第12話

 漫画やゲーム、アニメといったいわゆるオタクコンテンツの類が大好きだった。


 その作品に触れることで自分の中に一つ新しい世界ができるような気がしたから。それだけじゃない。その世界で必死に生きるキャラクターを見ていると、嫌なことがあっても頑張って乗り切ろうと思えた。そんなことを口にすれば「え、漫画じゃん」とか言われるのだ。大事なのはそうじゃない。大事なのは触れたものに対して自分が何を思うかだ。


 例えば恋人に触発されてバイクの趣味を始めたり、好きな芸能人が美味しいと言っていたお店に行ったり、親に言われてピアノの稽古を習ったり、友達に連れられて行った遊園地がすごく楽しかったと思ったり、それら全てと何ら変わりない。


 フィクションの世界の中で生きるキャラクターが熱い言葉を語れば感化されて自分も頑張るだろうし、ゆるーくキャンプしている漫画を見ればキャンプがしたくなる。青春のバスケ漫画を見れば左手を添えたくなるし、忍者の出る漫画を見れば忍術の印を覚えたものだ。


 キャラクターに影響されて前を向くのはいいことだろう。


 キャラクターに影響されて新しい世界を広げるのはいいことだろう。


 キャラクターに影響されて部活に熱中するのだっていいことだろう。


 キャラクターに影響されてくだらないことに熱量を向けるのだっていいことに違いない。


 それら全ては自分で考え、自分で感じ、自分で選んだことなのだから、そもそも他人にとやかく言われる筋合いはない。今ならばそのことを嫌というほど痛感しているので、わざわざ口にしたりはしないけれど今よりもさらに子供だった頃の俺はそんな簡単なことさえ理解していなかった。


 自分の考えをみんなが理解してくれると思っていたし、だからこそみんなの考えを自分も理解しなければと思っていた。


 とどのつまり、何が言いたいのかというと、自分は自分であり他人は他人でしかないということだ。所詮は他人なのだから、お互いに真の意味では理解し合うことなんてできない。いざというとき、友達だと思っていた奴は裏切って逃げるだろうし、そこで助けに来てくれるのなんてせいぜい家族くらいだ。


 だから、俺は他人と深くは関わらない。そう決めたのだ。


 とはいえ、長いようで短い学生生活だが一人だといろいろと生きづらい。なので校内で関わる程度の友達くらいは作ろうと思い、それとなく当たり障りない会話でいい感じの奴を取り繕って関わってきた。


 あいつらは、俺のいない教室の中で何をしているのだろうか。


「……」


 きっと、俺がいなくなっても何も変わらない生活を送っているに違いない。まるで、そこに最初から俺なんかいなかったかのように。


 俺の知っている友達というのはそんなことはない。主人公がいなくなれば飯も食わずに居場所を探し、危険を顧みずに死地に飛び込む。そこまでのハードルを持っているわけではないけれど、やっぱりあいつらを本当の意味で友達だとは思えなかった。


「たす、け、ハルト」


 目の前にいるサクラを見て、俺は生唾を飲み込む。


 しゅるしゅるとモンスターの蔦のような触手がサクラの体に絡む。きゅっと力を込められると彼女の表情が歪む。


 俺は剣を構える。


 どうしてそんなどうでもいいことを考えてしまったのか。どうして、そんなことを思い出していたのか。わからないけれど、それら全てを思い出した上で一つだけ思うことはある。


 つくづく思う。


 俺は、主人公にはなれないのだろうな、と。



     □



 この異世界におけるクエストの種類は主に三つだ。


 一つは一番最初に俺達が受けた討伐クエスト。残念ながら失敗という結果で終わってしまったが、そのクエストはつまり指定されたモンスターを指定された数だけ討伐するというものだ。それを達成することで報酬が貰える。


 二つ目に、依頼クエスト。これは主に街の中で完結するクエストで、街の住人が手を借りたいときに自らギルドに申請をするもの。簡単に言えば個人的に雇うアルバイトのようなものだろうか。このクエストに関しては壁の補強や子供のおもり、以前行った配達クエストもこの中に含まれる。


 そして三つ目が採集クエスト。これは討伐クエストと似ているが目的が異なる。指定されたものを指定された数だけ集めてくるというもの。討伐しなくていい分、難易度は低いが採集の最中にモンスターと遭遇したりはする。そういうときは戦うもよし、あるいは逃げることだって戦略の一つと言える。


 俺達が今回、受けることになったのは、その採集クエストだ。


「このクエスト、昨日まではなかったわよね?」


「ああ。この掲示板はよく見るけど、こんなクエストはなかった」


 どうやら日々、クエストは更新されているようだ。


 そりゃそうか。何十、何百かもしれない冒険者が毎日クエストを受けに来るのだから、そのクエストだって達成されればなくなる。なくなれば別のクエストが貼り出される。そうなると、このタイミングでこのクエストを発見できたのは奇跡に近い。


「他の人に取られる前に受けようぜ」


「そうね。これが手に入ればあと一つ。ゴールが見えてきたわ」


 サクラのテンションが少し上がる。


 この世界を受け入れ、馴染み、それなりに楽しもうとしている彼女だが、その心の根底には帰りたいという気持ちが消えることなく存在している。帰れるという未来が近づけば、そりゃテンションも上がるか。


 ということで俺達はそのクエストを受け、各々準備に取り掛かることにする。


 冒険者たるもの、クエストに向かう準備は怠ってはならない。例えそれが、難易度の低いクエストであっても万が一のことを考え準備し、備える。それが一流の冒険者というものだ。これまでは準備するほどのものがなかったが、今はそれなりにアイテムも持っている。動くのに邪魔にならない程度に纏めつつ、持っていく。


 俺がリュックにアイテムを詰めている一方で、サクラはというと部屋に備え付けられているミラーを覗き込みながら髪をいじり、頬を触り笑顔の練習をし、衣装のチェックを入念に行っている。これからクエストに向かうようには見えず、まるでそれはデートに向かう前準備のように見えた。


 まさか、あいつ俺とのクエストをデートだと思っているのではないだろうな?

 やぶさかではないが、さすがにそんな感じだと危険だと思うのだが。いや、ないですよね。あいつが俺に恋愛感情なんて抱くはずないですよね。


「お前は準備とかいいのか?」


 一応聞いておく。


「んー、大丈夫。逆に何をそんなに準備してるの?」


 ミラーからは視線を逸らさずに聞いてくる。この世界にも一応化粧という文化はあるらしく、もちろん元の世界ほどのコスメチックはないが、身だしなみを整える程度のものは買い揃えたらしい。


 アイテムや武器を揃えるよりも先にそんなものを揃えるなんて、冒険者の風上にも置けない。そんなことを言えば「私は冒険者じゃなくて女子高生だから」とか言うに決まっている。目に浮かぶので言わない。


「いろいろあるだろ。アイテムとか、装備とか」


「私はないの」


 舐めてかかると痛い目を見るような気もするが、それは痛い目に遭ってみなければ気づかない。敢えて、何も言うまいよ。


 そんな感じで準備を済ませた俺達はさっさとクエストに向かうことにした。


 場所は以前、スライム討伐の際に向かった森だ。あの時は入ってすぐの場所だけだったが、今回は少し奥まで行かなければならない。地面から生えている『クイナダケ』というきのこ的なものを採って帰るのが今回のクエストの内容だ。


 何事もなければ危険も問題もなく、ささっと終わるのだが。


「お、モンスターだ」


 サルのようなモンスターが三匹現れる。見た感じだとそこまで強くはなさそうだ。


 ここは戦って、経験値を積んでおくのも悪くはないだろう。この前の巨大モグラのような大型モンスターを倒さなければならないなんてことになれば、今の俺達では手に負えないからな。


「戦おうぜ」


「イヤよ」


 即答だった。


「なんでだよ。こういう弱そうなモンスターを倒して経験を積むのは大事だろ?」


「今回はきのこ集めて帰るだけでしょ? わざわざ危険なことをするのが意味わかんない」


「今回はそれでいいかもしれないけど、これからも安全なクエストとは限らないだろ。もしかしたらもっと強いモンスターを倒さなければならないときが来るかもしれない」


「だったらそのとき考えるわ。とにかく、私は嫌よ」


「ていうか、よくよく考えたらお前武器とかちゃんと持ってんのか?」


 衣装はこの前買った赤色のワンピースのようなものだが、見た感じめちゃくちゃ軽装だ。リュックどころか小さいかばんも持っていない。


 そう思って聞いてみたところ、サクラは腰からスッと剣を抜く。


「あるわよ」


「それ一番最初に買ったやつじゃん」


「剣は剣でしょ。最悪これで倒すわよ」


「ならそれで倒せよ。その小さい短剣がどれだけ弱いか今ここで体験しとけ」


「イヤって言ってるでしょ。最悪の場合って言ってるじゃない。あんたがそこまで戦いたいって言うんなら、私は先に行ってるからね。地図貸して」


 きのこの採れる場所がピックアップされた地図を、クエスト受注時に貰っている。これをサクラに渡せば俺の分はないわけだが。


「ああ、いいぜ。俺と離れてモンスターに襲われても知らねえからな」


「そのときはダッシュで逃げるわ。私これでも走るの得意なんだから。陸上部の子にだって負けないのよ?」


 自慢気に言う。


「……フン」


「……ふん」


 睨み合った俺達は互いに顔を背ける。


 ぶつぶつと何かを言いながら行ってしまうサクラを俺はちらと横目で見る。離れて、俺の偉大さに気づくがいい。そして、自分の甘さや愚かさを再認識すればいいんだ。そうなったら、ピンチに颯爽と駆けつけてやる。


 そのためには後をつける必要があるので、このサルっぽいモンスターはさっさと倒してしまおう。


「かかってこいや! このサル野郎共!」

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