第7話

「あの、いいですか?」


 俺達はアダルトショップ内の例の売り場にて販売を開始していた。

 レンタル料は後払いでも可という、一文無しには有り難いシステムだった。きっと、金がない女性が自分の持ち物を売りにきたりするんだろうな。


 そして、この場所に立って僅か数分。


 俺もカーテンの奥側にいるのでこちらからも相手の顔は見えないが、野太い声が話しかけてきた。体格は見えるが、結構な脂肪をお持ちの方だ。


「はい」


「本日一着限定の使用済み下着、まだあります?」


「はい、ございます。ご購入でよろしいですか?」


「お願いします」


 俺が客との対応をしている間、神林はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。これカーテンで顔見えないからいいけど、接客業でその顔してたら秒でクビだぞ。


「ほんとに買いに来てるよ。超きもいんですけど」


「おい、聞こえるからやめろ」


 ぼそぼそと引いた声を出す神林に注意する。


 それだけ言って、俺はカーテンの奥側から退室し、お客さんの方へと出る。


「お先にお代をいただいても?」


「あ、はい。どうぞ」


 目は細くつり上がっていて、鼻も豚鼻、呼吸は荒く、額は油まみれ。結構不快感のあるタイプのデブだった。こりゃ顔見えなくてよかったな。

 俺が女子ならこんな野郎のズリネタにされるなんて気持ち悪くて気絶してしまう。


 俺はその豚野郎からお金を預かる。数えてみると確かに設定していただけの金額があった。


 この額を躊躇いなく出せるなんて、よほどのボンボンか凄腕冒険者のどちらかだな。

 いずれにしても、パンツ一枚にこれだけの金額を躊躇いなく出せるのだから相当なスケベ野郎であることは確かだろう。


 ここはもう一歩踏み込んでみるか。


「ちなみになんですが、追加料金でブラもセットでお売りできますけど?」


「なっ」


 小さく声を出した神林が俺の手を引いて奥に連れ込む。


「正気?」


「もち」


「冗談にしては笑えないんだけど」


「本気だ。大真面目だ。この客、金持ってるんだぞ。ここは恥を捨てて一円でも多く金をゲットするべきだろう。ぶっちゃけパンツ渡すんだからブラ渡しても一緒だろ」


「一緒じゃないわよ!」


「そこをなんとか!」


 神林はぐぬぬと唸る。

 羞恥心や嫌悪感はあるのだろうが、それでもお金が必要であることも十分に理解しているようで、彼女は悩む素振りを見せる。


 そして、はちゃめちゃに嫌そうな顔を浮かべながら渋々といった調子で頷いてくれた。


 それを確認した俺は再び客のもとに戻る。


「いかがでしょうか?」


「うん、いいよ。もらおうかな、ブヒヒ。いくら?」


「では、これくらいで」


「はい」


 急な金額要求にも関わらず躊躇いなく出してくる。

 やはりとんでもない金持ちだな。あととんでもない変態ブタ野郎だ。


「それじゃあ、お願いします」


 俺はカーテンの奥にいる神林に声をかける。すると「は?」という声が聞こえてきたので俺は一旦奥に戻った。


「お願いしますってなに?」


 ひそひそと耳元に顔を持ってきて聞いてくる。


「ああ? 下着の準備だよ」


「なに、あんた持ってきたんじゃないの?」


「何言ってんだよ。その場で脱ぐん――」


 瞬間、店内に凄まじいビンタ音が響く。


「あんたそれ本気で言ってんのッ?」


 一応今回は大声は上げずに声は潜めている。店の中ということもあって配慮したようだが、それならビンタの威力も加減してほしかった。


「ええ、冗談でこんなこと言えるほどユーモアセンスないんで」


「こんなとこで脱げるわけないでしょ! 顔は見えないけど体は丸見えなのよ?」


「そこはほら、体育の授業で培った脱衣術で何とか……」


「そんな術ないわよ!」


 俺が神林に責められていると、


「あのう」


 とさっきの豚野郎様が助け舟を出してくれた。


「まだですか?」


「あ、はい! まもなく!」


「何がまもなくよ」


「お金ももう貰ってるから、ここを我慢すればいいだけだから! おしゃれな服を買ってもいい。美味しいご飯だって食べれる。な?」


 人を待たせていることに対する罪悪感が多少なりあったのか、俺の説得が響いてくれたのか、神林は渋々頷いてくれた。多分だけど、この後めちゃくちゃ殴られるだろうな。まあ、それくらいのことはしてるし、甘んじて受け入れよう。


 ていうか。


 ぶっちゃけ神林には言ってないが、お客側には『本日一着限定の使用済み下着セット』のすぐ隣に『生ストリップ』と記載している。

 使用済み下着を売るというのはこういうことらしく、それを言えば確実に断られた。でも、現場で購入後というシチュエーションであれば最悪その場は従ってくれるかもしれないと思った。


 現に、神林は受け入れてくれた。


 なので、その後にどれだけ殴られようが抵抗もせず、騒ぎもせず、ただサンドバッグのように殴られよう。

 その覚悟は、ギルドで彼女にこの話をしているときから既にあったのだ。でも、こうでもしなければ俺達は先に進めなかった。できることなら、それだけは理解しておいてほしい。


「おまたせしました」


 俺は再び豚野郎の方へ戻り、一礼する。


 豚野郎の視線は既に神林の方に向いている。こちらから見れば、顔部分はカーテンで隠れており、体の部分だけが見えている状態だ。

 これならブサイクでも相手に夢を見せることができるし、お客の方もガッカリしなくていいから良いシステムだな。


 神林は恐る恐るベストを脱ぎ、服の袖から腕を抜く。そしてその手を背中に回してブラのホックを外した。こんなところでガチストリップをするとは思ってなかったのか、豚野郎もこの脱ぎ方に文句は言ってこない。まあ、見えないっていうのはそれはそれで興奮するよな。分かるぜ、豚野郎。


 もぞもぞと服の中で体を動かし、下からブラを抜き出した。白色がちらりと見えただけで俺までテンションが上がってしまう。こちらに背中を向けたまま、神林は袖に腕を通し、スカートの中に手を伸ばす。そして、ゆっくりとパンツを下に降ろした。足を上げてパンツを脱ぎ切る。


 そのセットを袋の中に入れて、神林はこちらに背中を向けたまま渡してきた。


「ぶひ、ありがとう」


 豚野郎は気持ち悪く笑ってその袋を受け取り、にやにやしながら行ってしまった。


 ここのレンタル料を支払い、占い魔女に金を払い、宿に泊まり、飯を食っても余るくらいのお金を手に入れた。あの下着がいくらしたのかは分からないが、低予算の中での買い物だったのだから数百イェンだろう。それがこれだけの大金になった。


 これが錬金術か。


「えっと、あの、おつかれさまでした」


 俺はどう声をかけていいのか分からず、とりあえずぺこりと頭を下げることにした。


「ご飯にします? それともお風呂? 何でもいいっすよ?」


 俺が聞くと、神林は覇気のない声でぼそぼそと何かを言った。あまりにも小さかったので聞き取れなかった俺は「え?」と聞き返す。


 すると、今度は震える声でこう言った。


「下着買いに行くッ!」

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