第36話、同志、過去

 同志


 ヨン・ピキナは、ツム・ホレンとケリキ・サリルと一緒に行った居酒屋に連れていかれた。客は誰もいず、毛糸の帽子をかぶった店主と、もう一人、ホームレスらしき薄汚いかっこをした男がいた。その店主とホームレスも彼らの仲間らしく、黙って椅子を人数分出した。

「あなたたちは一体何者なんです?」

 ヨン・ピキナは問うた。四人の男たち、ツム・ホレンとケリキ・サリルと毛糸の帽子をかぶった店主、それとホームレス、男達は顔を見合わせた。

「俺たちが何者なのか、一言で説明するのは難しい」

 店主が言った。

「いろいろあったからなー」

 ツム・ホレンは懐かしむような顔をした。

「戦友みたいなものか。一言で言ってしまえば」

 ケリキ・サリルが言った。

「そんな上等なもんじゃないな。たまたまだよ。一緒にいるのは」

 ホームレスの男が言った。

「一応この国を変えようと活動している」

「だが、どう変えようとしているのか、実際の所よくわかっていないし、あまり考えてもいない」

「俺は考えてるぞ」

「俺たちが考え無くても良い仕組みを作ればいいじゃねぇか」

「そうだな、うん、それで良いじゃないのか」

「そんないい加減な考えで今までやってきたのか。シン・タリ、こいつらあほだぞ」

「でも間違えちゃいないだろう」

「間違えてるよ。半分ぐらいあってるけど」

「あんた達一体何者なのだ。何をしようとしているんだ!」

 ヨン・ピキナは声を荒げた。

「俺たちは国を変えようとしている。俺たちが何者なのかという話になると、少し長くなる。初めてあったのはガキの頃だ。とにかくゲロくさかった」

 ツム・ホレン、いや、シン・タリと名乗る男は語り出した。


 過去、訓練所


 軍のトラックが走っていた。中には子供達がいる。ここは軍の訓練施設だ。トラックの中の子供達は、これから、軍の訓練施設で訓練を受ける。

 軍には二種類の人間がいる。兵学校を卒業後、入隊、幹部の道を目指す。あと一つは、食うに困った人間が衣食住を求め軍に入る。トラックに詰め込まれた彼らは後者に当たる。

 一度この訓練施設に入ってしまえば、気ままに出ることはできない。陸軍の特殊武装隊を育てるための施設だ。特殊武装隊は、この国でもっとも実践的な部隊と、皮肉を込めて言われているが、そんなことを子供達は知らない。

 トラックが揺れるたびに、シン・タリは尻が痛くなった。トラックの中は蒸し暑く、狭かった。二十人ぐらいいるだろうか、椅子はない、直に座らされている。道も悪く、所々に大きなくぼみがあるのか、トラックの床が時々跳ね上がった。気分が悪くなって吐く子供もいた。吐いたからと言って、トラックが止められることもなかった。吐いたものが、匂いと共に流れてくる。早く目的地について欲しい。シン・タリは、そればかり願った。

 トラックが、訓練施設に着いたときには夕方になっていた。訓練施設に着くまでに、ほとんどの子供が吐いていた。シン・タリもその一人だった。地面に降り立つと土埃がたった。草一つはえていない。夕日の中、周りを見渡すと、だだっ広い運動場に、施設を取り囲む金網があった。コンクリートに瓦の屋根を付けた頑丈そうな建物が建っていた。

 軍の制服を着た男が、子供達に一列に並ぶように命じた。一列に並ぶとホースで水をかけられた。シン・タリは乱暴だと思いながらも、汚れた衣服や匂いが、少し消え心地よかった。

 その後、服を脱ぎ、シャワールームに連れていかれ、冷たい水を浴び、新しいシャツとズボンを渡され、全員、板張りの広い部屋で毛布にくるまり寝た。食事は無かった。


 太陽の光が広間を照らす寸前にドアが開けられ、全員外に出るように命じられた。眠い目をこすりながら、少年たちは外に出た。額にしわを寄せた、いかめしい顔をした教官が彼らを迎えた。

「全員、そこに」

 あごで指し示した先に少年たちは若干おびえながらも集まった。他にも何人か大人たちがいた。いかめしい顔をした男が一歩前に出た。

「諸君、君らは悲惨な目に遭う。いずれ、ここに来たことを後悔する。だがやめることはできない。君らはここ以外居場所がない。あきらめろ。自己紹介が遅れた。私は、ジョット・ケヌ、階級は二等軍曹だ。よろしく」

 ジョット・ケヌは脇にどいて、他の教官に挨拶を促した。

「ええと、いきなり、かまさなくても、オレ、いや、私は、テンフ・ポホイ、三等軍曹です。みんな、いろいろあってここに来たんだと思います。でも、わるか無いです。オレ、いや、私はここの生活、結構気に入ってます。皆さん一緒にがんばりましょう」

 テンフ・ポホイは手を振りにっこり笑った。それにつられ何人か笑みをこぼした。次の教官が挨拶をした。

「ちょっと、楽観すぎやしないかい、私は、ルト・アタ、三等軍曹です。訓練は厳しいです。ここの生活が良くなるか悪くなるかはあなたたち次第です。つらいときもあるかもしれません。それは、まぁ考え方次第と言うことで、よろしくお願いします」

 他にも数人の教官が挨拶をした。その後食事の時間になった。食事は朝夕二回、ジャガイモをつぶして丸めた団子汁と、固めに炊かれた麦飯、豆乳が一杯。不満を言う子供はいなかった。外にいる頃と比べると、とんでもない豪勢な食事内容だった。

 その後、教官のテンフ・ポポイとルト・アタが、施設の案内をしてくれた。


 宿舎は一部屋五人で利用した。シン・タリ達は東の角部屋、五人が横並びで寝ても十分広い部屋だった。五人は車座になって自己紹介することにした。

「じゃあ、俺から、シン・タリ、よろしく」

 シン・タリの父親は郵便配達をしていた。冬の寒い日に、いつものように出勤し、仕事が終わり帰宅途中に倒れ、そのまま亡くなった。心臓麻痺。シン・タリの父親は高齢だった。帰宅途中ということで、郵便局側が寄り道をしていたなど難癖を付け、結局労災が認められなかった。まだ若かったシン・タリの義理の母親は、再婚相手を見つけ、シン・タリを軍に預けた。別れ際、トラックの荷台に乗り込むシン・タリに、義理の母親は絶対手紙を出すからねと、泣きながら言った。その言葉をシン・タリはこれっぽっちも信じていない。

「僕は、キョ・イシリ、よろしくお願いします」

 キョ・イシリは捨て子だった。比較的裕福な隠居した老人に拾われ育てられた。学問や礼儀作法を老人に教わったため、他の五人にくらべ、どこか垢抜けていた。老人が亡くなり、老人の娘がやってきた。老人の残した遺書には、キョ・イシリを成人するまで面倒を見るようにと書かれていた。老人の娘は迷わず軍に入れることに決めた。軍の施設に入れられるとき、キョ・イシリは老人の娘に深々と頭を下げた。

「俺は、ソ・キ・ハナ。よろしく」

 ソ・キ・ハナの頭には無数の傷があった。ソ・キ・ハナの両親は酒屋を経営していた。ソ・キ・ハナも幼い頃から、そこで働いていた。ある日、酔っぱらった軍人がソ・キ・ハナの頭に酒瓶をぶつけた。頭に大きな傷が残った。一つ傷があるとぶつけたくなるものだろうか、それから、ソ・キ・ハナの頭に、傷が増えるようになった。それでも幼いソ・キ・ハナは一度も泣くことも、弱音を吐くこともなかった。ソ・キ・ハナの両親は「お前の性格は軍隊にあっているかもしれない」そう言って軍に入れた。実際のところ、頭が傷だらけの子供を働かせていると、悪評がたったためだ。

「俺は、サイ・タタラよろしく」

 サイ・タタラは八人いる兄弟の長男だ。両親は農業と酪農を営んでいた。食うには困らぬが、牛の世話や草むしり、幼い兄弟の世話にうんざりしていた。かといって、学校に行けるほど裕福ではない。屈折して何度も家出を繰り返し、親に「わがまましおって、軍に入れるぞ!」と言われ「上等だ! 牛の世話よかましだ! 入ってやらー!」と入ってしまった。

「俺は、プフ・ケケン、よろしく」

 プフ・ケケンの母親は、買い物帰りに暴動に巻き込まれ、軍に殺された。プフ・ケケンの父親は、怒り、軍に抗議した。ぼこぼこに殴られ帰ってきた。父親は、怒りの矛先をどうして良いかわからず、軍人どもめと悩み抜き、好きかってやりやがって、そんなに軍人はえらいのかと、うらやましく思い、プフ・ケケンを軍に入れることに決めた。「踏まれるより踏む方がましに決まっている」プフ・ケケンの父親はそう言ってプフ・ケケンを軍に入れた。父親の八つ当たり的、前向き思考のため、プフ・ケケンは軍に入ることになった。


 全員の自己紹介が終わって、間が開いた。

「どう思う。あの教官」

 サイ・タタラが言った。こういうときは共通の人物の話をすればいい。兄弟の多いサイ・タタラは心得ていた。

「あの一番えらそうなのは、問題だな」

「そうだよ。しわ寄せちゃってさ、諸君、君らは悲惨な目に遭う。いきなりそんなこと言うか? 初日だぜ」

 シン・タリが教官のまねをしながら言った。

「でも、後の二人の教官は感じよかったんじゃないかな」

「うんうん、そうだな」

 会話はほとんど、サイ・タタラとシン・タリとキョ・イシリがしゃっべっていた。プフ・ケケンとソ・キ・ハナはあまりしゃべらず、三人の話を聞いていて、時々サイ・タタラが話を振ったときだけ、短く答えた。いつのまにか、額にしわ寄せた教官のことを苦虫と呼ぶことになった。初日の夜はそんな風にして過ぎた。布団に入って、静かになると、ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえた。

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