんと首を傾げる。

 この女性、意識的なのか無意識なのか定かではないけど時々行動言動にあざとさを感じる。わざわざ首傾げます? 可愛らしく傾げて、若干の上目遣いこっちに見せてくる?


「欲しい素材があるんですけど、それの入手方法が分からなくて」


「はあ。私もそこまで詳しいこともないですけど、これでも一応ギルドの受付ですからある程度の知識は持っているつもりですよ」


「青の結晶っていう素材なんですけど」


 俺がそれを口にすると、受付嬢は手を合わせて「ああ」と顔を明るくする。このリアクションを見る限り、どうやら思い当たるところがあるようだ。


「それでしたら、モンスターのドロップアイテムだったはずですよ」


「ドロップアイテム、ですか」


 ドロップアイテムというとモンスターを倒した際に確率的に手に入れることのできるアイテムのことをいう。この世界でもモンスターを倒したときに時折アイテムを手に入れることはあったので、そのシステムがあることは知っていた。


「はい。ですが、確率はあまり高くなかったように思いますけど」


「……そうですか」


 そのパターンが一番面倒くさいのだ。すぐにドロップしてくれるならばいいんだが、中には彼女の言うように確率が低いということもある。そうなるとアイテムを手に入れるまで延々とモンスターを倒さなければならないので非常に手間がかかるのだ。


「ちなみに、そのモンスターっていうのは?」


 俺は尋ねる。


 どれだけ面倒でも、時間がかかってもそのアイテムは手に入れなければならないからだ。


「えっと、確かブルースライム、というモンスターだったはずですよ」


「ブルースライムって、スライムは元々青いじゃないですか」


「もっと青いんですよ」


 確かにスライムは半透明だったけれど。


「もちろん、スライムの一種なので物理攻撃は効きませんのでお気をつけください。それと普通のスライムと違ってブルースライムはある程度の攻撃力も有してますのでそちらも気をつけた方がいいでしょうね」


 戦う条件はスライムと一緒だがスペックはスライムよりも上ということはつまり面倒くさいということだ。


「そのモンスターって強いんですか?」


「いえ、決して強いというほどではありません。あくまでも普通のスライムよりは強いというだけなので。ですが、そうですね、強いて問題を上げるのであれば出現場所が少し面倒……ケホケホ、厄介というところでしょうか」


 別に言い直す必要とかなかったのではないだろうか。彼女の中で面倒というのは使ってはいけない言葉だったのか。そんな縛りあったら俺は一日たりとも過ごせる気がしない。


 と、そんなところに気を取られている場合ではない。


「というと、俺みたいな初心者では辿り着けないみたいな感じですか?」


 そのパターンが一番困る。ある程度のレベルがないと入れないとか、それなりに経験を積んでおかなければ倒せないとか。少しでも早く帰りたいという状況で、そういう時間のかかるルートが最も厄介だ。


「いえ、そんなことはないですよ。『ウナバミの森』というところで遭遇できるモンスターなんです。道中に出てくるモンスターがこの辺に比べると少し強いという問題がありますが、一番の問題はそのスライムが森の奥にしかいないということ」


「奥にいるとマズイんですか?」


「ええ。バリケード、というか壁というか、ブルースライムの出現場所はそういうもので囲われているんです。恐らく、大型モンスターの侵入を防ぐためでしょうね。入口はあるんですが、スライムたちが通れるくらいの小さなものなんです。もちろん、人間サイズとなると入ることは不可能でしょう」


「そこから入る方法はないんですか?」


「もちろんありますよ。一時的に体を小さくする魔法とかを使えば侵入可能です。ですが、こういった魔法はこの街では手に入れることができません」


 もっとレベルを上げて別の街に行かなければならないということか。どの街で手に入るかも分からないが、俺達がそのレベルに達するのにどれだけの時間が必要なのかも読めない。


「といっても、その魔法でなければいけない、というわけでもないんです。要は体を小さくできればいいわけですから」


「……体を小さくする、ね」


「それと、この場所はここから結構な距離があるので歩いていけば数日はかかると思います。なので、その手段で向かうことはおすすめできません」


 このミッションを達成するためには幾つかの問題があるようだ。しかし、逆に言えばそのミッションさえ解決できれば手に入れることができるということになる。道中のモンスターが多少強くなっているとは言うが、本気で止めてこないところ、きっと何とかなるレベルなのだろう。


「ところで」


 そういえばという感じで俺はふと思う。


「こんなところで俺と話してていいんですか? 受付の仕事があるんじゃ」


 いつもここには顔を出しているが、受付嬢は基本的に一人だった。彼女がここにいるということは今、受付は空っぽということだろう。


「ああ、今は別に大丈夫なんですよ。なんていっても」


 言いながら、彼女は周りを見るように俺に視線で促してくる。それを感じ取った俺はギルドの中を見渡してみて、彼女の言わんとしていることを理解する。


「今日はとても暇なので」


 俺以外にも幾人かは人がいたが、皆それぞれダラッとしているだけでこれからクエストに向かうようには見えない。


「こういう日は、こうして冒険者さんとお話するんです。この時間が、私は結構好きなんですよ。こうして今も、楽しい時間を過ごせましたし」


「そりゃ、よかったです」


 ええ、なにこの人可愛い。惚れるよこんなの。俺じゃなくても惚れる。連絡先とか聞きたいけどそういうこというと「え、何勘違いしてるんですかこれも仕事でやってるだけですプライベートならあなたみたいな人と関わりたくもないです二度と話しかけないでください」とか言われるのがオチ。それはこの世界でも元の世界でも変わらない。そもそも携帯電話もないのだから連絡先も何もない。


「またお話の相手をしてくださいね。今度はガールフレンドさんも一緒に」


 そして、そんなことを言いながらにこりと微笑みかけてくる。その笑顔を見ただけで一日頑張ろうという活力が沸いてくる。よし、情報も揃えたし頑張りますか、と思ったがその前に一つだけ言っておかなければならないことを思い出す。


「だから、あいつはガールフレンドじゃないですってば」


 まさか、こんなラブコメの主人公のようなセリフを二度も吐くことになるとは思わなかった。

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