第31話、第四回裁判

 裁判


 カカ・ミの葬儀を担当した葬祭司が証人として呼ばれた。

「ええ、確かに、この女性でした」

 葬祭司は第一検事局長が示した写真を見ながら答えた。

「遺体の状況はどうでしたか」

 今度はニコ・テ・パパコが聞いた。ドブゾドンゾの裁判では、反対尋問というものがない。弁護士がいないため、証人に対して両検事が自由に質問をして、証言を引き出すという方針がとられている。行きすぎた質問や事件に関係ない質問などは裁判官が注意することになっている。

「なんていうか、ひどい状況でしたよ。私もこの仕事を長いことやってますが、ああいうご遺体はあまり見たことはありません」

「具体的におっしゃってください」

「はい、五体バラバラでした」

 葬祭司は首を振った。

「確かに、その、バラバラにされていたご遺体はこの女性だったんですね」

「ええ、それは間違いありません」


 カカ・カが証人として呼ばれた。

「なぜ、この裁判を行おうと思ったんです」

 検事のニコテ・パパコが優しく聞いた。

「なぜ妹が殺されたのか、それを誰も説明しようとしなかった」

「その説明を王から聞くために、この裁判を起こしたというわけですね」

「そうだ。妹は城で働いていた。なら、王に聞くのが手っ取り早い。一度も来ていないがな」

 そういいながら、カカ・カは誰もいない被告人席を見た。

「王はお忙しい方です。気軽に来るわけないでしょう」

 第一検事局長があきれたように言った。

「あなたがあった城の使いについてお話を伺いたいのですが。お話してください」

「夜だ。ずた袋を持った男がいた。男は、それを俺に差し出した。中に入っていたのはバラバラになった妹だ。それから、鶏肉を落としてこうなった。と言った。意味がわからんから何度も聞いたが、後はろくに答えくれなかった」

「その、城の使いの顔は見ましたか」

「いや、帽子を目深にかぶっていた」

「服装は」

「あまり覚えていない。帽子をかぶっていたことと、あとは、青っぽかったような気がする」

「この男ではありませんでしたか」

 ニコテ・パパコはパン見習い職人のフウ・グの顔写真を出した。

「たぶん違うとは思う、そんなに若くなかったはずだ」

「しかし、暗かったのでは」

 第一検事局長が言った。

「ああ、顔はわからない。ただ、声の感じとか全体の印象がそんな若い男ではない、そう感じた」

「では、いくつぐらいの男でしたか」

「そういわれても、はっきりとは」

 カカ・カは口ごもった。

「わかないということですね。違うのかどうかも」

 ニコテ・パパコが言った。

「一体何を言いたいんだ。暗かったし、そんなじっくりと観察できる状況ではなかった。俺の妹が死んだんだぞ。のんきに男の年を尋ねる余裕があると思うか」

「君、それをわからないというんだよ」

 第一検事局長が言った。


「ええ、そういえば、相談されたことがあります」

 メイドのツケ・タグンが言った。第一検事局長が呼んだ証人で、亡くなったメイド、カカ・ミの親友だったそうだ。

「何をですか」

 第一検事局長が聞いた。

「男の方につきまとわれているって言ってました」

「それは、誰です」

「確か、パン職人の方だとか聞きましたけど」

「顔を見たことはありますか」

「いえ、ありません」

「この写真の男に見覚えは?」

 第一検事局長が、見習いパン職人のフウ・グの写真を見せた。

「いえ、ありません」

「ありがとうございます」

 裁判はテンポ良く進む。続いての証人は、城の警備兵だ。

「十二時三十分頃です」

 城の警備兵が、証言台に立った。

「ずいぶんと、正確な時間を覚えているもんですね」

「ええ、巡回の時間ですから、間違いありません」

「その時刻に何を見たんですか」

「ええ、と、人です。ベランダの柵越しから、人の顔が見えたんです。ずいぶん背の高い人だなと思いました」

「ベランダの窓の中に見えたんですね」

「はい」

「誰かいました?」

「いえ、その人以外誰も」

「顔は覚えていますか?」

「はい」

「この方ですか?」

 ニコ・テ・パパコがフウ・グの写真を見せた。

「顔まではちょっと、さすがに見えません」

「ありがとうございます」


 城の門番が呼ばれた。

「城門の警備状況について教えてもらえますか」

「城には三つの正門と二つの裏門があります。どの門に関しても二名以上の警備員が常置しており、入出の管理は徹底しております。通常は東の正門が主として使われており、残りの西の門と南の門は国の重要人物が城から出る場合に警備上の理由から開かれることになります。私は東の正門の警備を任されており、勤続十五年休むこと無く、王様にたいして、国にたいして忠誠を尽くし、鮫の尾のごとく、働いて参りました。私がなぜこのような場に呼び出さなければいけないのか。理解できません」

 門番は目を潤ませ顔を紅潮させながら言った。

「いや、あなたを責めてるわけじゃないんで、普通にしてください。主に使われているのが、東の正門で、通常西の南の門は使われていないと言うことですね」

「はい、その通りです。門は最新の警備システムを導入しており、我々の許可無く何人たりとも開けることはできません」

「そうですか。では、北にある二つの裏門は、どうなってるのでしょうか」

「こちらの警備もぬかりなくおこなわれております。常に二名以上の門番が出入りのチェックと身体検査や身分の確認、場合によっては身辺調査をおこなうこともあります」

「なるほど、厳しい警備をおこなっているというわけですね」

「はい、その通りです」

「二つの裏門は何に使われているのでしょうか」

「城の従業員が使っています。ゴミの搬出や食料品の搬入などに使われております」

「では、その裏門は、パン職人も利用することがあると言うことですか」

「はい、小麦粉や砂糖や塩、その他の道具を調達するために何度か利用しています。先月は七回利用しています」

「利用回数まで、そんなことまで覚えているとは、なかなか仕事熱心ですな」

「ありがとうございます」

「では、この写真の男、名はフウ・グというのですが、裏門を使ったことがありますか」

 第一検事局長はフウ・グの写真を門番に見せた。

「いえ、ありません」

「確かですか」

「はい、ありません」

「夜間に関してはどうでしょう。裏門の出入りは可能ですか」

「いえ、夜間に関しては原則すべての門の開放を禁止しております」

「では、夜間に門から出ることは出来ないと」

「はい、よほどの緊急事態でなければ」

「何らかの緊急事態があったとして、夜間の開門の許可は誰が判断するのですか」

「私です」

「今までその判断をしたことは」

「一、二度、夜間に病人が発生したと、町の病院に連れて行くために開けたことがあります。それがなにか、それが私の手違いでしょうか。病人といえども外に出すな治療するなとおっしゃりたいんですか」

「いえいえ、問題ないですよ。そう熱くならず。ここ三ヶ月間でそのようなことはありましたか」

「いいえ、ありません」

「では、夜間に関しては城の外には出れず、昼間、城の外にでるためには、かならず、何らかの記録が残ると言うことでよろしいですね」

「その通りです」

「では、門以外はどうでしょう」

「門以外というと」

「門以外です。門以外に城の外に出る方法はないのですか」

「私は、門番です。門以外のことは知りません」

「そうですか。例えば、城壁をロープか何かで乗り越えるとか」

「城壁にはセンサーがつけられておりますので、何かあれば、すぐに警備のものが駆けつけます」

「そうですか。門以外に出る方法はないと言うことのようですね」

「私は門番ですから、その、門以外というと、わかりかねますが、私の管轄外と言うことになりますよね。その、門以外の警備に関して私は管轄外なので、断言できません」

 なにやら奥歯に物が挟まったような言い方を門番はした。


 記者のヨン・ピキナは首をかしげた。検察側が何を証明したいのかよくわからなかった。もし、パン見習い職人が犯人だと仮定したとして、城の外には容易に出ることが出来ないことを検察が証明して、いったい何の得があるのだ。逆に犯人ではないという証明にならないだろうか。


 続いて呼ばれたのは城の庭職人。城の植木の世話から掃除まで約六十年にわたっておこなってきた老人である。

「百年ぐらい前だな、あー、わしは、生まれてなかったから、わしの祖父が庭師をやってたな。当時は割と四角いのがはやってて、なんていうか、遊び心というものが足りないと思うね。ふざけてるわけじゃないよ、遊び心とおふざけはまた違うもんで、よくよく見るとなるほどね程度の、遊びがね、庭には必要なんだよ。おふざけは、それ単体でおふざけだからね。庭というものは、どこまでが庭なのか、そこから見える風景、見る人がどこにいるのか、窓から見たら、窓から見える範囲を庭、正面の門に立てば、また違う庭、それぞれ、だと思うんだね。そこで遊びは必要になってくるんだね。おふざけはよろしくない。遊びは大事だけどね。祖父の時代は、城を中心に左右対称の庭にしてたわけだよ。ひたすら直角に、開放感のようなものを表現したんだよ。遠くまで広く、もちろん、城を中心とする広がりをだね。ただ、それは庭を庭としてしか考えてないんだよ。もっと広く、調和が必要なんだよ。もちろん、左右対称性というのも大切だと思うよ。あんまり、左右バラバラだと変だから、左右対称にしながら、上部を少しカットしたり、ツル性の植物で少し汚してみたり、庭石も安易に置くのではなく、太陽の動きで石と地面との関係性が変わるようにして、水の流れは単純に見た目の美しさだけでなく、奥行きを感じさせるような音の流れを考えてだね」

「すいません。城壁の話です」

「うん、そう、百年ぐらい前だね。わしの祖父が庭師をやっていた頃だね。その頃は、四角いものが、あー、この話はさっきしたね。わかってるよ。えーと、ウサギを飼おうと言うことになったんだ。食用にね。外国産の、でかい奴だよ。生きた奴を数匹輸入して、庭の一角に小屋を造って育てていたそうなんだが、何匹か脱走してね。それで、庭に勝手に住み着いてね。駆除しようと思ったそうだが、当時の王女様が、名前は忘れたけど、なんていったかなー。じいさんが靴べらもらったっけ」

「名前はいいです。続きをどうぞ」

「ま、とにかく、かわいそうだから駆除するなって、言われたそうでね。王女様の命令だから仕方ないって、それでそのままにしていたんだが、えらいことになってね。外国産の図太い奴だがら、どんどん増えちゃったんだよ。これはさすがにまずいって事で駆除したそうなんだが、手遅れでね。城の中から外まで、巣穴だらけにしちゃったんだよ。城の中は何とかなったんだ。がんばって、駆除したんだ、じいさんが。城の中の巣は何とかなったけど、城の外の丘に巣穴作って、わんさかわんさか定住しちゃってね。いるよいっぱい、いまでもよ」

「それで、その巣穴が、城の壁にできちゃったんですよね」

 ニコ・テ・パパコが話をうながした。

「そう、執念だね。城の壁の下の方、ウサギが歯かなんかでかじって、岩の下の土を削って穴を開けちゃったんだよ」

 庭師は腕を組みながらうなずいた。

「その穴の大きさは」

「人一人通れる。普段は植木で隠してるよ。直すように言ってるんだけどね。なかなか予算を出してくれなくて、そのままだよ。そのうち、じいさんが昔追い出したウサギが、また城の中で繁殖するかもしれないというのにさ、城じゅう穴だらけになっちゃうよ」

「その穴の場所を教えてください」

「南の壁の、物置の倉庫の近くだね」

「そのことを知っている人はいますか」

「そりゃ当たり前だよ。直すようにわしが何度も言ってるんだから、知ってるよ。なんとかならんかね、裁判官さんの方からも言ってくれよ。経理の方にさ」

「つまり、その南の壁に空いた穴を使えば、誰に気づかれず、夜に城の外に出て朝までに帰ってくることが出来ると言うことです」

 ニコ・テ・パパコは言った。

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