第52話、社会学者と王政


 戦いは収束に向かっていた。銃の音は散発的になり、群衆は怒ったり泣いたりしている。

 ハス・レシ・トレスが廊下を歩いている。その後ろに血まみれのソ・キ・ハナとサイ・タタラがいる。ハス・レシ・トレスは教授室とかかれたドアをたたいた。

 沈黙の後に小さな声で答えが返ってきた。ハス・レシ・トレスは失礼といい、ドアを開けた。部屋の中には、一人の外国人が居た。

「私は退役した海軍の者で、ハス・レシ・トレスといいます。今日は先生にお話があってきました。よろしいでしょうか」

「は、はい、なんです」

 雑多な匂いがした。瓶詰めにされた香辛料や古い民族品や武具もあった。古い書物もある。四人いても十分な広さがあるはずなのに、圧迫感のある部屋だった。ハス・レシ・トレスは空いている椅子に勝手に座った。ソ・キ・ハナとサイ・タタラは背後に立った。

「あなたは、この国に来た社会学者ですね」

「ええ、ええ、そうです」

 外国人の男はおびえた目で答えた。やましいことがいくつかある。

「我々はこの国に革命を起こすつもりです。つきましては先生にアドバイスをいただきたい」

「私にですか、あんまり政治的なことはちょっと」

「ほう、王様の元ではいろいろなさっていたようですが」

「いや、それは、したくてそうなったのではなく、研究結果がたまたま、そうなっただけで、積極的に参加したものではないんです。暴動の研究をしていて、その発生の仕組みを、それを研究していただけなんですよ。統計を取っていたらある程度予測ができることがわかって、その研究成果を論文に起こして、発表をしようとしたんですが、王様に止められて、そのままここに軟禁状態ですよ。私だって食べて行かなくちゃいけないですから、帰りたいって言っても帰してくれないし。なにも、私が虐殺をさせたわけではないんです。むしろ逆で、暴動発生の仕組みをつかんで、そのようなことが起きないよう平和的考えから研究していたんですよ。暴動が起きたからって、何も殺さなくてもね。極端すぎますよ、無関係な人まで巻き込んで、やりすぎなきゃ気が済まないっていうか、国民性なんですかね」

 社会学者は額をこすった。

「まあ、それはいいです。それよりもこれからの話をしましょう。我々は王政を廃止し、この国を議会制民主主義の国に変えるつもりです」

「そうですか」

「いかがでしょう。どう思われますか」

 ハス・レシ・トレスは身を乗り出した。

「いや、私に聞かれても」

「先生は先進国から来られた。何かおっしゃってください」

「そ、そうですね。いきなり民主主義といわれても、私どちらかというと、王政だったり、氏や族といった若干、古めの文化や社会が専門なんで、あまり詳しくないのですが、ただ、どのような制度であれ問題はあります。特にこの国が抱える貧困問題は、かなり根深く、王政を廃止しても、解決は難しいと思いますよ」

「それは確かにその通りでしょう。容易なことではない、わかっています。ですが今まで、王族が、独占していた富を、民衆に分け与えれば、この国も少しは、ましになるでしょう」

「いえ、なりませんよ」

「え」

「この国の王族の数なんてたいしていません。国民全体の1%にも満たないです。それを国民全員に分け与えたって、たかだかしれてます。日照りに小雨が降った程度です。王族は確かにこの国のレベルで広い土地を所有していますが、それほど、お金を持っているわけではありません。土地や家に多額の税金がかかる分、借金をしている者も珍しくはありません。王様自体、贅沢を好まれない方でしたから、ほら、城の中だって絢爛豪華とは言わないでしょう。王族の中にも貧富の差というものがあって、貿易関係に明るい人はずいぶん儲けていますが、後は、少しいい服を着て少しいい食事をするぐらいで、貧乏王族もずいぶん見ましたよ。退役軍人の方が裕福かも知れませんね」

 社会学者はちらりとハス・レシ・トレスを見た。

「だが、王族が押さえ込んできた権利や権限を民衆が手に入れることができれば、この国は変わる。皆が皆、役人の目を気にせず自由に商売をし、自由に外国に行き貿易ができれば、きっとこの国は豊かになる」

「そうですね。ただ、貿易するといっても、この国にはろくに資源がありません。もし自由な貿易が始まれば、人口の問題がありますから、食糧の輸出による国内の飢饉が多発することになるかもしれませんよ」

「しかし、貿易をしなければ、この国では手に入れることのできない技術や物を得ることはできないのでは、そうしなければこの国は」

 ドアをたたく音がした。

「誰でしょう」

 社会学者はおびえた声を出した。

「安心してください。私の仲間だと思います」

 ハス・レシ・トレスはシン・タリに目配せした。サイ・タタラはドアの、のぞき穴をのぞいた。

「シン・タリです」

 サイ・タタラはドアを開けた。シン・タリがいた。服には少し返り血がある。

「どうだった」

 ハス・レシ・トレスは聞いた。

「やりました。王を殺害しました」

 サイ・タタラとソ・キ・ハナは喜んだ。ソ・キ・ハナはサイ・タタラの肩をたたき、サイ・タタラはソ・キ・ハナの傷だらけの頭をたたいた。

「そうか良くやった」

 ハス・レシ・トレスはシン・タリの肩をたたいた。

「なぁ、王様ってのはどんな奴だったんだ」

 サイ・タタラが聞いた。

「わりと普通の奴だったよ。驚いていて、いろいろ言い訳をしてから、最後はあきらめた。あと新聞とかに載ってる写真より少し太っていたな。普通だった」

 シン・タリは気の抜けた顔をした。

「そういうものだ。王様だからといって、普通の人と何も変わらない。普通の人がこの国を支配していたのだ。これが王様の正体だ」

 ハス・レシ・トレスは言った。

 社会学者は天井を見つめ少し悲しそうな顔をした。

「そうですか。生かしたまま、議会制民主主義に移行することはできませんでしたか」

「無理だ。我々は大きな組織ではない。王を捕らえ、王を脅し、議会制民主主義に移行させる時間も軍事力もない。王には死んでもらうしかないのだ。王制打倒のためには、民衆による王の殺害が必要なのだ」

「なるほど、民主主義による王の殺害というわけですか。裁判も行なわずに?」

「裁判は行なわれた。つい先ほど、カカ・ミの裁判で王は有罪になったのだ。そして民衆が立ち上がり、王に極刑を下した。そう考えてもらわなければ困る」

「国民は納得するでしょうか。裁判の結果に怒りの声を上げた人たちですよ。王様を殺害するために立ち上がったわけでもなく、王政を無くし民主主義の世を作り上げるために戦ったのでもないのですよ。あなたの思うように事が運ぶでしょうか」

「そこを突かれると痛いね。だが、私だって何の後ろ盾もない訳じゃない。海軍のかつての部下も出世をしているし、何人かは私の同士だ。陸軍にも少しつてがある。王政からの解放をうたい文句に、民衆をあおってあおってあおりまくるしかない。できればあなたも協力してほしいのだが」

 ハス・レシ・トレスは社会学者を見つめた。

「いえいえ、私はただの学者ですから、何もできません。それよりも、よくそんな思い切ったことができましたね」

「別に失敗してもかまわない。この国の王政を倒すなんて簡単にできることではないし、民主主義の実現なんてのは、さらに難しい。どちらにしろ、やってみるしかないさ」

「しかし内戦になるかもしれませんよ。王族と軍と民衆、各部族や都市が立ち上がり、国が割れるかも知れません」

「王政よりましだろう。しばらくは都市部族同士の共和制を行なっていけばいい。そこから、議会制民主主義に移行していけばいい」

「それなんですけど、どうしてそんなに民主主義に、こだわるんですか」

 社会学者は聞いた。

「こだわると言うより、それしか選択肢はないのでは、まさか社会主義国家を目指せと、それともエセ共産主義の資本主義の国を目指せと、民主主義以外、我らの選ぶ道が何かあるとでも」

 ハス・レシ・トレスは驚いた顔をした。

「いえ、別に民主主義に問題があるといっているわけではありません。まあ、ありますけど、そうではなくて、この国の問題は制度上の問題ではなく。資源や人口にあると思うんです」

「ざひ、詳しく聞かせてください」

「はい、それは、ドブゾドンゾ王国ができる前のだいぶ前、王政ができる前の時代にさかのぼるんです」

 社会学者はくわしく話し始めた。

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