第9話


 そして翌日。


 俺達は冒険者ギルドにて昨日のクエストの受注手続きを行う。


「このクエストはロードランナーのライドが推奨されていますが、どうしますか?」


 受付の女性がそんなことを言ってくるが、もちろん俺達はちんぷんかんぷんだ。ロードランナーっていうと、なんだろう、鳥みたいな生き物のやつだよな? ゲームとかのモンスターとして見たことはあるが、どれもこれも体が小さかったような気がするが。


「えっと、説明してもらえたりします?」


 俺が恐る恐る尋ねると、受付の女性はにこりと笑う。


「このクエストは特定のアイテムを依頼者のもとまで届けるというものなのですが、依頼者の家が少し遠くてですね、徒歩での移動だと時間がかかってしまうんです。そこでロードランナーという生き物に乗って向かうことが推奨されています」


「そのロードランナーっていうのは?」


「ご存じないですか? そうですね、鳥獣型のライド用モンスターですね。どんな生き物かは実際に見てもらうのが一番速いかと」


「ちなみに、それってお金かかったりするんですか?」


 俺達にとってはそれは大きな問題だ。


 下着売の少女作戦で得たお金は占い魔女への献上金と神林のご機嫌取りでほぼなくなった。あとのお金は生活費に回したいので、レンタル料が高いようならば払えない。となると長時間のクエストになるらしいがそれはそれでしんどい。


「いえ、クエストを受注した際にレンタルチケットをお渡しします。それを使えば無料で貸してもらえますよ」


 よかった、と俺はホッと胸をなでおろす。


「そういうことなら、よろしくおねがいします」


「はい。ではチケットもお渡ししておきますね。ライドラボの場所は分かりますか?」


 なんだそれ、と思ったが話の流れ的にライドモンスターとやらをレンタルする場所のことだろう。もちろん知らないので、俺はかぶりを振った。


「それでは地図も一緒に用意しますね」


 何から何まですみませんねえ、という気持ちで俺はうぇっへっへと笑う。自分でも思うが、多分結構な気持ち悪さだった。ちらと受付の女性を見ると、全くの無関心で俺のことなど一切見ていなかった。それはそれで何か寂しい。


 そんな感じでクエストの受注諸々を済ました俺達は冒険者ギルドを後にする。


 向かう先はライドラボという場所だ。


 地図が分かりやすいのか、それともこの街の構造が簡単なのか、あるいはその両方なのか、いずれにしてもその場所までは迷うことなく辿り着くことができた。


 ラボに入ると様々なモンスターがいた。ティラノサウルスのようなモンスターや、大きなトリのモンスター、イルカみたいなモンスターもいた。施設の人間に案内してもらった俺達はロードランナーというモンスターのところへ向かう。


 ラボの外がそのまま街の外と繋がっており、そこから出発できるようになっていた。どうせならティラノサウルスに乗りたかったが、どうやら渡されたチケットは乗り物指定券らしい。非常に残念だ。


 というわけで、俺達はロードランナーとご対面した。


「なんか……気持ち悪いわね」


 神林さんの初見の感想はそんな感じだった。


 まあ、言いたいことは分からなくもないけど。


 見た目はダチョウによく似ている。トサカが長いやつやそうでないやつ、毛の色もそれぞれ異なる。

 漫画とかではコミカルに描かれているけど、実際に目の前にすると中々に気持ち悪い。この世界に来て、初めて神林と感想を共有できた気がする。


「言いたいことは分かるけど、これからお世話になるんだからお世辞でもカッコいいって言っとけよ」


「どうせ通じないでしょ」


 この世界がどうかは知らないけど、結構人の言葉話すモンスターとかいるし、聞かれてたら確実につつかれるぞ。あんなくちばしでつつかれたら出血不可避だ。


「好きなのを選ぶといい」


 そう言われましても、と思いながら俺達は広場を自由に駆けるロードランナーを見る。どれがいいのかなんて分からない。そうなると直感で選ぶしかないよなあ。何となく近くにいて目が合ったロードランナーを選ぶことにした。


「わ、わっ、ちょっと、なによ!」


 俺がロードランナーとのファーストコンタクトを楽しんでいると、後ろから神林の戸惑った声が聞こえてきた。振り返ってみると、一匹のロードランナーにめちゃくちゃグリグリと頭を擦り寄せられていた。


「どうやら、その子はあなたを気に入っているみたいですよ? ロードランナーが人を選ぶのは珍しいことです」


 施設の人が感心したように言う。


「そう、なんですか?」


 神林は戸惑うように言ってから、もう一度そのロードランナーと目を合わせる。


「ええ」


「そいつオスじゃないか? どうせ背中に乗せるなら可愛い女の子のほうがいいもんな」


「……」


 俺が言うと、神林はぼけーとした顔でこちらを見てくる。

 そんなに見られると照れるじゃないか。少しずつ慣れてきてるけど普通に女子にそんな見られるのはな。俺、女子との接点なかったから耐性ないし。


「なに?」


「んーん。あんたが私のこと可愛いと思ってるのがなんか意外で。というより、可愛いってはっきり口にしてきたのに驚いた」


 照れながら神林が言う。

 話の流れで適当に言ったんだけど、俺そんな恥ずかしいこと言ってたか。


 まあ、可愛いことは認めてるんだけどな。


 神林は照れた顔を隠すようにロードランナーに向き直る。

 俺みたいなやつに言われても照れるは照れるんだな。


「……一緒に行く?」


 語りかけると、ロードランナーはゆっくりと頷いた。やっぱり人の言葉を話すのか? ちょっと期待したけど、喋りはしなかった。でも、もしかしたら理解はしているのかもしれないな。


「お気をつけて」


 施設の人に見送られ、俺達はついにクエストに挑むこととなった。



     □



 以前一度だけ街の外に出たことがある。神林の無謀な挑戦により、右も左も分からない状況で討伐クエストを受けたときだ。その時に向かったのは森の中だが、今回進むのは森ではなく草原だ。


 ロードランナーで走っているが、前後左右景色が全然変わらない。緑があるだけで、景色の変わらなさで言えば砂漠と大差ない。

 ここでロードランナーに逃げられると遭難する。そのロードランナーだが、ドッスドッスと走っているわりに乗り心地は意外と悪くない。どこかで衝撃を吸収しているのか、胴体にそこまで振動は伝わってこないのだ。


 体に巻き付けたベルトを手にして、ただひたすらに走り続ける。乗っている光景だけを見ると馬に乗っているときと近いかもしれない。油断したりふざけたりすると落下してしまう恐れがある。


 しかし、スピードは中々のもので風を切る感覚は気持ちいい。バイクで風を切るというのはこういう感じなのかもしれない。それに関しては神林も同じ感想なのか、ロードランナーライドはそれなりに楽しんでいるご様子だ。


 すごい笑顔なのだ。


 ライダーさんはバイクに乗って風を感じて嫌なことを忘れるそうだが、この世界でもロードランナーに乗って風を感じて嫌なことを忘れるという風習があったりするのかもしれない。そう思えるくらいには気持ちのいい時間だった。


「ねえ、これいつつくの?」


 かれこれ一時間近く走っているが景色が全く変わらないので、さすがに心配になったのか神林が大きめの声を俺に向けてきた。


「地図じゃ距離が測れない。正直、それは分からん!」


「はあ? じゃあなに、もしかしたらこのまま一日走り続ける可能性だってあるってこと?」


「まあ……絶対にないとは言い切れない!」


 俺がそう言うと、さっきまでの笑顔はどこへいったのか神林は盛大な溜息をつく。俺だって同じ気持ちだ。さすがに長時間乗ってると尻が痛い。


「ちょっと休憩するか?」


「さんせーい」


 意見が一致したので俺達は小休止を挟むことにした。もう少し進めば休憩するのにうってつけの場所がある、とかそういうこともないので決まった瞬間にその場に止まる。ラボの人にロードランナー用のおやつ的なものを預かっているのでそれを与えつつ、俺達もドリンクで喉を潤す。


「あれ、何なのかな?」


 ドリンクを飲みながら、神林はロードランナーがつついている例のおかしを見ながら言う。そう言われて見てみると、確かによく分からない。


 ドッグフードとかキャットフードのような大きさだけど、よく見るとぷにぷにしている。ゼリーのような柔らかさなのかもしれない。それをつつきながらちまちまと食べている。表情が変わらないので美味しそうに見えるわけでもない。


 が。


「……得体は知れないけど、絶え間なくつついてるし、美味しいんじゃないか?」


「気持ち悪い食べ物を美味しいと思えるなんて、普段どんな食べ物食べてるのかしら」


 率直な感想が失礼極まりない。その発言が人間に対して向けられていたら上級のディスりとなっていたことだろう。

 だが、あのロードランナーは人間の言葉を理解している節がある。ということは失礼なことを言ったことに変わりないのでは?


「ん?」


 すると、神林側のロードランナーがこちらを見たかと思えば、自分のおかしを加えて神林の前に運んできた。そして、じいっと彼女の顔を見つめている。当然、そんなロードランナーの行動に神林は動揺を見せる。


「え、なに?」


 俺の方を見ながら聞いてくる。


「このタイミングでのそれは、お前も食ってみれば分かるだろってやつだと思うぞ。自分の好物バカにされたから怒ってるのかもしれないけどな」


 まあ、恐らく良かれと思ってだろうけど。

 あのロードランナー、妙に神林に懐いてるし。


「いやいやいやむりむりむり」


 首を振って手も振って全力の拒絶を見せる神林。言いたいことは分かるけど。体に害がないとも言い切れないしな。ドッグフードとかって食べても大丈夫なんだっけ?


「私はいいわよ」


 そう言ってロードランナーの方に返すと、また神林の前に戻す。自分はそれを食うつもりはもうないらしい。


「……せっかくの機会だし、食ってみれば?」


「そんな感覚で食べれるものじゃないわよ! 触ってみたけど、想像の倍くらいは柔らかいわよ? 気持ち悪い感じ」


「でも、食わないとお前のロードランナー走ってくれないかもしれないぞ。さっきからお前を見ながら微動だにしてないし」


「……何なのよう」


 自分の好きなものを理解してほしいとか、そういう感情なのだろうか。だとするとロードランナー側に悪気は一切ない。言ってしまえば余計なお世話というやつだが、そんなことを言っても理解はしてくれまい。


 神林は恐る恐るその物体を手にする。


 指に力を込めるとその物体はふにゃりと形を崩す。確かに柔らかそうだ。見ただけでその弾力が伝わってくる。怪訝な表情でにおいを嗅いだりしている。食べよう、という努力はしているみたいだが。


 俺はロードランナーに好かれてなくてよかった、と心の中でホッとする。


「あとで感想教えてくれな」


 俺が言うと神林は感情の読み取れない複雑な表情を俺に向けた。


 その時だ。

 ズズン! と地震のような揺れが起こった。


 その振動で神林は物体を地面に落とす。しかし、そんなことよりも揺れの正体が気になったのか周りの様子を確認する。


「なに、この揺れ」


「分かんねえ。地震だといいんだけど」


「なんで地震ならいいのよ? ていうかその言い方、それ以外だと良くないって言ってるように聞こえるけど?」


「まあ、そのニュアンスで言ったからな」


「ちなみに、そのそれ以外っていうのはどういうことを言うの?」


 俺はごくりと喉を鳴らす。そして、ゆっくりと口を開いた。


「この揺れをモンスターが起こしている場合とか、だよ」


 俺の発言とほぼ同時のタイミングで、近くの地面が割れる。そして、その場所が下から盛り上がり、モンスターが姿を見せた。


 つまり、俺の予想は的中したということだ。


「ちょ、な、は?」


 俺の知っている生き物の中で最も近いのはアリクイだな。とにかく大きいアリクイ、あるいはモグラ。地面から出てきたところを考えるとモグラの方がいいかもしれない。茶色くて、丸っこくて、でも手には殺意に満ちた爪がある。うん、あれはモグラだ。


 軽く俺達の何倍もの大きさのモンスターを見て、神林が言葉を失う。モンスターを見上げて腰を抜かしたのか、立ち上がりさえもしない。


「何やってんだ! 逃げるぞ!」


 俺は近くに置いていた荷物を手に取り、ロードランナーに跨る。しかし、神林はその場を動かない。目の前のモンスターの迫力に圧倒されている。


「神林!」


 俺が声を荒げて名前を呼ぶ。しかし、やはり神林は動かなかった。


 目の前に、本来ならば存在するはずのないような大きさのモンスターが現れたのだ。

 俺が冷静過ぎるだけで、本来ならばあれくらいのリアクションが普通なのかもしれない。

 別に俺だって大型モンスターをこの目で見たことはないので驚いているし、普通に怖い。けれど、この場を離れないとという本能が騒ぐのだ。


 助けにいかないと、と思った次の瞬間、神林のロードランナーが彼女の服を咥えて自分の背中に乗せる。突然のことに唖然とする神林だったが、咄嗟にロードランナーについているベルトを掴む。


 モグラのモンスターが動き出したと同時にロードランナーも走り出す。


 あのモグラが相当な俊敏性を持っていない限りは逃げ切れる。さっきまで感じていたことだが、このロードランナーは相当な速さを持っている。それに、あの巨体で素早さがあるとは思えない。


 大丈夫だ。逃げ切れる。


「……嘘、だろ」


 俺は後ろを振り返り、驚愕の声を漏らす。

 モグラのスピードは決して速いわけではない。もちろん、遅くはないがそれでも俺達に追いつこうとしている。巨体故の走る幅の大きさでその鈍足さをカバーしている。追いつかれないまでも、引き離せはしない。


 永遠に追いかけられるというのは結構な恐怖だ。モグラの表情は険しく、追いつかれれば食い殺されるのではないか、と不安が込み上げてくる。それでも、俺達はロードランナーに懸けるしかない。


 力があれば、戦って倒すだけなのだが俺達にあの大型モンスターと戦うすべはない。以前に比べれば少しは装備も整えたが、所詮は最低限の寄せ集め。マシになったというだけで、モンスターと戦うにはまだまだ足りない。


 今は逃げる以外の選択肢が取れない。


「頑張れ! 逃げ切ってくれ!」


 俺が叫ぶと、それに呼応するように「クエー」とロードランナーが鳴く。次の瞬間、俺の体はさっきまでの倍くらいに強く揺れる。驚き、体勢を崩すがすぐに立て直し、ベルトを握り直す。


 こいつら、さっきまでは本気じゃなかったんだ。

 上に人を乗せる際には力をセーブするように教育されているのかもしれない。それはやはり揺れなどによる疲労や酔いなどを考慮してラボの人がそうしたのだろう。だが、モンスターに追われたことで生存本能が刺激されたんだ。


 だから、今こいつらは俺達のことを構わずに全力で走っている。振り落とされれば終わりだ。だから、こちらも全力で掴まなければ、そう思ったときにふと神林のことを思い出した。


「大丈夫か、かんばや――」


 彼女を振り返る。


 神林はロードランナーに咥えられ、背中に乗せられた。ベルトは持っていたがまだ本調子とは言えなかった。だから、突然加速されればその瞬間に振り落とされる可能性は高い。なにせ、しっかり掴まっていた俺でさえその衝撃で一瞬体勢を崩したのだから。


 そう思いながら彼女を振り返る。そこにあった光景を見て俺は言葉を失い、目を見開いた。


「……っ、う、く」


 神林の奴、めちゃくちゃ本気でしがみついてやがる。女子にあるまじき表情の崩し方をしている。それどころじゃないことを本能で理解しているんだ。あの顔は、見なかったことにしてあげよう。


 ロードランナーの全力疾走のおかげで、何とかモグラのモンスターから逃げることができた。そして、ようやく安心できると一息ついたとき、そこが目的地であることに気づいた。


「いつの間にか、到着していたみたいだ」


 少し遅れてやってきた神林に言うが返事がない。疲れ切って脱力している。まあ、仕方ないか。ここはさっさと配達を終わらせて、クエストの達成といこう。


「ねえ」


 神林が短く俺を呼ぶ。

 俺は彼女を振り返った。


「なんだ?」


「帰りは安全な道とかあるの?」


 さっきの経験がよほど怖かったのだろう。そんな道があるならば俺だってそこを通りたい。しかし、残念ながらそんな道はマップに記されていない。


 俺は彼女にかぶりを振って見せた。


「……」


 神林の盛大な溜息を背中で聞きながら、俺はクエストを終わらせるべく家の主を呼び出した。クエストを達成し、あとは帰るのみとなったその帰り道、あのモグラと遭遇することはなく、無事俺達は街へ戻ることが出来たのだった。

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