第49話、城、昔、故郷

 城


 城の五階に王はいる。五階の入り口は厳重に警備されている。常に十人あまりの警備兵が常置しており、突破するのは難しい。他の道を見つける必要があった。

 シン・タリは、火災警報装置が鳴る中。VIP用の浴場を目指し廊下を走っていた。知る限りの、城の内部構造と城の住人の行動パターンは、すべて頭にたたき込んでいる。次の角を曲がったところに浴場がある。

 いた。バスローブを羽織り、火災警報にすこし、おびえた顔をしている女、王の愛人だ。

 情報通り。この時間帯、王の愛人の一人が、風呂に入る。この愛人は、一階のVIP用の浴場の温泉がいたく気に入っているそうだ。毎日のように、ここの風呂に入っている。シン・タリは、二人いた女の警備兵を手刀で打ち倒し、おびえる王の愛人の、のど元に突撃棒を突きつけた。

「王の元へ案内してもらおうか」



 ハス・レシ・トレスは、興奮を抑えきれなかった。

「民衆が、民衆が立ち上がった!」

 シン・タリから、裁判所内で暴動が発生し、それが膨らみ城に向かっていると知らせを受け、仲間をかき集めハス・レシ・トレスは城に駆けつけた。城の中に大勢の人間がいた。煙が上がってた。戦いの音が聞こえた。

 拳銃を片手にハス・レシ・トレスとその仲間達は、城の中へ、戦いへと身を投じた。


 昔、ふるさと


 久しぶりに故郷に帰ってきてハス・レシ・トレスは驚いた。

 ハス・レシ・トレスは、海軍で五年訓練をし、三年間様々な国へ遠洋訓練をおこなった。訓練といっても、実質は海軍による大がかりな密輸だ。訓練を隠れ蓑に軍事物資や食料品や衣料、酒やタバコといった贅沢品の取引を、国交のある国とおこなっていた。取引で得た金がどこに行くのか、ハス・レシ・トレスはまだよく知らなかった。

 一ヶ月の休暇を得て、八年ぶりに帰ってきた故郷はすっかり変わっていた。

 実家はもともと裕福で、父は王族の縁者、政策通達官をやっていた。父や母の歓待を受け、妹や姉の近況を聞き、久しぶりの実家の暖かさを満喫した。親しかった友人にでも会おうと、外に出た。ところが誰も見つからない。町の様子は八年前より活気にあふれていた。だが、小学校時代の同級生でよく一緒に遊んでいた友人の家にいっても、そこに住んでいるのは見知らぬ人間だった。どこに行ってもそうだった。ハス・レシ・トレスは地域のサッカー部に所属していため、この辺りの若者とはしたしかった。町は変わらないのに住んでいる人間が、すっかり変わっていた。子供のとき学校帰りによった水飴屋のおばちゃん、柿を盗んで追いかけてきたほうきおじさん、薄暗くなるまで遊んだたくさんの友達、懐かしい人間がことごとく、いなくなっていた。ハス・レシ・トレスは焦りを感じ、早足で町を歩いた。どこにもいない。建物は変わっていないのに住んでいる人間だけが変わっている。恐怖を感じた。自分は本当にこの町にいたのか。ここは俺の知っている町なのか。 

 さまよい歩いているうちに、高等学校時代の友人にばったりあった。ハス・レシ・トレスは懐かしげに挨拶をしてくる友人の肩を掴み、友達が消えたことを訴えた。友人の瞳はよどみ両手で顔を覆った。

「もう、そうか。忘れたかったんだが、お前は海外にいたんだな。知らないのも当然か。くそ、みんな死んじまったんだ」

「はっ、死んだって、なんだよ。ええっ! どういうことだよ。そんないっぺんに人が死ぬかよ!」

 ありえない。そんなことはあり得ない!

「死ぬんだよ。いっぺんに殺されたんだよ。お前の仲間がやったんじゃないか! 陸軍の連中が、暴動が起きたって、この辺の連中皆殺しにしていったんだよ!」

「暴動、陸軍が」

 そんなこと、ハス・レシ・トレスは思いつきもしなかった。暴動で陸軍が鎮圧に乗り出したという話は何度か耳にしたことがある。だけど、そんなことが、自分の思い出の町でおこなわれるなんて、ハス・レシ・トレスは考えたこともなかった。


 その後、友人から逃げるように別れ、ハス・レシ・トレスは再び町をさまよった。

 町の中で、人の住んでいない地域があった。不思議に思い、通りすがりの人に聞いてみた。

「ああ、ここか、工場が建つって聞いてるぜ。少しは景気がよくなってくれれば良いがな」

 よく見ると政府の再開発事業の看板が町のあちこちに立てられていた。ハス・レシ・トレスは、政府系の土木事業を行なっている会社に就職している友人に連絡を取った。

 どうやら、外国向けの衣料や機械類の工場を造る予定だそうだ。ハス・レシ・トレスが友人たちとサッカーをした思い出のグラウンドも、輸出向けのジーンズ工場に変わるそうだ。

 街を行き交う人は、みな活気にあふれていた。


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