12.  共闘後 1

「――テイト、てめーっ!」


 粗方の撤去作業を終えて街の西端で仲間と合流を果たすテイトの耳に聞こえてきたのは、リゲルの怒声だった。

 ビクリと体を震わせたテイトがリゲルをその目に映すよりも早く、足早に距離を詰めてきたリゲルによってテイトの頭はグイと鷲掴みにされた。


「な、っ痛いよ、リゲル!」

「俺許してねーからな!」

「っ何を」

「どっちを助けるか迷ったことだ!」


 テイトは息を呑んでリゲルを見上げた。

 リゲルは怒っているのか悲しんでいるのかよく分からない表情でテイトを見下ろしていた。


「あの状況は子供を守るとこだろっ、普通!」

「……うん、ごめん」

「てか、あの一瞬の迷いの所為で全員がやられてた可能性もあるんだぞ!」

「ごめん」

「っでも、一番許せねーのは……」


 手の力を弱めて俯くリゲルの顔は、見上げるテイトからはよく見えた。


「……お前を迷わせた俺だ」

「リゲル……」

「悪かった、お前の足を引っ張って」


 泣きそうな声で小さく呟かれた言葉に、テイトはふぅと息を吐いた。


「……ほんとだよ、気をつけてよね」

「っの、てめー」


 顔を上げたリゲルの顔に笑顔が見え、テイトはそこでやっと自分も笑みを浮かべた。

 刹那、はっと気付いたようにリゲルの足に目を移した。

 先程彼は駆け寄ってきたように見えたが、あの大火傷は大丈夫なのだろうか。


「リゲル、怪我は……」


 見ながら、テイトは驚愕に目を丸くした。

 リゲルの左足は燃えた服はそのままに、しかしそこから見える足には傷一つなく、火傷をした跡など何一つ残っていなかった。


「え、怪我がない……どうして?」


 呆然と呟くテイトを余所に、リゲルは面白そうに笑った。


「治してもらった」

「誰に?」


 リゲルは、ん、と自分の背後を指さした。

 釣られてテイトが視線を遣ると、レンリと、その横にぴったりくっつく黒い外套を身に纏った人影が見えた。


「……レンリさん?」

「の、隣」


 言われてテイトが黒い外套の人物をぼんやりと眺めていると、シンがすっとそこに近付いていくのが見えた。


「……驚いた、いつの間に仲良くなったんだ」

「あたし、勘違いしていましたの! レンリ様は素晴らしい方でしたわ!」


 声をかけるシンに、外套を被った人物は興奮したように話し始めた。

 シンがどこか面白そうにレンリを見遣ると、レンリは少し困ったように微笑んだ。


「何があったんだ?」

「大したことではないのですけれど、ナナ様が――」

「ナナ様なんて他人行儀な! 私のことは親しみを込めてナナと呼んでくださいませ!」

「……それなら、ナナも私のことをレンリと呼んでください」

「恐れ多いことですわ!」


 ナナと呼ばれる少女の大声に、周囲の人が何事かとレンリとナナに視線を遣り、レンリを見るや否や「竜の子だ……」「御使い様だわ……」と惚けたように口を開いた。

 集まった視線に、レンリは気まずそうにそっとフードを被りなおした。


 テイトはリゲルを伴い、怖ず怖ずとその三人に近寄った。


「――で、結局何があったんだ?」

「レンリ様があたしに向かう敵の攻撃を魔法で防いでくれたのですわ! あたしが子供のように失礼な態度を取ってしまったのにも関わらず、レンリ様は空のように広いその御心で私を助けてくれたのです!」

 とても素敵でしたわと続けながら、ナナは両手でレンリの手を握り締めてほぅっと息を吐いた。


「理由はどうあれ、仲良くなったならよかった」

「――あの、シンさん」


 テイトがシンの背後から声をかけると、黒い外套を身に纏った少女がずいっと身を乗り出して威嚇するようにテイトを睨んだ。

 それにびくりと反応すると同時に、その布の隙間から見える赤い瞳にテイトは目を瞠った。


「会話中に入り込むとはどういう了見ですの!?」

「え、すみません」

「恥を知りなさい!」


 捲し立てる少女の勢いにテイトがすっかり萎縮していると、後ろから顔を覗かせたレンリがテイトの顔を見て安心したように胸を撫で下ろした。


「テイト、怪我はありませんか?」

「大丈夫です、シンさんも手伝ってくれましたし。レンリさんも、ありがとうございました」

「ご無事なら良かったです」

「レ、レンリ様、お知り合いの方ですの?」

「えぇ、私を助けてくださった方です」


 レンリがそう説明すると、ナナは腑に落ちなさそうな様子でテイトに向き直った。


「……そ、そうでしたのね。レンリ様のお知り合いの方でしたら先程のことは大目に見ましょう」

「あ、あの、僕はナナ、さん?にお礼を言いたくて」

 テイトが確かめるように言うと、ナナは訝しげに目を細めた。


「……なんですの?」

「リゲルの怪我を治してくれて、ありがとうございます」


 テイトが頭を下げると、少しの沈黙が訪れた。


「……誰ですの、そのリゲルと言うのは」

「俺だよ、さっきはありがとね」


 リゲルがテイトの横から手をひらひらと振ると、ナナはふんと顔を逸らした。


「貴方でしたの。別にお礼はいりませんわ。レンリ様に頼まれたから、仕方なくしただけのことですわ」

「私からも改めて、ありがとうナナ」

「とんでもございませんわ!」


 テイト達に向けてものとは真逆の態度で答えるナナに、テイトは少しだけ唖然とした。

 それをフォローするかのように、シンはテイトを見て肩を竦めた。


「初対面の奴には威嚇しないと済まないらしいから、気にしないでくれ」

 言い終わるや否やシンはナナに向き直った。


「さぁ、やることも終わったし戻るか」

「分かりましたわ」


 次いで、シンはレンリに目を移した。


「レンリも、これで借りは返せただろ」

「……そう、でしょうか」


 レンリはゆっくりと目を伏せた。

 そうするとフードが完全に顔を隠してしまい、レンリの心情は何も読み取れなくなってしまった。


 テイトは森での会話を思い出し、彼女を呼び止めようと口を開きかけ、しかし何も言わないまま口を閉じた。


(呼び止めて、どうするんだ……)


 《アノニマス》の危険性は変わらない。

 寧ろ、今日彼らが自害させられた姿を見てより危険な集団だと認識しなおしたところだった。

 人の命、仲間の命さえ躊躇わず奪うことができる奴らと敢えて関わりを持つ必要などあるはずがない。

 更に言うのであれば、シンの魔法は想像以上に凄いものであったし、少し話をしてぶっきらぼうながら気遣いのできる人なのだと理解した。

 森で抱いたはずの不信感は、この短時間で消滅したと言っても過言ではない。

 それならば、彼女はシンと共にいる方がきっといいのだろう。


 沈黙を選んだテイトと対照的に、焦った声を出したのはリゲルだった。


「ち、ちょっと待てよ」

「なんだ?」


 冷たい声で返すシンに、リゲルは居心地が悪そうに目を逸らした。


「……俺はお前のこと信用してないんだけど」

「あんたの信用が必要か?」

「竜の子で、刺青を入れてるからお前の関係者だなんて……」

「じゃあ、あんたはどういうつもりでレンリを引き留めてるんだ? 彼女の魔法を見て手放すのが惜しくなったか?」

「そういうわけじゃねぇけど……」


 二人の言い合う声を聞きながら、テイトは何か引っかかりを覚え、そのもどかしさに顔を顰めた。

 何か、とても重要なことを忘れている気がした。

 思い出せなくて、その気持ち悪さを振り払うように勢いよく上げた視界に、レンリが不安そうに二人を見つめている姿が目に入った。

 その美しい紫色の瞳を見て、思い出した。


「――シンさん」

「今度はなんだ?」


 シンはどこかうんざりしたような視線をテイトに向けた。


「竜の子で、刺青を入れてたら、シンさんの関係者の可能性があるんですよね?」

「まぁ、その可能性が高いが」

「アノニマスにも、いました。刺青を入れた竜の子が」

「……なに?」


 テイトが真剣な表情で伝えると、シンは眉根を寄せた。


「それは、本当の話か?」

「はい、本当です」


「……あいつ、刺青もあったのか?」

 リゲルが不安そうに耳打ちしたため、テイトはシンを見たまま小さく頷いた。

 

 テイトにとって、それは忘れたくても忘れられない記憶だった。

 初めて《竜の子》を見た。

 その神秘的な姿に惚けていた次の瞬間には、仲間を殺されていたのだから。


「彼は、紫色の髪と金色の瞳を持ち合わせていました」


 テイトが過去の記憶を思い出しながらそう口にすると、シンは明らかな動揺を見せた。

 そして、右手で口元を押さえ込み、何かを考えるように視線を下げた。


「――……」


 シンが何かを呟いたが、テイトにははっきりとは聞こえなかった。

 ただ、近くにいたナナにはその声が聞こえたのだろう、大きく体を揺らしたのが見えた。


「……それは本当か? 記憶違いの可能性は?」

「絶対に間違いないです。忘れるわけ、ありませんから」


 思った以上に狼狽えるシンに戸惑いながら、テイトはきっぱりと肯定を示した。

 すると、シンはガシガシと強く自分の頭を掻いた。


「クソっ、だからヨンか。バカにしてる」


 吐き捨てるように言ってシンは舌打ちをした。 

 その怒気を含んだ様子に、テイトは恐る恐る声をかけた。


「……関係者、ですか?」

「そいつは今どこにいる?」

「それは分かりません」

「ッチ、使えないな」


 苛々を隠すことなく話すシンにテイトがビクつくと、目が合ったシンはばつが悪そうに視線を逸らした。


「悪い、あんたに怒ってるわけじゃない、俺が……」


 シンはそれ以上言葉を続けず、耐えるように唇を引き結んだ。

 黙り込んでしまったシンに、テイトは意を決して話しかけた。


「シンさんがもし彼を探すというのなら、僕たち協力できると思えませんか?」

「……俺は一人でも探せる」

「でも、僕たちの情報でシンさんは彼のことを知ったわけでしょ? 僕たち協力できると思うんです」

 情報網なら負けてませんと必死に続けるテイトに、シンは沈黙した。

 

 やがて、シンは大きく息を吐きナナの方に体を向けた。


「……ナナ、」

「私も行きますわ」


 食い気味に口を開くナナに、シンは僅かに目を見開いた。


「私を連れ出してくれたのはシン様ですわ。その時から私たちは一蓮托生ですわ!」


 両手を握り締めて勇んでみせるナナに、シンは一度瞬きをし、それから小さく苦笑を浮かべた。


「……調子がいい奴だな」

「シン様の決めることに反対なんてしませんが、必ず、私を連れて行ってくださいませ」


 シンはもう一度小さく溜息を吐き、ゆるゆるとテイトに視線を戻した。


「あんた達と協力するメリットはさして感じないが、ある意味目的は共通しているらしい」

「それなら、」


 テイトが期待を込めてシンを見上げると、シンは目を細めて薄らと口に笑みを貼り付けた。


「俺についてくるなら、一時的に協力関係になっても構わない」

 そいつを見つけるまでだが、と続けるシンの言葉にテイトは首を傾げた。


「……行く当てがあるんですか?」

「あぁ」

 どうする?とシンは笑みを浮かべたまま試すようにテイトに問いかけた。


 しかし、テイトの答えは決まっていた。


「勿論、ご一緒させてください」


 小気味よい返事に相対するシンは笑みを深めたが、横にいるリゲルは不満そうに唇を尖らせたため、テイトは僅かに苦笑した。


「ちなみにどこへ行くんですか?」

「アルゲティだ」


 そこは《アノニマス》に一番始めに襲われた街であり、そして、前リーダーの出身地でもあったが故に、テイトが《クエレブレ》に加入してから良く耳にした地名だった。


「……丁度いいですね。僕もそこにはいつか行かなければと思っていました」


 テイトは徐にシンに手を差し出した。

 シンがその手を握り返したため、一時的という期限付きではあるが、待望の魔法使いを仲間に迎えることができたのだった。

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