第4話
仕事というのは難易度によって報酬の額が変わる。これは俺達のいた世界でだってそうだったが、この世界でもそれは変わりない。簡単なクエストを受ければ貰える報酬は少ないし、難しいクエストを受ければそれだけ貰える報酬は増える。
だが。
今の俺達には高難易度のクエストを受けることはできない。武器だって揃ってないし、この世界のことを知らなさ過ぎる。
ということを、これでもかというくらいに説明したのだが。
「話聞いてた?」
「聞いてたわよ」
「理解した?」
「もちろん」
「じゃあ、さっきのもっかい言って?」
「討伐クエストというのを受けるわよ」
「なんでそうなるの?」
ギルドに戻り、いろんな仕事が貼り出されている掲示板の前で、俺と神林はそんな話をしていた。俺達が受けるべきなのは討伐クエストではなく、街の中で完結する仕事だ。例えば、この建物の壁の補強作業のサポートとか。
「手っ取り早くお金がほしいからに決まってるでしょ。ちゃんとあんたの言うこと理解したから簡単なの選んでるんじゃん」
確かに、神林が指差しているのは討伐クエストの中では最も難易度が低いものだ。
それでもリスクはある。
「私だってスライムくらい知ってるわよ? あの青くて丸っこいやつでしょ? 弱っちいってことも知ってるんだから」
スライムを討伐する。どんなゲームでもアニメでも序盤で誰もが通るようなイベントだ。神林の言っていることも間違いではない。現に難易度は最も低い星一つだ。この世界でもスライムの扱いはさして変わらないようだ。
「でも、スライム倒すときに別のモンスターが現れる可能性だってあるんだぞ?」
「そのときは逃げればいいのよ。大丈夫だって。何、日和ってんのよ?」
「なんでそんな急に乗り気なんだよ。昨日みたいに怯えろよ」
「お風呂に入りたいのよ! 今日は絶対に野宿したくないのッ!」
神林はめちゃくちゃ叫んだ。
周りにいた人の注目が一斉に俺達に集まる。新人なんだから、目をつけられたくないというのに変に目立ってしまった。こういう時、ゲームとかならここでライバルキャラ登場みたいなイベントに突入するんだよ。
今回は大丈夫だったみたいだけど。
本当に何というか、劇的とは正反対な進行だな。なんだこの異世界転移。
「……分かったよ。じゃあそれ受けよう」
これ以上なんか言ってヒステリック起こされるのもゴメンだし、彼女の意見を採用しよう。
何事もなく終わればお金が手に入るし、何かあれば自分の考えが間違っていたと反省してくれるだろう。
「それでいいのよ。心配しないでも、さくさくっと終わるわよ。まあでもあれね、スライムって結構可愛らしい見た目してるから、倒すの躊躇っちゃいそう」
「そっすか」
調子のいいことを言う神林にこれ以上付き合ってられないので俺は受付にて仕事の受注を行う。手続きは問題なく終わったが、一つだけ聞いておくことにする。
「一応確認なんですけど、スライムってめちゃくちゃ強かったりします?」
すると、受付の女の人はにこりと笑ってかぶりを振る。営業スマイルが一〇〇点だ。
「いえ、スライムはモンスターの中では最弱です。攻撃力も低いので、危険も少ないですよ。ただ――」
「ありがとうございす。それだけ聞ければ十分です」
どうやら本当に弱いらしい。攻撃力も低いと言っているので、よほどのことがなければ命の危険はないだろう。俺は少しだけ安心した。
そんなわけでクエストの受注を無事終えて、俺達はフィールドに出た。
この街を囲むように円状に壁があり、壁の至るところに扉がある。そこから出れば目の前には自然溢れる景色が広がっている。どこを見ても緑色しかなく、この先のどこかに別の街はあるんだろうけれど、そこまで行くのは相当の準備と覚悟が必要になるだろう。
スライムは街を出てすぐにある森に入ればいるらしい。
モンスターを倒すことでアイテムというか、素材のようなものがドロップするらしい。
どういう仕組みで起こるのかは聞いていない。なにせ、そんなこと知っていて当たり前だと言わんばかりの話し方だったから聞くに聞けなかった。そこで変に怪しまれても困るからな。
まあ、それも倒してみれば分かること。
そのドロップしたものを持って帰ることでクエストの達成を確認するのだろう。
俺達が今回行うのは『スライム一〇匹を討伐せよ』というもの。スライム単体が雑魚であるならばイレギュラーさえ起こらなければ、もしかすると問題なく達成できるかもしれない。
「……」
「……」
しかし。
早々にイレギュラーが起こった。いや、イレギュラーというか、問題というか何というか、予想外な出来事に遭遇したのだ。
森に入ってすぐにスライムと対峙はした。
団体行動を取る習性はないのか、それとも迷子なのかは分からないけれどそいつ一匹以外にスライムの姿は見えなかった。
「か、かわいくない」
神林はあんぐりと口を開けながら低い声で唸った。
神林の想像につられて俺も有名なゲームに登場するあの可愛らしいスライムを思い浮かべていた。青くて、間抜けな顔をしていて、なぜか常に笑っている丸くて頭が尖っているあのスライムだ。
でも実際は、青というよりは透明で、目もなければ口もないので笑うも何もなく、一応個体ではあるけどぐにょぐにょしている。どちらかというと一八禁作品に登場するスライムに近い。
可愛いというよりは気持ち悪い。
「ほら、行けよ。弱っちいんだろ? 可愛いからって倒すの躊躇うなよ」
「眼科行け!」
声を荒げた神林は短剣を構えてスライムと向き合う。戦うにはリーチも心許ないが、まあ最弱モンスター相手ならば何とかなるだろう。異世界に慣れてもらうという意味でも、一旦神林に戦わせよう。危なくなったら助ければいいだろう。
「うう、気持ち悪い」
言いながらも、神林は意を決したように短剣を構えてスライムに近づく。
腹は括ったようだ。一瞬、見た目の気持ち悪さに躊躇ったものの、神林は短剣を持つ手に力を込めて、前へ踏み出した。そして、短剣を思いっきり振り下ろした。
初心者にしては悪くない思い切りだ。さては神林のやつ、以前どこかで包丁とか振り回してたんだな? 刃物を振り回すのに一切の躊躇いがない。
俺がそんな感心を抱いていると、これまた予想外の展開が起きた。
「な、なにっ?」
神林の振り下ろした短剣はスライムに直撃し、スライムの胴体を真っ二つに割いた。この時点では、どうよ? とドヤ顔をこちらに向けてくる神林だったが、次の瞬間、二つに別れたスライムがウニョウニョと動き出し、戸惑いの声を漏らす。
「さあ」
「いつものうんちくはどうしたのよ? 漫画ではどうこうってやつ!」
「俺の知ってるスライムはこんな気持ち悪くないからなあ」
よく見ると、微妙に表面がぬめぬめしてるし。
化学の実験とかで実際に作るスライムを水で濡らしたみたいな、そんな気持ち悪さがある。ファンタジーの中にもリアリティはあるとは思うが、こんなところにリアリティを出されても困るな。
「頼りなっ!」
神林が声を荒げてツッコミを入れてきた、その時だ。
突然、二つに割れたスライム一つに合体して、神林目掛けて飛びかかってきた。
「ひゃあっ!?」
驚いた神林はその場に尻もちをつく。
神林のお腹辺りに飛びついたスライムはそのままウニョウニョと動き出す。あれは攻撃をしているのだろうか。想像がつかない。
「大丈夫か? スライム動いてるけど、攻撃されてるのか?」
「ううう、わかんない。痛くはないけど気持ち悪い」
受付の人が言っていた通り、どうやら攻撃力はないらしい。なので、あのスライムに神林が殺されるという無残な展開にはなりそうもない。
ただ。
「このっ、離れろ! このっ!」
神林が必死に短剣で体に引っ付いたスライムを攻撃している光景を見て思う。さっきスライムは真っ二つになっても動いていた。今も攻撃される度に二つ、三つと増えているがその動きが止まることはない。
どころか、時間が経つにつれて二つに割れたスライムは元の大きさくらいに戻っている。つまり最初に比べて数が増えている。数を増やしたスライムは神林の胸や腕、お腹周りや太ももに張り付く。
服は乱れ、彼女の肌色が露出する。上の服は捲れへそが見て、ズボンはスラされパンツが顕になっている。ああ、あとちょっとでブラが見える。頑張れスライム。あとちょっと服を乱せばコンプリートだ!
「なに見てんだばかッ! 目つむれ!」
顔を赤くして神林が必死に訴えかけてくる。
しまった。女性の服を乱して男の集中力をかき、動きを止めるとは。中々の策士。危うくその術中にハマるところだった。
「……すまん」
残念だがブラは諦めよう。
俺は謝罪しつつ言われた通りに目を瞑る。
「助けろ!」
「無茶言うな!」
相変わらず元気ということは、やはりスライムの攻撃力は微々たるもののようだ。ただ、あのぐにょぐにょした生物が服の中に入り込んで肌にくっつきウニョウニョ動いているとなると、不快感は相当なものだろう。
「こいつ、切っても切っても死なないんだけど?」
見れば分かる。
「多分だけど、そいつ物理攻撃効かないんじゃないかな。明らかに効いてないもん」
「じゃあどうやって倒すのよ!?」
「この世界には魔法が存在するらしいし、そういうの使うんじゃね? 魔法を使えばすぐに倒せるよ、みたいな」
「ちょっとまって! じゃあ私はどうなるの?」
「……」
「なんとかしなさいよ!」
そうは言われても、俺だって魔法は使えないし。
その後、しばらくどうしようもなくその状態を続けていた俺達だったが、たまたま近くを別の冒険者様が通りがかったので助けてもらった。半裸状態の神林に、男共が鼻の下を伸ばしていた。どこの世界でも、男はみんなエロが好きなんだなあ。
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