第6話
昼になり、俺は神林と合流した。
バーガー屋で昼食を済まそうと思ったのだが、神林が見事に全財産を服に注ぎ込んだので見事に昼飯抜きが確定した。まあ、それもいいだろう。なにせ、俺の抱えているプロジェクトが決行されれば豪華ディナーだって夢じゃないしな。
「ねえねえ、どう? 似合ってる?」
神林はくるりと回りながら、俺に服の感想を求めてきた。
彼女の服装は白の長袖シャツの上から赤のベスト、下はひらひらとカートが揺れる。黒のニーソとブーツと、予想していたよりはまともな服装だった。おしゃれがどうとか言ってもっと動きにくそうな服を買ってくると思っていた。
「まあ、あれだな。あの低予算でそれだけのものを揃えれるのはさすがだな」
「もっと分かりやすく褒めてよ。モテないわよ?」
別に結構ですが。
「最高」
「表情が変わってない」
あれ。
笑ってなかった? おかしいな。こうなったらTAKE2といきますか。今度はもっとしっかり表情筋に力を入れよう。
「最高!」
「きも」
親指まで立てて頑張ったのに、一言で終わらされた。
まあ、いいけどさ。可愛い女の子が可愛い服着ているのを見るのは楽しいしな。眼福です。
風呂にも入って化粧だって落ちてるだろうに、それでもしっかり可愛いところを見ると彼女の素材の良さが伺える。髪もさらさらだし。使ったシャンプーとかは同じはずなんだけど、なんでこんなに違うんだろ。いいにおいもしたし。
普通にあのまま学生生活を送っていたら、確実に関わることのなかった高嶺の花だ。
「それで?」
バーガー屋で話そうと思っていたが金がなく入れなかったので、俺達はギルドに向かった。
ここならば無料で使えるからな。イスに向かい合って座ったところで、神林が尋ねてきた。
「ああ。一つ、いい案を思いついた。そのプロジェクトが成功すれば大金が手に入るぞ」
「え、ほんとにっ?」
きらきらと瞳を輝かせる神林に、俺はこくりと頷きを見せる。よし、いい感じに興味を持ってくれたな。このプロジェクト、何といってもキーパーソンは神林なのだ。ぶっちゃけ俺は何もできない。彼女の意志が全てを左右する。
「まず最初に、俺がさっきどこに行っていたかを話そう」
俺の話を神林は食い気味に聞く。もしかしたら、既に彼女の脳内では豪遊する未来が思い浮かんでいるのかもしれない。
「何箇所か回ってきたんだけど、まず最初に行ったのは娼館だ」
「ショウカン?」
なにそれ、と神林は首を傾げる。
「娼館は娼館だが」
「どういう字を書くの?」
「……娼婦の娼に、館と書いて娼館」
「ショウフ……?」
聞き慣れない言葉に神林は再び首を傾げた。まあ無理もない。わざと難しく言い換えているのだから。俺だって漫画以外でこんな言葉を聞いたことはない。現実世界ではもっと分かりやすく言っている。
まあ、誤魔化せないよな。
「簡単に言うと、風俗嬢だ」
「ああ、そうなんだ。てことは、風俗嬢の館だから……」
なるほどねーって感じに笑った神林はそのままさっきの言葉を思い出して意味を考え始めたが、やがてその表情はピタリと止まり、そしてキレイな白い肌が羞恥の赤に染まる。
「フーゾクじゃねえかッ!」
尤もなツッコミにより、俺達はギルド内の注目を一斉に浴びることになった。
こんな若い女の子が風俗の名前を口にすれば男なら誰でも振り向くよ。男じゃなくても振り向くよ。
「は、もしかして何、私に風俗で働けって言ってんの? 倫理観大丈夫?」
「違うそうじゃない。さすがに俺もそこまで馬鹿な提案はしない」
どうせ断られるのも分かってるしな。
さすがに俺もそんな馬鹿げた計画は練っていない。ただ、まあ、話の導入から分かる通り正攻法では決してないのだけれど。
「じゃあなによ?」
「つまり何が言いたいかっていうとだな、この世界の男にも漏れなく性欲はあるってことだ」
「それがなんだって言うの?」
至極尤もな質問に俺はつい口元に笑みを浮かべてしまう。まず最初に話を聞いてもらわなければ何も始まらない。どうやら神林はまだ俺の話を聞いてくれるようだ。
「まあ待て。娼館の次に俺が行ったのは、まあこれははっきり言うとアダルトグッズショップだ。この世界には一八禁という概念がないのか、俺が入っても特につまみ出されることはなかった」
「いやいや、すんなり言ってるけどさっきから何言ってんのよ? 風俗行ってアダルトショップ行くとか、順序逆なんじゃないの?」
「いや、ツッコむとこそこじゃないだろ」
いや、ツッコまれても困るけど。確かにずっとアダルト関係のところに行ってるから、そういう類の話なんだろうなあ、くらいには神林も想像しているかもしれない。だがまだ話は聞いてくれている。畳み掛けよう。
「とはいえ、アダルトショップに行こうと俺は金がないから何も買えない。そもそも目的の品を買いに行ったわけじゃないんだ。俺は、市場のリサーチがしたかっただけなんだよ」
「市場のリサーチ?」
神林の疑問に俺は肯定の意味を込め、こくりと頷く。
「つまりは流行だよ。お前だって服買ったりする前に確認するだろ? 今年のトレンドみたいなの」
「当たり前よ」
「それと同じだ。俺はこの世界におけるエロの関心の傾向を確認したんだ。結論から言うと、俺達の世界と同じように様々なジャンルのものが置かれていた。魔法を駆使したアダルトグッズもあったし、いわゆる使用済みパンツなんかもあった」
「へえ。きもいね」
女子って平気な顔をしてきもいとか言うけど、その一言が男子の心をどれだけ抉っているか理解してないんだろうな。ブスって言われて受けるダメージの倍は軽くあると思う。
「以上のことを踏まえた上で、俺のプロジェクトの詳細を発表しようと思う」
「ロクなこと言い出さないことは予想できるけど、一応聞いてあげるわ」
蔑むような半眼を俺に向けながら、神林は冷たく言い放つ。え、なんか俺めちゃくちゃ軽蔑されてない? 別に風俗で女性と楽しいことしたわけでもないし、アダルトショップでエッチなアイテム購入したわけでもないのに、すげえ冷たい目向けられてる。変な扉開いちゃいそう。
いや、そんなことはどうでもいい。
「ズバリ、お前の下着を売――」
パシン! と、俺が全てのことを言い終える前にビンタが頬に炸裂した。あまりにも瞬間的な出来事だったため、口も止まった。頬が赤く腫れ、数秒後にひりひりと痛みが込み上げてきた。
「想像よりアウトな提案じゃないの!」
「なんでだよ! 確実に大金が手に入るんだぞ?」
「私の下着が犠牲になってるじゃない!」
「新しく買えばいいだろ!」
「そういう問題じゃないわよ! 自分の下着が知らない人に持っていかれる恐怖があんたに分かる?」
「ぶっちゃけ、分かるならこんな提案してないよ!」
「確かに!」
ギルドの中だと言うことをすっかり忘れて言い合ってしまった。俺達はハッと我に返って、イスに座り直す。ざわざわと俺達に注目が集まるが、今は気にしてなんていられない。
「そもそも、どうやって売るのよ? 歩いてる男の人に声かけて売るなんて言い出すんじゃないでしょうね?」
「いや、その辺はしっかり考えてある。実はアダルトショップに行ったときにちょうどいいものを見つけてな。何でも、カーテン越しにものを売るコーナーがあったんだよ。お金を払えばそのスペースをレンタルできる」
「めちゃくちゃいかがわしいわね」
「どういう意図で作られたものかは分からないけど、俺達にとっては好都合だ。カーテンで顔は隠れている。つまりお前の顔は相手には知られない。お前はただ、下着を売ればいい。ショップの使用済み下着でも結構な値段がついてた。お前ならそこそこの高額でも全然売れるはずだ」
「……」
ぐぬぬ、と神林は唸る。どうやら少しだけ心が揺れてくれたようだ。この好機、逃すわけにはいかないぜッ!
「考えてもみろ。帰る方法さえ分かれば俺達はこの世界とはおさらばなんだ。この先一生会うことのない相手に下着を売って、お金が手に入るんだ。こんなにオイシイ話はないだろ?」
「いや、でも……」
「この計画が実行されなければ、俺達はこれから先も地道に働いてコツコツお金を貯めなきゃならない。そうなると、元の世界に帰れるのはいつになるんだろうな?」
「……んー」
「たった一回だ。それだけ我慢すればいい。どうだ?」
しばらく、難しい顔をしながら唸り続けていた神林がついに大きな溜息をつく。そして、至極嫌そうな顔をしながら、消えるような声でこう言った。
「わかったわよ」
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