第15話
突然雨が降ってきたところで、俺は急いで宿へと戻る。さっそく買ったアイテムを試そうと思う。別にこれで何か悪いことをしようというわけではない。ただ少しサクラにイタズラというか、息抜きのようなものをさせてやろうというだけである。
コンコンと大きめのノックをしてから、俺は魔法を発動させた。体が熱くなり、煙か湯気か分からないが体から蒸気が出てくる。体の内側から熱風を起こされているような感覚に俺は思わず膝をつく。
あまりの熱さに目を閉じ、ようやく収まったところで目を開く。
「……あれ、誰もいない」
ちょうどサクラがドアを開けて外の様子を見に来たようだった。彼女を見て、俺は自分の身に起きた現実を受け入れた。普段見えている視界と今見えている視界が全く異なっている。しゃがんだってこんなに低位置からものを見ることはない。
目の前にあるのはサクラの足。そこから視界を上げていくと太ももがあり、見事なまでにスカートの内側が広がっている。暗くてはっきりとは見えないが、しっかり下着が見えている。
「ん?」
こういうエロハプニングは堪りませんなあ、なんてことを考えているとサクラが俺の存在に気づく。
「え、なにこいつ」
ちょっと引いたような声。
そういえば、どういうモンスターに変化するのか聞くのを忘れていた。てっきりイヌとかネコとか、そういう可愛い系を想像していたけど、もしかしたらめちゃくちゃ醜いモンスターという可能性もあるんだよな。だとするとこの作戦は失敗だし、しっかりデメリットあるじゃねえかと言いたくなる。
しかし。
「めちゃ可愛いじゃん」
目をきらきらさせてサクラがしゃがみ込む。その体勢だとしっかりこちらから純白のおパンツが見えてしまいますがそんなサービス精神旺盛でいいんですか? 追加料金とか要求されませんよね?
「雨で汚れちゃったかな。ちょっと中に入りなよ」
俺は抱え上げられる。
女の子に抱え上げられるという機会は赤ちゃんのときに母さんに抱き上げられたとき以来だ。しかし相手は女子高生ときたもんだ。不思議な感覚である。
俺を玄関で降ろしたサクラは一度部屋の中へ行ってしまう。どこへ行ったのかと思えば奥からタオルを持って戻ってきた。おいちょっと待て、それ俺のタオルじゃねえか。いや、俺だけども。
「うちの相棒はどっかに行ったっきり帰ってこないんだよね。まあ、どっかで雨宿りでもしてるんだろうけど」
そんなことを言いながらサクラは俺のタオルで濡れた俺の体を拭く。言っていることは何もおかしくないが絵面はおかしい。
こいつ、俺のこと相棒だと思ってくれてるんだ。それだけでちょっと泣けそうなんだけど。いろいろとキツイこと言ってくるけどちゃんと思ってくれてるんだなあ。
「しかしあれね、この世界にもネコっているのね。ああ、なんか和むなぁ」
サクラはすごいほわほわした顔でそんなことを言う。
ていうか、俺の姿ってネコに近い何かなんだ。多分完全にネコってわけじゃないんだろうけど、サクラがそう思うくらいにはネコに寄っているらしい。ていうかよくよく考えるとこの姿なら女風呂覗けるんじゃない? 何ならちやほやされる可能性を加味すれば透明人間よりもいいんじゃない? 俺天才じゃん。
「まだ汚れてるなあ。仕方ない、お風呂入ろっか」
……ん?
サクラの言葉を聞いた瞬間、俺の体が固まった。
いやいや、確かにそういった類のことを考えたけれど実際にやろうとしていたわけじゃないんですよ。だってそんなの仮にバレたら大変なことになるじゃないか。言ってただけですよ。
だと言うのに!
あろうことか一番やってはいけない人に一番やってはいけないことをやろうとしているうううううううううう。でも俺の力ではもうどうすることもできない。にゃあにゃあと暴れてみるが人間の力には勝てない。無力だ。
「もう、暴れないの。そんなにお風呂嫌いなのかな」
そういうわけじゃないんですけどね、このままだといろいろとマズイ事態に陥ってしまうような気がしてならないんですよ。こうなったら床に降ろされた瞬間に逃げ出そう。
「先に中で待っててね。逃げないようにここ閉めとくから」
おいいいいいいいいい。
俺の思考を読んでか、サクラは俺をシャワールームの中に入れてドアを閉めやがった。ネコの手ではこのドアを開けることは不可能に近い。シャワールームのドアは半分くらい透けているので外の様子がモザイク程度に分かる。
サクラの体が着々と肌色になってる。
「さ、洗おっか」
ついに彼女がシャワールームに入場してきた。
俺は咄嗟に目を瞑る。言い訳と思われるだけだがせめて見ないようにしておこう。しかし、これはもうどっきりとかじゃ済まなくなってきた。決してバレてはいけないものになった。
サクラは手に泡を乗せて俺の体を洗う。彼女の柔らかい手が俺の皮膚に触れ、泡によってにゅるにゅると滑るように現れる。これがめちゃくちゃ気持ちいいので俺の中の抵抗しようという意志が溶かされていく。
ああ。
天国だ。
この世界に来て一番幸せな瞬間かもしれない。
「どこいったのかな、あのバカ」
俺の体を洗いながら、サクラはポツリと呟いた。
寂しいとか、思ってくれてるのな? これまで全く関わってこなかった、この世界にきて僅かな時間を共に過ごしただけの俺がいないと、そう思ってくれるのか? もしかしたら、一人でいる時間を至福だと思っているのかもと思っていたが、そういうわけでもないのかも。
そんな感じで俺の体はきれいになった。
「お腹空いてる?」
こてんと首を傾げながらサクラが尋ねてくる。
言葉通じると思ってんのかな? でもここで肯定も否定もしなかったらキャットフードとか出されそうだし否定しとくか。いや、この世界にキャットフードはないんだろうけど。
「え、言葉通じるの?」
俺がふるふると首を振るとサクラが驚いたように言う。だとしたらどういう気持ちで言ってきたんだよ。一応首傾げとくか。
「……なんだ、たまたまか。じゃあ何か食べさせてあげようかな。ネコといえばキャットフードよねー」
しまった!
しかしそう思ったときには時既に遅し。サクラはキャットフードを探し始める。しかしこの部屋の中にあるはずがない。
「まあ、キャットフードはないか。じゃあ何か別のもの……」
どうやらキャットフードの危機だけは免れたようだ。そういうことなら何が出てきても問題ないな。さすがに食べれるものを寄越すだろうし。
「今、いい感じのないからこれでいい?」
お皿に盛り付けられ、出てきたのは昨日の夕食の残飯だ。残飯という言葉は少し語弊があるかもしれない。どちらかと言うと残りカスだ。つまり食べ物じゃない。リンゴの芯とかそんな感じ。俺は野良猫か。
全力で拒否する。
「あ、食べないの? 野良かと思ったけどいいとこ育ちなのかな」
野良でも食わねえよこんなの。
いや、知らんけど。野良猫なら食うかもしれんけど。よくわかんねえけど野良猫あんまり舐めんなよ。いや知らんけど。
「あいつも帰ってこないし、ちょっと昼寝でもしよっかな。なんか眠くなってきた」
言いながら、サクラは俺を抱える。
そしてベッドに移動する。
俺を抱いたままサクラは横になった。
「私ね、家でネコ飼っててさ、なんかその時のことを思い出しちゃう」
言いながら、サクラは俺を抱く腕に力を込める。ぎゅっと抱擁された俺は逃げすことができないでいた。なんか懐かしいみたいなことも言ってるし、添い寝くらいはしてやるか。これはサクラのためであって、俺にはやましい気持ちとか全く無い。むしろこれは人助けなまである。
サクラが寝付いたらそっと抜け出して姿を消そう。
完璧な作戦だ。
「……」
そう思っていた時期が、俺にもありました。
つまりどういうことかと言うと、いつの間にか俺も寝てしまっていたのだ。こうなると、もうオチもおわかりいただけるだろう。
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