14. 旅路
陽が傾き始めた頃、シンとナナが街に戻ってきた。
早速仲間に二人を紹介しようとすると、探している《竜の子》を見つけたらそこでお別れだからその必要はないとすげなく断られてしまい、興味深げにこちらを眺める仲間達に向けてテイトはごめんと視線を送り頭を下げた。
目的地アルゲティは首都カストルの隣に位置している。
今いる場所から二週間は要するだろうというほど離れた場所にあるため、シンはすぐにでも出発するぞとテイトを急かした。
テイトも勿論そのつもりであったのだが、ここで少し一悶着が起きた。
テイト達は何かあったらすぐ対応できるようにと四から六人で一つの隊を作って行動していた。
レンリとシンとナナが加わり、テイトはその三人とアルゲティを目指すつもりでいたのだが、三人が新参者だからもう一人加えた方がいいのではとの助言がそもそもの発端だった。
確かに、と納得したのも束の間、それがレンリと親交を深めたいという男達の醜い争いであったことに気がつくのにそう時間はかからなかった。
自己アピールを始めた者達を見て、シンがとてつもなく冷たい目をしたことに気がつき、テイトは慌ててリゲルを連れて行くと宣言した。
リゲルは勝ち誇ったような顔で皆を見渡し、何でまたリゲルなんだと悲痛な声も聞こえたがそれは敢えて無視した。
「……準備できたのか?」
「はい、スミマセンデシタ」
「おめでたい仲間達だな」
「スミマセン」
テイトはシンに頭を下げたが、仲間が浮かれる気持ちもよく分かっていた。
何も美少女の存在に喜んでいただけではなく、本当に、初めてと言っても過言ではないくらい、被害を最小限に抑えて《アノニマス》を追い返すことができたのだ。
仲間から死傷者が出なかったことも久しぶりのことで、《クエレブレ》結成以来の快挙に仲間達が歓喜するのも仕方がないことだった。
勿論、被害が全く出ていないと言うわけではないので、誰もそれを敢えて口にしないだけだ。
「お前だって散々待たせてただろ」
「は?」
「ちょっとリゲルやめてよ」
リゲルは依然シンに喧嘩腰で、テイトは慌てて間に入り込んだ。
出会いが出会いだっただけにリゲルは未だにシンが気にくわないようである。
「……ナナさんも、お待たせしてスミマセン」
「ふんっ」
そしてナナも相変わらずテイトとリゲルにはこの態度で、少し不安が残る状態でアルゲティへ向けた旅が始まったのだった。
その道程の途中で、テイトとシンはお互いに持つ情報を交換し合った。
「――因みに、どうしてアルゲティへ行くんですか?」
テイトは先ず、シンが何故アルゲティを目的地としたかを尋ねた。
「研究所に手掛かりを探しに行く」
「研究所?」
アルゲティの外れには元々国立の研究所が存在したらしく、シンは敵にいる《竜の子》は研究所の関係者なのだと語った。
研究所自体はアルゲティが襲撃される前に破壊されたそうだが、何かしらの痕跡が残っているかもしれない、とシンは続けた。
「何故、彼が研究所の関係者だと断言できるんですか?」
「……俺も研究所にいたからだ」
シンはそれだけ言うと黙り込んだ。
ただテイトは少し納得した。
だから彼にも刺青があるのだ、と。
研究者としては若過ぎる見た目だと思わずにはいられないが、あの魔法の威力を見た以上彼の賢さは火を見るより明らかなので、きっと才ある研究者だったのだろうと思った。
「一年半も前のことだろ、何かが残ってるとは思えないけど」
リゲルはそう言って横目でシンを見たが、シンは涼しげな顔のままで答えた。
「それを確かめるためにも行くんだろ」
至極真っ当な返答に、リゲルは何も反論しなかった。
「……シンさんの話からすると、レンリさんもナナさんも研究所の関係者ってことですか?」
「それは今関係ないだろ」
シンはそのテイトの質問にはそれ以上答えなかったが、不意にテイトを見つめた。
「あんたは?」
「え?」
「あんたは何でアルゲティに用があるんだ?」
「……ユーリさん、えと、前のリーダーの故郷なんです。せめて、形見だけでも故郷に帰してあげようと思って」
「ふーん」
シンはまた興味がなさそうに相槌を打ったが、ちらりとテイトの刺青に視線を移した。
「……刺青は誰に入れられたんだ?」
「えーと、名前とかは知らないんですけど……」
テイトの返答にシンは眉を顰めた。
その責めるような視線に、テイトは狼狽えながら両手を振った。
「いや、偶々路上で会ったというか、あの、知らない人なのは間違いないんですけど、有名な研究者って言ってましたし。あ、でも、自分できちんと決めてお願いしたことですから」
しどろもどろに伝えるとシンの眉間の皺は更に深くなり、何か返答を間違ったのだろうか、とテイトは冷や汗を浮かべた。
「そう、か。……副反応はちゃんと知ってんのか?」
「はい。僕は一年に五歳年を取るみたいです」
その言葉にシンは同情とはまた違う、何とも言えない表情を浮かべた。
「……シンさんは?」
聞いていいかは分からなかったが、他に話題も思いつかずテイトはおずおずと尋ねた。
「俺は年を取るのに十年かかる」
思いの外あっさりと教えてくれたシンに驚きつつ、テイトはじっくりとシンを観察してみた。
シンは“見た目だけで言えば”テイトよりも年上で、リゲルよりかは年下に見える。
刺青を入れた時期は知らないが、もしかしたら自分の認識よりも相当年上なのかも知れない、とテイトは考えを改めた。
「……シンさんは、研究所の人だったんですよね?」
「あぁ、そうだな」
「刺青を他の人に入れることはできるんですか?」
純粋な疑問だった。
テイトが以前他の仲間から聞いた話では、研究所が破壊されて研究者の行方が分からなくなってからは、刺青を入れることができる者もいなくなったという。
自分が偶々会った老人も、研究所から逃亡して身を隠しながら生きていたらしいが、テイトに刺青を入れてすぐに寿命を迎えて亡くなってしまった。
本当にもう誰も刺青を入れることができないのか。
そんな単純な疑問をぶつけただけのつもりだったが、シンの目が厳しい色を帯びたため、テイトはまた何か間違えたのかと焦った。
「何故そんなことを聞く?」
「いや、単純に疑問に思っただけで……」
「……入れることはできるが、俺は誰にも入れるつもりはない」
「……どうしてですか?」
シンが刺青を入れることができると言ったことに対して、テイトはあまり驚かなかった。
シンにそれ相応の実力があることは推して知ることが出来たからだ。
ただ、入れるつもりはないと断言する理由は分からなかった。
「刺青を入れて幸せになった奴を見たことがないからだ」
シンはすっと目を細めてテイトを見た。
「不幸になるぞ、あんたも」
有無を言わせない真剣な瞳に、テイトは何も言い返すことができなかった。
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