第8話
神林咲良の活躍により、俺達は無事お金を手に入れることができた。
彼女の要望をいろいろと叶えても、手元には占い代は十分に残っていた。どの世界でも、男というのは単純で馬鹿な生き物なのだと改めて痛感した。
ということで、俺達は再び占い魔女の元を訪れた。
「昼間の小僧か。何度も言うが、金がないと儂は依頼を聞かんぞ」
どうやら俺の顔を覚えていたらしく、フードで隠れる表情が微かに見えたが、何とも険しい顔をしていた。なので俺は目の前のテーブルにお金を置いて一言だけ言う。
「お金なら用意した。これで見てくれるんだよな?」
驚いたように目の前のお金を手にした魔女は一枚ずつ枚数を数える。昼に来て、夕方にお金を用意してきたとなればそりゃ驚くか。この世界に借金というシステムがあるのかは知らないけど、そういう類の方法を疑われても無理はない。
現に、正攻法と呼べる方法ではないのだから。
「ふむ。この短時間でどうやって金を用意したのかは敢えて聞くまい。金があるのならばお客さんだ。小僧の言う通り、見てやろうじゃないか」
客だと認めたわりに小僧呼びが変わっていない。これうちの世界の接客業だったら接客開始数秒でクレーム入ってクビ確定だぞ。
「して、何が知りたい? 自慢ではないが、儂はこれまで客の質問に対して答えられなかったことはない」
自らの実力については相当な自信を持っているらしい。そうでなくては困るけれど。お金を集めた意味がないというのもそうだけど、何よりこの魔女だけが頼みの綱なのだ。
「おかしな話だと思うかもしれないけど聞いてほしい。俺達はこの世界の人間じゃないんだ」
俺が言うと、魔女はぴくりと反応を見せる。普通の人間ならばこんな話を聞けば、頭のおかしい奴だと思うだろう。見た目が明らかな宇宙人とかでない限りは、俺だってそんなリアクションをするだろうし。
「ほう」
短く呟いた魔女はゆっくりと体を起こして俺の顔を覗き込むように体を撚る。その時、フードの中が確かに見えたが、予想通りの老婆だった。異世界なんだし、ロリっ子魔女くらいいてもいいのにと思っていたけど、変なところで現実的だ。
「確かに、不思議な感じがする。そして、儂はお前と同じオーラの人間を過去に見たことがある。そして、そ奴らも同じようなことを言っておったわい」
どういうことだ? この世界には異世界から飛ばされた人間が他にもいたのか?
しかし、魔女の言っていることはそういうことだ。俺は後ろにいる神林と顔を見合わせる。彼女はただ首を傾げるだけだった。
「つまり、小僧らの聞きたいこととは、元の世界に帰る方法……じゃの?」
「……話が早くて助かるぜ」
ズバリ言い当てられたことに一瞬だけど動揺した俺だったが、助かることに変わりはないので有り難く魔女の話に乗らせてもらう。
しかし、何で分かったのだろうかと思ったが、以前にも俺と同じ境遇の奴らが同じ質問をしたのだろう。異世界から来た人間は決まってこの質問をしてくる、とでも思っているに違いない。そして、それは事実だ。
まるでチュートリアルに導かれるように俺達は同じ行動をしているということだ。
「少し待っておれ」
水晶玉を手で覆い、ぶつぶつと呪文のようなものを唱え始める魔女。その光景だけを見れば凄腕占い師のようだ。いや、実際にそうなのだろうけれど。ほわんと薄紫色に光る水晶玉だが、こちらから見る限り何も映ってはいない。
だが魔女はフムフムと何か分かったように頷いている。
「まァ、大方分かっておいたが確認程度に見ておいた。小僧らが元の世界とやらに戻るには『ゲート・オブ・ディメンジョン』というアイテムが必要じゃ」
「なにそれ」
「小僧らに分かりやすく言うならばワープ装置のようなものじゃな。一度言ったことのある場所を指定し、そこまでの異空間を造り上げる。それを利用すれば元の世界に帰ることができるじゃろう」
また何ともネーミングセンスのないアイテム名だ。まんまじゃねえか。
「ちなみに、そのアイテムの入手方法ってのは教えてくれんのか?」
これでさらに一万用意しろと言われるのは少し困る。せめてもう少し情報がほしい。
とはいえ、さらっと言われたせいで驚くのも忘れたが、すんなりと元の世界に戻る方法が発覚してしまった。そのアイテムを手に入れさえすれば俺達は元の世界に帰れるということだ。
ちらと後ろの神林を見てみると、すげえ激しめなガッツポーズをしていた。目元は微かに光っている。どうやら泣くほど嬉しいようだ。
「そうじゃな。それくらいは教えてやってもいいじゃろう。このアイテムは素材を合成することで生まれる。必要な素材は『鋼鉄トカゲの鱗』『インジゲの花』『青の結晶』の三つじゃ。それらを集めて、合成屋に持っていけば手に入れれる」
「三つ、か」
アイテム合成として考えるならば三つというのは決して多くはない。それくらいが妥当な数だと思う。
問題は、その素材アイテムの入手難易度だ。方法が分かっても、その素材が高難易度クエストとかでしか手に入らないとか言われると、俺達が帰るのは随分先になる。一ヶ月後か、一年後だって有り得る。
そうなると、後ろの神林は間違いなく膝から崩れ落ちる。
「その素材はどうやって手に入れるんだ?」
俺が尋ねると、魔女はくくっと笑う。
「それ以上は追加料金を貰わないと教えられないね。申し訳ないが、こちらも商売なんでね」
まあ、そう言われても仕方ない。
この魔女は一つの質問に答えると言ったのだから。既に二つの質問に答えてもらっている身でこれ以上のわがままは言えない。しかし、今からまたお金を集めるとなると骨が折れるぞ。神林の下着の力を使うならば、物理的な意味で本当に骨が折れてもおかしくない。
「ただ、最後に一つだけ助言をしておいてやる」
「助言?」
俺がオウム返しをすると魔女はこくりと無言で頷く。
「その三つの素材はこの街で手に入る。例えば、クエストの達成報酬とかのう。金を集めるのが大変だと言うのであれば、血眼になって探すことじゃな」
□
占い魔女から話を聞いた日の晩。俺達は冒険者ギルドにやってきた。目的はもちろんクエストの確認である。魔女がああ言ったということは、きっとクエストの達成報酬の中に素材があるに違いない。
性格悪そうな婆さんだったが、見た目ほど悪くないはずだ。今はあの言葉を信じて探すしかない。
「なんだっけ。なんとかトカゲのなんとか」
「鋼鉄トカゲの鱗な」
神林が掲示板に貼られたクエスト依頼書を確認しながら聞いてくる。
クエスト受注書にはクエストの内容の他に難易度、達成報酬金額、ある場合は達成報酬アイテムが記載されている。この世界に来た当初は文字は読めなかったが、暇な時間に少しずつ勉強した結果、ある程度の文字は読めるようになった。
元の世界ではあれほど嫌がった勉強だが、生きるために必要となれば嫌でもせざるを得ない。そして、そうなると存外何とかなるものだ。
「えっと、それから何の花だっけ?」
「インジゲの花」
「そうそう、それ。あとは、えっとー」
「青の結晶だ。忘れるなよ」
あはは、と神林は誤魔化すように笑う。結局何も覚えてないじゃないか。
「私はあんたと違ってゲームとかやらないから、そういうの聞き慣れないのよ」
聞き慣れない言葉は覚えるのが大変、というのは英語の授業で痛感済みだ。しかしあれだ、漫画とかに出てくる横文字はすんなり入るんだから好き嫌いって大事だよね。
エクスプロージョンとかジャッジメントとかシャイニングとか、そういうのはスペルも含めて秒で覚えれる。使い道は全然ないけど。
「あ、これじゃない」
しかし、なぜか先に見つけたのは神林だ。
俺は神林の指差す受注書を見る。確かにそこには『鋼鉄トカゲの鱗』と書かれていた。
「確かに書いてるな。なになに……」
問題はそのクエストの内容だ。
ゲームとかでは冒険者ランクとかがあって、それに応じたレベルのクエストしか受けられないというような縛りがあったりするが、この世界にはそういったものはない。どんな難易度でも受けたければ受ければいいし、それで死んでも文句は言うなよというスタンスだ。
だとしても、明らかに無理な内容ならばさすがに受けることを断念せざるを得ない。
「は、い、た、つ、クエスト?」
隣の神林がゆっくりと読み上げる。
配達クエスト。
つまり何かしらの荷物を依頼者の元へ届けるという、郵便配達員のような仕事のことである。この類のクエストは比較的初心者向けのものが多く、ゲームに慣れるための操作などをプレイしながら学ぶプレイヤーが多い。
ということは、恐らくそこまで難しい難易度ではないはず。そう思いながら、恐る恐る受注書の難易度を確認する。
「星、二つね」
よかった。比較的簡単なものらしい。
これまでは危険の伴わない星一つのクエストばかりを受けてきたので、星二つのクエストを受けるのはこれが初めてだ。と、思ったがよくよく思い返すと初回にスライム討伐失敗していた。
難易度の基準として、街の中で完結するクエストは星が一つ、外に出るクエストから星が増えていくって感じなんだと思う。つまり、このクエストは街の外に出る、ということになる。
「これくらいなら大丈夫だろ」
「ほんとに?」
神林はやけに不安げだったが、スライム討伐クエストが若干トラウマになっているのかもしれない。それ以降、街の外に出たくないと頑なに言っていたのは神林なのだ。
「……まあ、やらなきゃ終わらないもんね。そういうことなら、さっさと行っちゃお
う!」
「いや、今日はもう遅いし、クエストは明日だよ」
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