第47話、城へ


 裁判所、外

 

 裁判所のドアから出てきた人々は、怒りの声を上げ、悲しみの声を上げ、その開放感に酔いしれていた。ゆっくりと広がるその感情は、徐々に薄れていった。すっきりした。いい気分だ。この気分を持ったまま家に帰ろうかと考えていた。

 カカ・カは一人、一点を凝視していた。東の方角、建物から少し見える、城の屋根、それをじっと見つめていた。人々もそれに気づき習った。目線が集まり始めた。あの城に王がいる。この国の悲しみと怒り、すべての元凶であり責任者でもある王がいる。

 丘の上、この国で一番高い場所、王様がいる大きな城。

「ぬんが!」

 人々は答えた。


 裁判所から生まれ、進むべき道を見つけた人々は、城をめざし歩いた。道すがら、出会う人々にぬんがとうんがの声を浴びせた。その声を浴びた人は、一瞬ぴたりと動きを止めて、しばらくそこに突っ立った。

 思い起こせば四十年前、王の親族に頼まれた家の改装工事。工事が終わり、代金を請求したところ、手のひらを跳ね上げられ無視された。それでも請求すると警察がやってきて、捜査捜査と家の中を荒らされ、ついでに殴られた。男の後頭部が燃えるように熱くなる。

「ぬぬぬぅー、せいきゅぅぅー、ぬぅん、があー!」

 飛び上がり、列へ参加する。


 女は、数年前の夏を思い出していた。暑い暑い夏で、食べ物の値段が高騰した。食べ物を分けてほしいと親戚が家族を連れてやってきた。やせ細り、家も追い出されたそうだ。女は恐怖と嫌悪感を感じ、うちもないんだよと、伸ばしてくる手を押し返し、謝りながら帰ってもらった。ドアに鍵を閉め、台所の床を見た。床下には、春からため込んだ食料があった。女の夫は天気予報士で夏の干ばつを予想していた。何でよりによってうちにくるのよ、まさか、ため込んであることを知っているの? 窓の隙間から外を見た。女は日差しの中、歩いていき、ゆっくりと細くなっていった。あのとき食料を分けていればと思いつつも自分の所為ではないと言い聞かせた。

 その親戚の女に昔あめ玉をもらったことをふと思い出した。私が転んで泣いていたら、ミネ姉さんは頭をなでて、あめ玉をくれた。

「うぅぅう、はあーあー、あめ玉ー、んんんが~」

 泣きながら列に加わった。


 記者


 ぬんがうんがは、広まっていった。人々はその声に誘われ、堅く埋め込んでいた怒りと悲しみの記憶を解き放ち叫んだ。怒りの「ぬんが!」あるいは悲しみの「うんが~」を叫んだ。

 記者のヨン・ピキナはそれらをすべてメモに取る。石畳に落ちる涙、天に突き上げる拳、うんがとぬんがの声が扉を開ける。遠く揺れ動く声に人が集まる。ヨン・ピキナは人々の顔一人一人、その思いすら、すべてを書き写そうと試みた。いくら書いても表しきれない。ヨン・ピキナは文字を圧縮した。一行を一文字に、一ページを一文字に、それでも足らず、一冊が点になる。やがてメモ帳の紙はつきる。ヨン・ピキナは書き続ける。頭の中に。見たもの聞いたもの嗅いだも触れたもの感じたもの、すべてを記憶し、書き、まとめ、記事にした。一分間の出来事、一秒間の出来事、それらは重なりあい、連なった。ヨン・ピキナは意識を広げた。この国のすべてを、この世界のすべてを、この宇宙のすべてを、書き写そうとした。それらすべてを頭の中に書き写すことは不可能だと感じ、どこか別の場所に書き写すことにした。宇宙空間の一角に、広大な空間を見つけ、ヨン・ピキナは、そこにすべてを書き写すことにした。この宇宙のすべてを、過去、現在、未来、すべてを書き写すことにした。ヨン・ピキナの体は消えた。


 刑事

 

 先ほどから電話が鳴っている。たぶん警察署からだろう。コソ・ヒグは外を見ていた。窓をふるわせ遠くの方から声が聞こえる。ぐぬんぐぬんぐぬん、心が呼び寄せられるような音、がんぬがんぬがんぬがんぬ、すべてを忘れ心に従え、ずがんだずがんだずがんだ、行こう叫ぼう泣こう、声が聞こえる。

 電話が鳴っている。

「俺は、いいや」

 コソ・ヒグは外を見続けた。


 道、城の中へ


 城へ至る蛇行した道を人々はのぼっていった。城の門番は、すでにそのことに気づいており、すべての門を堅く閉めた。群衆の数は膨大で、丘の麓まで連なっていた。だが、これが何の集まりなのか城の人間にはよくわからなかった。見たところ武器を持っているわけではなく、歩いてくるだけで、突然拳を振り上げたかと思うと突如顔を覆い涙した。怒っていたり泣いていたり、全員が情緒不安定である。

 先頭集団には上半身裸の男がいた。腹に開いた傷があり、口からは血泡をふいている。聞こえてくる声は、ぬうぬうと意味不明で、彼のせいで、生者ではなく、ゾンビが押し寄せてくるように見えた。

 城門には人が集まりたまり始めた。城門をこじ開けんと、体当たりを繰り返すものもいたが、ステンレス製の門はびくともしない。数人の人間が、城門前の人だまりから離れた。

 手に槍状の棒を持っていた。その三人は、陸軍脱走兵の、シン・タリ、ソ・キ・ハナ、サイ・タタラ、である。彼らは城の抜け道を知っていた。裁判にて、庭師が言った。南の壁の物置の近く、ウサギがあけた人一人通れる穴。それを目指し走った。

 

 抜け穴はふさがっていなかった。三人は潜り込み、城の中に入った。三人は物陰に隠れた。

「ソ・キ・ハナとサイ・タタラは城門を開けてくれ、その後は、ソ・キ・ハナは民衆を連れ、城の中で暴れろ。サイ・タタラは騒ぎを起こしてできるだけたくさんの兵を外へ引きつけろ」

「わかった」

 毛糸の帽子をかぶったソ・キ・ハナがうなずいた。

「シン・タリ、おまえは?」

 サイ・タタラが問うた。

「俺は王様を討つ」

 突撃棒を握りしめた。


 その頃、プフ・ケケンは、城守から奪った裁判官フン・ペグルの胃袋が入ったクーラーボックスを手に、その持ち主を捜していた。どうやら城の方角に行ったようだ。長々と城に至る列ができている。


 城門近くのガラス張りの小屋で城門の開け閉めは行われている。中には三人いた。三人とも騒ぎのある城門を見るか、手元のモニターを見ていた。サイ・タタラとソ・キ・ハナは中に押し入り、二人を突撃棒で打ち気絶させ、残りの一人に突撃棒を突きつけ、城門を開けるように命じた。その男は口を真一文字結び首を振った。

 サイ・タタラが机を調べてみると、数字が書かれたメモ用紙があった。試しにその数字を入力して開閉ボタンを押すと、門が開いた。


 城門が開いて群衆がなだれ込む。それを止めようと、城の警備兵が集まってくる。群衆は怒りの拳で警備兵を殴る。警備兵は、群衆に向かって銃を撃つ。弾に当たり、けがをする者、死ぬ者がでた。それを知り、群衆は悲しんだ。さっきまで共にいた仲間が傷つき、死んだ。「うううううんがぁ~~~」悲しみに悲しんだ。

 警備兵はとまどう、その声を聞き、なんて悪いことをしてしまったんだと反省する者もでてきた。

 もちろんそれで終わらない。仲間を失った怒り、それを群衆は思い出す。立ち上がり拳をあげる。「ぬんがーーーー!」

 警備兵は後ずさる。そこへ現れたソ・キ・ハナが城の警備兵を突撃棒で打ち倒す。群衆は城の中へ。


 サイ・タタラは、探していた。火を見れば、人はそれを消そうとするか、遠目に見る習性がある。火を放ち、騒ぎを起こし城の人間をそこに集めようと考えた。

「おっ」

 城の西、少し離れた場所に、牛舎があった。牛舎には干し草が積まれた倉庫があるはずだ。

「牛か」

 サイ・タタラは頭をかいた。つくづく縁がある。そう思ったからだ。

 牛舎の扉を開け、牛をすべて外に出し、サイ・タタラは、干し草に火をつけた。火は柔らかく燃え広がり、牛舎に燃え移った。

 煙を見たのか、城の警備兵が集まってきた。バケツに水をくみ、火を消そうとしている。

「どれ、もう一騒ぎ」

 サイ・タタラは、逃げまどう牛にまみれ突撃棒をふるった。 

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