第11話
帰宅。
「あ、おかえり。機嫌直った?」
「うん、まあ、なんか落ち着いた」
不思議と一人で歩いていると怒りもどこかへ言ってしまった。何というか、怒っているのがバカバカしいと思えてきたのだ。そんな感じで冷静になり、宿についたときには完全に怒りは沈下していた。
それもあるけど、もう一つ理由がある。
「それなに?」
今の宿は小さいがキッチンがある。何か料理作る的なことを言っていたので何を作るのだろうと思っていたが、キッチンに置かれた食材を見て沈下して僅かな灯火となった怒りの炎は飛んでいった。
「んー、わかんない。なんだろうね」
この世界と元の世界の食文化にそこまでの差がないことはここに来て早々に分かったことだが、それでもところどころ違うところはある。この世界にマヨネーズや醤油はないし、白米もない。その代わりにあるものもあるが。
そんな違いの中で最も目立ったのがゲテモノ料理だ。日本はともかく外国とかではトカゲとか食べたりするらしいけど、俺達にその文化はなかったのでモンスターを食すというこの世界の文化はそこそこ引いた。
キッチンにあったのは紫色のトカゲのような頭をした二足歩行のモンスターだ。好奇心が暴れてもこのモンスターを食べようとは思えないが。
「なんで得体の知れないもの買ったんだよ」
「これを単体で買ったわけじゃないよ。なんかね、マーケットで福袋みたいな売り方してたんだ。今夜の晩ご飯の材料が全て揃う! みたいな感じで」
「その中にこれが入ってたの? しっかり詐欺じゃん」
「あ、ちゃんと他にも入ってた。だから晩ご飯は作れるんだけど、こういうよく分からないのも入ってて、どうしようかなって思ってたところ。食べる?」
「食べるって言ったら食べるのかよ?」
絶対嫌がりそうなタイプじゃん。この世界に来てからこういうの最も避けてたじゃん。しかし、今のサクラはあの頃のような不快感を抱いているようには見えない。女子高生の順応性ってえげつないな。
「んー、まあこういうのも経験かなって思うよね」
「一週間前のお前に聞かせてやりたいよ」
「あのときはほら、怖かったから。でも一週間もしたらさすがに慣れるよ。こういう状況も楽しまなきゃ損かなって」
メンタルすげえなあ。
尊敬するわ。
「そういうわけだから、さっさと調理始めるね」
どうやらゲテモノモンスターも食べる方向で進めるつもりらしい。郷に入れば郷に従えとは言うけど、そんな簡単に従えるものだろうか。あのトカゲ一匹くらいなら何とかなるか、と思っていると床に置いてあった袋から別のゲテモノモンスターが出てきた。
「何匹出てくるの!?」
「んー、あと、二匹」
想像より出てきやがる。
「ていうか、お前料理なんかできんのかよ?」
どこにでもいるただのチャラい女子高生が料理なんかできるのか疑問だった。あいつら遊ぶことだけを考えている生き物だから家事とか料理とかそういうの全くできないだろ。しかし、そんな俺の圧倒的偏見はどうやら外れたらしい。
「もちよ。これでも結構上手なのよ? 初めて見る食材ばっかだけど、まあ何とかなるっしょ」
「ノリ軽っ!」
不安しかない。
見栄でも張っているのかと思ったが、キッチンを追い出されたので俺は渋々ベッドの上で待つことにした。この世界にはテレビも無ければ娯楽もないので基本的に暇な時間が多い。だから何もすることないし仕事するかってなる。おかげでお金は手に入るが、それが幸せなのか不幸なのかはよく分からない。
暫しの間待っているとお腹がぎゅるるると空腹を主張し始める。これから出てくる料理がゲテモノ料理だというのに体は正直だ。あれを見て食欲湧くとか俺の感覚もまだ捨てたものではない。
「腹減ったな」
なんて呟いたその瞬間だった。
バコン! と大きな爆発音のようなものが鳴り響いた。何事かと思い体を起こす。外の可能性を考えたかったが明らかに部屋の中から聞こえた。具体的に言うならサクラの方からしっかり聞こえた。
確認すると、爆発音のようなものじゃなくて爆発音だった。
「……」
何が爆発したのかは分からないが、サクラは床に力なく座り込んでいた。唖然とした顔や、胸元には紫の汁が飛び散っていた。キッチンの方を見ると、タマゴの殻の破片のようなものが散らかっている。調理しようとした何かが爆発したのだ。
「大丈夫か?」
俺が心配して声をかけるとサクラはゆっくりとこちらを向く。しかし、表情は唖然としたままなので感情が読めない。理解できない状況を目の前にすると人間ここまで固まってしまうものなのか。
ゆっくりと脳が状況を理解してきたのか、段々と顔に感情が戻ってくる。それでもやっぱり感情が読みにくい表情だが、驚いていることだけは確かだ。怪我とかはなさそうだけど。
「なんか、火にかけたら突然爆発したの」
「何が?」
「魚、みたいな生き物」
魚? じゃあこのタマゴの殻の破片っぽいのは何だ? まさか鱗か? それとも内臓的な何かなのか? いずれにしても気持ち悪いことだけは分かる。つまり、サクラが浴びたその紫の汁はモンスターの体液ということになる。
「……シャワー浴びてくるから片付けしておいて」
「い、イエッサー」
とぼとぼと歩いていくサクラを見送る俺はそれ以外の言葉を言えなかった。
生活を送る上で必要なものは大方揃っているこの宿だが、決して広くはない。キッチンは小さいし、ここにいてもシャワーの音が聞こえるくらいには壁も薄い。部屋だって寝室とリビングは同じ部屋だし、ベッドだって隣り合っている。
あれだけ別の部屋がいいと言っていたサクラだったが、お金も安定し部屋を二つ借りれるようななった頃には「わざわざ借りるのもったいなくない?」というようになっていた。なので今もツインの部屋に寝泊まりしている。これも彼女の順応性あってのことだ。
まあ、お金は貯めておくに越したことはないからな。その辺の意見が一致してよかった。この世界に来たときはサクラと上手くやっていく自信なんて微塵もなかったが、今ならそれなりに上手く、そして楽しく過ごせるのではないかと思える。
「ねえ、ちょっとー」
片付けを終え、皿を並べているとシャワールームの方から声がした。作業を一時中断し、俺はシャワールームの前まで向かう。
「何か用か?」
「タオル持ってくるの忘れちゃって」
我々の世界におけるホテルとこの世界の宿もシステムがところどころ異なる。元の世界のホテルといえば連泊するとなると律儀に毎度タオルやシーツを変えてくれるしもちろん用意もしてくれる。
だが、この世界の宿は連泊するならその辺は適当に自分らでやりなさいよねというスタンスらしい。その分安いんだろうけど、このシステムはどうにも慣れない。
「ああ、取ってこればいいのね」
「よろしく」
窓を開けると濡れたものを干すスペースがある。そこにいつも干すようにしてあるので俺はそれを手に取って、シャワールームの前に戻る。ちなみにだけど、シャワールームの構造は変わらないので脱衣所があってその奥にシャワールームがあるのだ。なので、脱衣所までは入っても特に問題はない。
「……」
そう思っていたので、扉を開けることに対して、俺は僅かばかりの遠慮も持っていなかった。だって、そこに彼女がいるなんて思ってもいなかったのだから。
だと言うのに。
何故か。
そこには、一糸まとわぬ生まれたままの姿の彼女が立っていた。タオルもないので何も隠せていない、何もかもが丸見えの完全完璧全裸をばっちりと目撃してしまった。
「な、な、な」
わなわなと唇を震わせたサクラははっとしてその場にしゃがみ込む。
せめて見られる面積を小さくしようという行動なのだろうけど時既に遅しだ。彼女の裸体は俺の脳裏に焼き付いた。これは俺の意思ではない。自動保存なのだ。そして消去もできない。衝撃的すぎたから。まさかこんなところで同級生の全裸見ることになると思っていなかった俺もそこそこテンパる。
「ちが、だって、なんでお前」
「ノックくらいしなさいよ!」
「いや、だってまさか脱衣所にいると思ってなかった、から」
顔がめちゃくちゃ熱いので、多分真っ赤なんだと思う。こりゃ鼻血が出てもおかしくない。
「シャワールームに変な虫みたいなの、いたから」
弱々しい声でそんなことを言うサクラにいつもの覇気はない。こんなことならいっそのこと思いっきりビンタでも浴びた方がまだマシだ。なぜだか俺が一方的に悪いことをしているみたいじゃないか。いや、絵面を見れば明らかに警察沙汰だけど。ああ、ここ異世界でよかった。
「そう、っすか」
「うん。退治しといてね」
「あ、うっす」
そして沈黙。
俺達は向かい合い、何か言葉を発しなくてはと思いながらも、まるで時間が止まったように動けないでいた。自分の心臓の音がいやにうるさくて、何とかならないものかと考えるがいい案が思いつかない。
そんな時、サクラがハッとした顔をして口を開く。
「ていうか、さっさとタオル貸してよ! あと、いつまで乙女の裸拝んでんのよ!」
言われて、ようやく俺も体が動いた。サクラにタオルを渡して、さっさと脱衣所から退散した。バクバクと激しく動く心臓を落ち着かせながら俺は食事の準備に戻ることにした。
少しすると、体にタオルを巻いたサクラが俺の後ろを通り掛かる。タオルを忘れたくらいだから、当然それ以外も何も持っていってなかったのだろう。ごそごそと服を着た彼女は黙ってそのままキッチンの作業を再開した。
会話のないまま準備が終わる。
目の前には幾つかの料理が並べられていた。緑のものは野菜を切ったサラダだろう。この世界のドレッシング的なものがかかっている。何の肉かは分からないが美味しそうに程よく焼けた肉もある。これはもしかしたらあのゲテモノかもしれない。そう思ったが違った。その横のシチューにそれっぽいやつが入っていた。とりあえず入れておけばそれなりのものになるのがシチューだ。悪くない。
「い、いただきます」
「……いただきます」
いつも、わりかし何があってもケロッとしていたサクラだが、全裸見られるのはさすがに堪えたらしい。彼女も気まずそうな顔をしながら何を言おうか悩んでいる。俺もどう話しかけていいか分からずに喉に言葉を詰まらせる。
どころか、ロクに顔も見れない。あんなもの見た後にまじまじと顔なんか見れない。同じ年頃の異性の裸なんて当然見たことないのでこんなときどうしていいのかも分からない。
襲えばよかったの? 男らしく? 一発殴られて終わらない? いや、殴られて終わった方がいい感じにオチがついてよかったかもしれない。
このお互いにどうしたものかと思っている感じが凄く気まずい。
ゲテモノのモンスターの味も全然入ってこない。それに関してはよかったような気もする。
「あ、あの」
とはいえ、ずっとこのままというわけにもいかない。寝て起きたら元通りというパターンであればいいが、そうじゃなかった場合いよいよタイミングを失ってしまう。そうなるくらいならば、今この場で解決した方がきっといい。
「は、はい?」
何故か敬語のサクラに俺はより一層やりづらさを感じてしまう。いつものチャラい感じはどこへ行ってしまったのだろうか。ちらちらと俺の方を見ているが、じっと凝視はできないようで目が合うとすぐに逸らしてしまう。
「俺が悪かったから、もう一度謝ろうと思って。このままなのも、何か嫌だし」
「いや、私もちゃんと言わなかったし、反省しなきゃなーみたいなところはあってですね」
「ここは一つ、お約束だけどビンタ一発して流しませんか?」
俺の提案にサクラは驚いた顔をする。
もちろん俺の行為がビンタ一発で流せるようなことじゃないことは分かっている。しかし、どこかで落としておかないと引きずるだけなのだ。必要なのは、そのきっかけである。
「……それで、いいなら」
「おなしゃす」
俺は意を決して立ち上がる。そして彼女の前まで移動した。
サクラは俺と目が合うのはまだダメなようで目が合うとすぐに逸らしてしまう。なので俺は怖いけれど目を瞑ることにした。このいつ飛んでくるか分からない感じ、たまらなく怖い。
「いつでも来い」
「う、うん」
そして、部屋の中に盛大なビンタの音が響いた。
□
翌日。
昨日の気まずい感じにはお互い触れずに極力今まで通りに接する俺達は、暇だと思い出してしまうので仕事をしようと冒険者ギルドまでやってきた。
クエストが貼り出されている掲示板を眺めながらどれを受けるか選んでいると、サクラが短い声を漏らす。そして気づいた俺に手招きをした。
「これ」
彼女が指差したのはとあるクエスト。
その中の、報酬アイテムのところだ。
そこには『インジゲの花』と書かれていた。
「これってそうよね?」
「ああ」
その日のクエストが決まった。
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