第3話

 俺達がこの世界に飛ばされて一日が経った。


 幸い、文字は読めないが言葉が通じるので、この世界について情報収集をすることになった。午前中に二手に分かれてそれぞれ聞き込みを行い、今さっき合流したところで互いの成果発表を披露するところなのだが。


「……もう一回言って?」


 神林の言葉に俺は自分の耳を疑った。


 二度目の発言を俺が催促すると、神林はもごもごと言いづらそうに口だけを動かす。ちらちらと俺の様子を見てくるが、まばたきもせずにじっと見ていると、ついに諦めたように溜息をついて口を開いた。


「何も聞けませんでした」


「何してたんだよ!?」


 聞いた結果よく分からなかったではなく聞けなかったと彼女は言う。一〇〇歩譲ってそれは仕方ないとしても、この時間何をしていたんだろう。


「違うの! 聞こうとはしたの……でも、なんか怖くて」


 ぐっと拳を握り、必死に弁明してくる神林はううう、と唸りながら申し訳無さそうに言葉を続ける。しかし、何を思い至ったのか、突然ハッとして俺を睨んでくる。


「ていうか、こんな世界に飛ばされてすぐに順応なんかできるか! 怖いわ普通に! じゃあ聞き込みしてきてくださいって言われてできるほど私楽観的な性格じゃないの!」


 逆ギレしてきた。

 多分、言い訳をしている中で、何で自分がこんなことをしなければならないんだという結論に至ったのだろう。そう思うと、途端に俺に命令されたことに腹が立ったに違いない。


「私のことをそれだけ言うんだから、あんたはさぞかし大層な成果があるんでしょうね?」


 そもそも俺そんなに責めてなんですけど。確かにちょっと驚いたし、さすがに疑ったけど怒ってはいない。なのに被害妄想が現実を捻じ曲げてしまっている。女ってすぐに被害者面するからな。怖いんだ。


「大層ってほどじゃないけど、ちょっとは集めてきたぞ」


「へえー、聞こうじゃない」


 なんで偉そうなんだよ、とか言いたいけど、言えば話が脱線していく未来が見えるしここはぐっと我慢しよう。


「まず最初に最も重要なお金の問題についてだ」


 俺が話し始めると、さっきまでやいやい言っていた神林も黙り込む。俺の口から発される情報が大事だということくらいは理解しているのだ。彼女なりに、この世界について知ろうとしている証拠だ。


「当然だがお金は働かなければもらえない。お金がなければ俺達は飯も食えないし寝床を用意することさえできない。ということで、俺はその働く方法についての情報を聞いて回った」


「うんうん、それで?」


 昨日の野宿が相当堪えたのか、この話題については食い気味に聞いてくる。


「多くの人は冒険者ギルドで仕事を貰っているらしい」


「なにその、ボウケンシャギルドって」


 神林に聞かれ、俺は目を見開いて驚いた。

 そうか。俺達オタクにとっては当たり前のように使っている言葉は一般人が知らなかったりしてもおかしくないのか。ゲームもしない、アニメも観ない、漫画も読まないとなると冒険者ギルドなんて言葉は普通聞かないもんな。


 冒険者ギルドといえば、こういった異世界ものでは定番の、冒険者になるための登録を行ったり、クエストの受注をしたりする場所。冒険者の活動の拠点となる場所のことを言う。


「簡単に言えば仕事を紹介してくれる場所ってことだ。派遣会社と思えばいい。登録したらそこにある仕事をすることができる。見事その仕事を達成すれば報酬が貰えるってわけ」


「ふぅん。ということは、そこで仕事をすれば今日は野宿せずに済むというわけね?」


「そうだな。仕事を達成できたらな」


 実際、どんな仕事があるのかは俺も知らない。


 普通ならばモンスターの討伐クエストや食材とかの採集クエストとかなんだろうけど、この世界ではその辺がどうなっているのか。俺達異世界初心者に達成できる仕事があればいいのだが。


「じゃあ今はそのなんとかなんとかってところに向かってるってこと?」


「冒険者ギルドな」


 歩きながら説明していた結果、ある程度の話が終わったタイミングで冒険者ギルドの前まで到着した。他の建物に比べて一際大きい建物だ。イメージ的には大きな酒場って感じだろうか。


 扉を開けて中に入ると、テーブルとイスが幾つも並んでいる。そこにこの世界の住人が何グループも集まって座っている。中には一人でいる奴もいるが、そいつらは俺達を一瞥した後に興味なさげに先程までの会話に戻る。


 俺と神林は制服姿なので、この世界の住人とは明らかに見た目が違う。それでもそこまで気にしていないのか聞き込みをしている時も特にツッコまれたりはしなかった。奇抜なファッションセンスだなくらいにしか思われていないのかも。


「なんか、怖いわね」


 隣にいた神林が俺の腕をちょこんと掴む。急にそういうことされると意識しちゃうからやめてもらってもいいですかね? 多分、無意識なんだろうけど。そうでなければ魔性の女だ。


「慣れない場所だからそう感じるだけだよ。初めて入る店ってこんな感じだろ」


 知らんけど。


 適当に言って、俺は建物の中を見渡す。


 中央辺りには人が集まっており、壁の方には掲示板が幾つか並んでいる。恐らくあそこに仕事の内容が貼り出されているんだろう。

 二階に続く階段があるが二階の様子はここからじゃ見えない。奥の方にはカウンターがあり、そこに女性が一人いる。あれが受付と見て間違いない。


 ということで俺は受付に向かう。


「あの」


 とはいえ、やはり緊張はする。俺だって怖いという気持ちが全くないわけではないのだ。

 異世界という未知なる場所にわくわくする反面、不安や恐怖は少なからずある。しかし、目の前の神林がとにかく取り乱すので冷静でいられるところはある。お化け屋敷で相方がビビり散らせば冷静になれるあの現象と同じだ。


 俺がしっかりしなければ、と思わされる。


「はい。いかがなさいましたか?」


「ギルドへの登録ってここでできるんですか?」


 恐る恐る尋ねる。

 これで無理ですとか言われたらちょっと凹むぞ。元いた世界でだって陽キャじゃなかったしコミュ力おばけでもなかった。

 特別コミュ障ということはなかったけれど、それでも知らない人と話すのは得意ではない。

 この人が優しい人であることを祈るのみだが、雰囲気的に大丈夫そうだ。


「はい。可能ですよ。新規登録の方でよろしかったですか?」


「あ、はい。そうです」


 こうして、俺と神林は女性の案内に従い、冒険者ギルドへの登録を済ませた。

 神林に登録するぞという意味合いの言葉を発したところ、あいつは「え、私もすんの?」みたいなリアクションをしてきたが、しっかり登録させた。



     □



 登録を終えた俺達はとある飯屋にいた。


 昨日から何も食べていなかったので目の前にあるバーガーにかぶりつく。


 バンズに挟まれている肉が何の肉なのかは分からないが、味も食べた感じもマックのハンバーガーに非常に近い。どうやらこの世界の食文化は元の世界とそこまで大差はなさそうだ。まあ、中にはよく分からないメニューもあったけど。


 ところで。


 一文無しの俺達がどうして食事にありつけているのか。


 ギルドへの登録を済まし、早々に仕事を片付けて報酬を貰った、というわけではない。そんなスムーズに事が進めばこの異世界旅もそこまで苦労は強いられないだろう。


 なら何故か。

 冒険者ギルドでは登録を済ませた者に対し、初期費用としてお金を渡しているらしい。俺達のような一文無しでやってくる人も中にはいるらしく、装備なしで仕事に行くのは危険なのでその辺の準備をするためのお金が支給される。


 もちろん、後々に仕事をこなすに当たって登録料だなんだでお金は引かれるらしいが、税金のようなものだと思えば納得もできる。


 お札を三枚貰った。そこには一〇〇〇と書かれていた。つまり合計三千円だ。バーガーの値段を見ても、物価もそこまで変わらなさそうだ。一つ、訂正するとするならば、会計の時に分かったがこの世界のお金の単位は『イェン』らしい。


「あー、お腹いっぱい。幸せー」


「結構食ってたけど、大丈夫なのか?」


 俺はバーガーを二つ程度で済ませたが、神林はそれに加えてポテト(のようなもの)やナゲット(のようなもの)など、バクバクと少年漫画の主人公のような食いっぷりを見せた。


「大丈夫よ。これから動くんだから」


「そういう意味じゃねえよ。お金の方だよ」


「問題なし」


 考えなしの行動のようにも思えたが、さすがに彼女もそこまで向こう見ずということもないらしい。


 食事を終えた俺達はようやく装備を整えることにした。まず最初に揃えたいのは衣装だ。

 いつまでも制服というのも何だし。あまり気にしていない感じだけど、いつどこで何を言われるか分からないわけだし、この世界に馴染むに越したことはない。


「結構いい値段するわね」


「服買うんだから、そんなもんだろ」


 いや、そもそも普通は服は買わない。俺達がイレギュラーというだけで、一文無しの人もさすがに服はある。だから、貰った三千円には想定されていないのだ。これは考えて買わなければならないな。


「……」


 どんな服でもいい。この世界の服であれば安ければ何でもいいと思い店内を見て回ると、目的の品を見つけた。


「これでいいか」


 簡単に言えば半袖半スボン。学校の体操服のようなスタイルだが、とりあえずこれでいいだろう。お金が入ってから改めてそれっぽい服装を揃えればいい。五〇〇と表示されているので両方買ってもお金は余る。


「いやいや、ダサいよ」


「別にこれから合コン行こうってわけじゃないんだぞ。何なら、動きやすくていいじゃないか。買うのこれだけじゃないんだぞ?」


 俺の持っている服と、飾られているその衣装を見ながら神林が葛藤を見せる。


「……そうよね。下着とかも買わなきゃだもんね」


 ああ。

 それはすっかり忘れていた。


「おしゃれな服は後々買い揃えればいいだろ。とにかく今はその場しのぎだ」


「……はあああああああ」


 盛大な溜息を見せて、神林は服を見繕う。ほぼ無地なので違いといえばカラーバリエーションくらいだ。俺は白のシャツに黒のスボン。無難なチョイスだ。以前服を買いに行ったときに友達が言ってた。とりあえず服は黒と白を合わせておけばいいって。


 結局、神林は桃色のシャツに白のズボン。その組み合わせがいいのかは分からないが、ピンクを選ぶところが、ああ女子なんだなって思わされた。その後、下着や靴を買い揃え、最後に武器屋に入る。


 ギルドを出る前にどんな仕事があるのか確認したが、いろんな仕事の種類がある中で討伐クエストもあった。となると武器はいるだろうし、モンスターがいるということは他の仕事中にもモンスターとのエンカウントは有り得る。


 武器は必須だ。


 が。


「それなりに値段するな」


 そりゃ武器だもんね。


 とてもじゃないが、俺達の今の所持金では大した武器は買えそうにない。


「お前、いくら残ってるの?」


 神林に聞くと、彼女はポケットの中から紙切れを三枚取り出す。


 この世界には硬貨はないらしく、全てはお札だった。神林が持っているお札には一〇〇と書かれている。つまり三〇〇イェン。


 店内を周り、一番安い武器は短剣で、一つ六〇〇イェン。三枚足りない。


「……仕方ない」


 俺と残高と合わせると、ギリギリこの短剣は二つ買える。本当は少しでもいい武器を買いたかったが、神林を無防備な状態にしておくのも可哀想だ。とりあえず街の中で完結する手伝いとかでお金を地道に集めていくとしよう。この短剣は万一の護身用ということで。


「下着買わなきゃ普通に買えたのにな」


 結局、短剣を二本買って店を出る。俺達の足はギルドの方へ向かっていた。


「は? なに、あんた私にノーブラノーパンで仕事しろって言うの? 変態じゃん。ド変態じゃん。普通に引くんですけど」


「そんなこと言ってないだろ」


 金貸してやったのに何だこの態度。

 貸してやらなきゃよかったぜ。

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