13. 共闘後 2
準備をしてくる、と言い残してシンはナナと共に街を去った。
いつどこで集合するかの詳細な話し合いはなかったが、おそらく準備を終えたら声をかけてくれるのだろう、とテイトは街の片付けに奔走した。
いつもであれば、それこそどんよりとした気持ちでまだまだ瓦礫の撤去や死者の埋葬に追われていたはずだったのに、今日はもう軽めの作業しか残っていなかった。
それは、被害を抑えることができたという何よりの証だった。
勿論、死者が出ている以上喜ぶべきことではないのは分かっていた。
それでも、今日ばかりは助けた人からの感謝の言葉を素直に受け取ることができた。
それが許される気がしたのだ。
テイトは同じように作業を手伝ってくれているレンリに視線を送った。
レンリは軽傷者の応急処置を手伝ってくれているのだが、フードで隠していても傍で治療を受ける者にはその顔が見えてしまうようで、惚けながら包帯を巻かれている負傷者の姿は、今朝の食堂での仲間の姿を彷彿とさせるものがあった。
それだけなら特に仕事に差し支えはないようだが、少し前までフードを外していた所為か教団の信者らしき人達から絶えず熱心な視線を送られており、それには流石にレンリも困っている様子であった。
「――レンリさん、ちょっといいですか?」
「はい」
テイトは助け船のつもりでレンリを呼び出し、視線を遮るように建物の陰へと誘導した。
そうすると、今度は仲間の方がソワソワとし始めたため、どうしたものかとテイトは小さく息を吐いた。
「……すみません、結局巻き込んでしまって」
テイトが謝罪すると、レンリは困ったように微笑んだ。
シンがテイト達と行動を共にすることを決めたので、レンリのことに関しては結局のところ有耶無耶になってしまった感が否めない。
その結果、流れるように仲間に引き入れてしまったことに、テイトは酷く罪悪感を覚えていた。
「そんな風に自分を責めないでください。私は自分の意志でここにいるのですから」
「でも……」
「テイトが私の気持ちを聞いてくださったのでしょう?」
あの言葉は嘘でしたか?とレンリは僅かに首を傾げた。
テイトは逸らすように目を伏せた。
「それは、戦いに加わるかどうかを聞いたわけじゃなくて……」
「そうですね。でも私あの時あの場所にいることが出来て良かったです」
テイトがはっと顔を上げると、レンリはどこか悲しそうな表情で笑っていた。
途端にテイトはその時の恐怖を思い出して、打ち震えた。
レンリが来てくれなければ、リゲルは今ここにいなかったのかも知れないのだ。
その事実を恐ろしく思うと同時に、今になって安堵感が波のように押し寄せてきたため、テイトは潤みそうになる瞳を隠すように、再度下を向いた。
「……レンリさん、ありがとうございます」
「私の方こそ、守ってくださってありがとうございます」
ふふ、と優しく笑う声が耳に入り、仲間の言葉を冗談と受け流していたはずなのに、テイトにもレンリが天使のように思えた。
そう思ってしまった自分が気恥ずかしくて、テイトは後頭部を掻きながら話題を探した。
「あ、あの、レンリさんの魔法ほんとに凄かったです。シンさんも後でどうやったか聞こうって言ってしまった」
「本当ですか? でも、自分ではよく分からなくて」
レンリは困った様子で小首を傾げた。
「それに相手の魔法を防ぐこと以外は、一切できなくて……」
「え、そうなんですか?」
「はい、私もシンに聞いてみなくてはいけませんね」
そう言って微笑むレンリを見ながら、火を出したりする方が簡単そうなのにな、とテイトも内心で首を傾げた。
「――おい」
「え? あ、リゲル、どうしたの?」
背後から聞こえた低い声に振り返ると、不機嫌そうなリゲルと視線が合った。
「あいつらがレンリちゃん紹介して欲しいって」
「え、あー……」
テイトは仲間達の反応を想像して顔を顰めた。
正直面倒臭いことになりそうだなと思いながら、テイトはレンリを窺い見た。
「……レンリさん、そういうことみたいで、お時間大丈夫でしょうか?」
「はい、勿論です」
ふわりと笑うレンリに、守ってあげなければとテイトは決意を固めた。
気合いを入れて路地裏から出ようとすると、やはり機嫌の悪そうなリゲルが目に入って、テイトは思わずリゲルの顔を凝視した。
「……リゲル、どうしたの?」
「別に……」
リゲルは顔を背け、そのまま脇目も振らずに先に行ってしまった。
その態度こそが何かあると言っているようなものだが、テイトはその場では特に追及せずにレンリと共にリゲルの後を追った。
前方に集まる仲間達は落ち着かない様子で外套を被るレンリを見ており、テイトは食堂でのことを思い出して少しだけ遠い目をした。
「テ、テイト、そちらのお嬢さんは?」
「えーと、一時的ですが、僕たちの仲間になってくれたレンリさんです」
「初めまして、レンリと申します。よろしくお願いいたします」
レンリがフードを外して頭を下げると、仲間達は息を呑んだ。
レンリに見惚れて固まってしまった彼らをどうしようかと考えていると、不意に先頭に立っていた男の目が潤みだしたためテイトはぎょっとしてしまった。
「こ、この子が俺たちの勝利の女神か」
「え?」
テイトは思わず聞き返した。
レンリもきょとんとした表情で男を見ている。
「だからこの街は守れたんだろ?」
言いながら途中で堪えきれずに腕で目を覆いだした大の大人の姿に、レンリは目を見開いて困ったように弁明した。
「誰かと間違えているのではありませんか? 私は何もしていません」
「いや、君だ。イザミも言っていた。君と会ってからまるで竜の加護を賜ったかのように、難航していた魔法使い探しも解決し、街の被害も最小限に抑えられた、と」
イザミとは、レンリのことを天使やら妖精やら言っていた仲間のことだ。
その所為か、とテイトは天を仰いだ。
「それこそ、皆さんの力だと思いますが」
「それに竜の子だなんて、やっぱり宗教の教えは正しかったんだ……」
聞く耳も持たずに男が一人で盛り上がりだしたため、レンリが困り果てた様子で眉尻を下げたのが見えた。
慌ててテイトが取り繕うよりも早く、リゲルが男の腰を後ろから蹴り上げた音が響いた。
「った、リゲル、何するんだ!」
「いい年したオッサンが、女の子困らせてんじゃねーよ」
「オッサンじゃない、俺はまだギリ二十代だ!」
男は不満を漏らしたが、レンリの戸惑ったような顔に気付くと、頬を染めながらあたふたと両手を動かした。
「め、女神様、お見苦しいところを見せてしまって、すみません」
「……できたら、レンリと呼んでください」
「うっ」
レンリが首を傾けて微笑むと、数人が呻きながら胸を手で押さえた。
「レンリちゃんも、オッサンは慣れてないんだから煽らないであげて」
リゲルはレンリの傍に寄ると、自らの手で彼女のフードを深く被らせた。
目を瞬くレンリを横目に、いち早く復帰した男はリゲルに再度苦言を呈した。
「だから、俺はまだギリ二十代だ!」
「もう、の間違いだろ」
「それからお前は女神……レンリさんに馴れ馴れしすぎだ!」
大体なぁ、と更に言い募ろうとされていた言葉は、レンリの接近によって口の中に飲み込まれたように見えた。
「私にも畏まらず接していただけたら嬉しいです」
「っひゃ、ひゃい」
「っぶ、ひゃいって」
聞いたことのない程の情けない声にリゲルは可笑しそうに噴き出したが、男にはもう反論する余裕もなさそうであった。
場に響くリゲルの笑い声につられて、テイトも思わず小さく笑みを漏らした。
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