第48話、昔、港

 昔、港


 港に学生服を着た女の子がいた。つまらなそうな顔で船を見ていた。そんなにつまらないなら見なければいいのに、港で働くシン・タリはそう思った。

「何見てるんだ?」

 休憩中シン・タリは少女にそう声をかけた。

「船を見ているんです」

 少女は答えた。

「船が好きなのか?」

 少女は少し考え込んだ。

「父と兄が漁師をやってるんです。でも、船が好きってわけじゃないんです。むしろ嫌いかな。大変そうだし。あれ、あの船どこに行くんですか? 外国船みたいですけど」

「さぁ、どこに行くかは知らないよ。俺は積み荷を降ろすか積み荷を中に入れるか、それしか気にしたことがない」

 実際のところ、シン・タリは、外国船の行き先は、ほとんどすべて知っていた。シン・タリは、この港にくる外国船の情報を集めていた。どの国に行き、どういう乗客が乗っていて、なにを運んでくるのか。

「でも、外国の船ですよね」

「そうだ。この国の安い人件費で作られた物を、持って帰って高く売るんだろう」

「私の母もそういう物を作ってました」

 少女はかみしめるように言った。少女の母が死んでしまったいうことに、シン・タリは気がついた。

「安いとはいえ、外貨が入ってくる。そうすれば、この国では手に入らないような物も、手にはいるようになる。君のお母さんの仕事はとても大切な仕事だよ」

 少女は少し驚いた顔をした。

「へぇー、興味ない振りして、いろいろ知ってるんですね」

 少女はシン・タリを興味深げに見つめた。シン・タリは内心舌打ちをした。つい同情して、余計なことをしゃべってしまった。

「外国に興味があるのか?」

「うーん、ちょっと違うかな。興味があるって言うか、私ね。この国がいやなの」

「おい、そんなこと言ったら」

 この国では、国家に対する非難はあまりふさわしくないとされており、場合によって処罰の対象となる。この娘はまだいいが、警察に捜査されたらシン・タリはかなりまずいことになる。

「私ね。子供の頃から大人になったら、この国を出て色んな国に行くんだー。て思ってたんです。でも、出れないんですよね。私たち、誰も」

「そうだな」

 シン・タリも一度この国を出ようとした。

「私、カカ・ミって言います」

 少女は言った。

「俺は」

 シン・タリは、今名乗っているドン・ミニという名を教えた。


 それから、二人はここで会うようになった。カカ・ミは学校が終わると、急いで港に来て、休憩中のシン・タリに話しかけた。シン・タリの休憩が終わるとカカ・ミは急いで家に帰った。そんな関係が続いた。


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