第14話

 魔法と聞いて、人は何を想像するだろうか。


 手のひらから炎を繰り出したり、そこにある水を自由自在に操ったり、空を自由に飛んだり、時間を止めたり傷を癒やしたりモンスターを召喚したり。それだけでなくもっとたくさんの例が上げられるだろう。そして、その全てが正解であり、魔法というものはそれだけ多くの非現実を実現している。


「ん?」


 俺は散歩がてらマーケットを歩いていたときにふと足を止めた。


 簡易的なテントで行っている小規模な店、以前会った占い魔女もこんな感じで店を開いていたが、この辺は結構好き勝手に稼ぐことができるのかもしれない。いや、そんなことはどうでもよくて。


 その小規模テントに視線を奪われたわけではない。かといって、もちろんそこに絶世の巨乳美女がいたわけでもない。俺が目にしたのは『変わり種魔法具』と書かれたパネルだ。


 この世界には魔法が存在する。俺だってモンスターと対峙したといに使用したこともある。漫画とかで見る体内にある魔力を消費して発動するような魔法ではなく、事前にアイテムにセットされた魔法を使用限度数まで発動するのが、この世界における魔法だ。


 しかし、その魔法の種類は数え切れないほどあり、もちろん俺は把握しきれていない。威力が高かったり効果が絶大だったりすると当然値段が張るので手が出せない。俺が使えるのはせいぜい初級魔法程度のものだけだろう。


 しかし。


 そんな俺にも変わった魔法が使えるかもしれない。そう思わせたのがあのパネルである。どの店に行っても似たようなものしか置いていなかったが、そういうものとは違うような魔法が売られている可能性がある。


 そうであるならば、当然興味が唆られるというものだ。


 変わり種の魔法、か。そう言われても中々すぐに想像がつくことはない。炎を繰り出したり風を起こしたりといったものが普通であるならば、どういったものを変わっていると定義するのだろうか。


 触れずに物を動かしたり、相手の思考を読み取ったり、瞬間移動を行ったり、果ては透明人間になれたりとか、そういうものだろうか。そこまでいくとどちらかというと超能力になりそうだが。


 いや、魔法と超能力。その違いが何なのかと言われると説明できないけれど。


 超能力は科学で、魔法はファンタジーだ。であるならば、超能力でできることは魔法でもできる、と考えてもいいのではないだろうか。科学となると何かしらの理由付けがあるがファンタジーは何でもありだし。


 え、透明人間になれたりするのかな?


 それは全男子の憧れであり夢だ。女子風呂を覗くなんてめめっちいものじゃない。堂々と、その楽園へと足を踏み入れることができるのだ。もしそんな悲願を達成するようなことがあったならば、俺は元の世界へ帰ることを拒むかもしれない。


「いらっしゃい」


 このスタイルの店の店員は老婆と決まっているのだろうか。声がしわしわで腰が曲がり、尖った鼻がフードからちらりと見えている。もう占い魔女と同一人物を疑う。占いだけじゃやっていけないから副業してんのかと思えてくる。


 が、しかし別人のようだ。


 そんなことはどうだっていいが。


「ここに透明人間になれる魔法はあるか?」


「ないよ」


 即答だった。


 ないんかい。


 勝手に夢見せるだけ見せて裏切るときは一瞬。現実っていつもそうだよ。期待させるだけさせて普通に谷底に突き落とすんだもん。恐ろしいったらあらしないわ。


「じゃあどういうのがあんの?」


「さっきの一言でお前さんが何を期待しているのかは大方想像がつく。例えばそうじゃな……」


 うむむ、と唸りながらアイテムを漁る。小さなテーブルの上に幾つかピックアップして置いてはいるが、どうやらそれ以外にもいろいろと揃ってはいるようだ。ごそごそと奥で何かを漁った老婆は一つのアイテムを取り出した。


「これはどうじゃ」


 テーブルに置いたのは小さな箱だ。びっくり箱とか言うんじゃないだろうな。


「なにこれ」


「使用数は一度だけじゃが、発動すると周囲にいる女の好意を一時的に自分に向けることができる魔法。簡単に言えば惚れ薬のようなものじゃな」


「一つ目に勧めてくるものじゃねえよその魔法。なにそれ最高じゃん。一時的にハーレム築けるってことだろ?」


 俺が聞くと、老婆はニタリと笑う。


「男共は決まってそう言いよる。しかし、当然だがデメリットもある」


「……あんのかよ」


 まあ、そりゃそうだよね。問題はそのデメリットだな。許容できるものか否かによっては俺の購買意欲は保たれるぞ。


「まず一つ、当然といえば当然だがこれは一種の催眠魔法じゃ。しかし、魔法にかかっている間の意識は記憶に残る。つまり魔法の効果が切れた瞬間全員からタコ殴りにされる」


「一つ目の時点で購買意欲失せたよ。もういいよ」


「残念じゃ」


「ちなみに他のデメリットは?」


「男共はこれが意外と気になるようだが、一定の範囲内の女全員が魔法にかかってしまう。自分の好みとはかけ離れた容姿の女もその中にはいるということじゃな」


「確かに辛いな」


 これはバツだ。


「なら、これはどうじゃ」


 二つ目をテーブルに置く。それはピストルの形をしたアイテムだ。俺がこの前使った炎の魔法もこんな感じの形をしていた。つまり、何かを射出するものである可能性が高い。


「これは?」


「服を溶かす液体を発射する。お前さんが求めているのはこういうのだろ?」


「んー、まあ、違うってこともないんだけど、なんていうかさあ」


 どうせあるんだろ、デメリット。うまい話には裏がある、どこででも言われている言葉だ。それは異世界でだって変わらない。現にさっきの魔法もデメリットだらけだった。


「そうかそうか、デメリットを気にしておるんじゃな」


「そだな。んで、あるの?」


「あるよ」


 あんのかよ。


「とはいえ、これはさっきの魔法ほどデメリットはない」


「ほお」


「ただ単に、当たらなければ意味がない。そして、当たれば確実に怒られるというだけじゃ」


 シンプルに警察沙汰じゃねえか。この世界に警察とかいるのかは分からないけど、そうでなくともさっきと同じでタコ殴り不可避だろ。仲のいいカップルがラブホで使えば盛り上がるかもしれないな。そうでないなら使うのはレイプ魔くらいだろう。


「もうちょっと、こう、平和的なものないの? この際もうエロとか捨ててくれていいから。ちょっといたずらに使えちゃうみたいな」


「そうじゃな。ならば、これはどうじゃ?」


 老婆が出したのは三本のドリンクだ。いよいよ魔法感もなくなってしまった。しかし、だからこそ期待できる。


「全部同じ効果を持ったドリンクじゃ。三本セットで売っておる」


「その効果ってのは?」


 コホン、と小さく咳払いをしてから老婆はゆっくりと口を開く。


「この魔法は、自分の姿を一時的に小型モンスターに変化させる魔法じゃ」


「何かめちゃくちゃいい感じのやつ勧めてくるじゃん」


 さっきまでの倫理観フル無視の魔法とは大違いじゃないか。そうだよ、こういうのを求めていたんだよ。


「ちなみにデメリットは?」


「目立つものは特にない」


「目立ないのはあるのか?」


「いやなに、喋れなくなるとかその程度のもんじゃよ」


「悪くないな」


 俺は金を置く。


 いくらか聞いてないから結構適当な値段を置いただけだが、ちょっと格好つけたかっただけである。


「買おうじゃないか」


 言うと、老婆は微かに見える口元にニタリと笑みを浮かべた。

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