第30話、第四回目の裁判が始まる

 巷


 ふとした瞬間、漏れた。人々の何気ない日常、朝の朝食、通勤のバスの中、たまの休み、ふとした瞬間、それが漏れた。もっと、こんなはずじゃ、どうすれば、国は、どうして、あいつが……。


 裁判


 ドブゾドンゾの弁護士のいない裁判制度は、結審までの期間は短い。長くても三回、平均しても二回程度で、裁判は終わる。今回の裁判は比較的長い方だ。今日、四回目の裁判が行わる。その後、裁判官の協議が行われ、五回目の裁判で判決が下るだろう。おそらく裁判官達は、この裁判の判決文を書くため四苦八苦することになる。


 なんだかんだいって、わりと普通に終わるかもしれない。裁判官のフン・ペグルは控え室でそう思った。右副判事のコト・ト・ピキョと左副判事のヌコタ・リは、控え室にはまだ来ていない。

 一回目は、王に強制召喚状を出せともめた。二回目は逆訴訟になったが、それだって、ままあることだ。三回目は普通だった。王を訴訟している裁判だからといって、特別気にすることはなかったのだ。いつも通りの平常心でこなせば、なんの問題もなく終わる。残るは判決だが、それだって今までの経験に照らし合わせれば何とかなるはずだ。そもそも告訴人の言い分には無理がある。なんの証拠もないじゃないか。もちろん、かわいそうだと思うが、だからといって、いきなり裁判に持ち込み王を訴えるなんて、ずいぶん無謀じゃないか。王に対して判決をくだすなんて、私には荷が重すぎる。フン・ペグルはそう思った。


 記者


 第三回目の裁判あたりから、新聞記事に、この裁判の記事が載るようになった。どこも漠然と裁判の経緯を伝え、告訴人のカカ・カ氏を暗に非難していた。ヨン・ピキナの所属する国民見当新聞でも、他社と同じような記事が載っている。書いたのはもちろんヨン・ピキナである。傍聴席はすでに満席であった。新聞記者と、興味本位の連中、おそらく国の情報機関の連中も紛れ込んでいるだろう。町の中でも、この裁判の話が流れていた。裁判の内容や事件の概要まで、かなりの部分正確に伝わっていたので、新聞より正確ではないかと驚いた。まさかと思うが、誰かが意図的に裁判の話を流しているのではないだろうか。ヨン・ピキナは、ふとそう思った。あの二人、裁判の話を根掘り葉掘り聞いてきたとツム・ホレンの顔を思い浮かべた。まさかあの二人が、ヨン・ピキナが話した内容を、辺り構わずしゃべっているのではないだろうか。一応口止めはしておいたのだが、少し不安になった。傍聴席をもう一度見てみた。あの二人はいない。そんなに裁判に興味があるのなら、傍聴しに来ればいいのに、なぜいないのだろうか。疑問に思った。


 検事


 検事のニコ・テ・パパコは内心ほくそ笑んでいた。三日前第一検事局長と、食事会を行った。山海の珍味に舌鼓をうちながら、そこで、政府筋の人間から、法曹界の重鎮、貿易会社の社長など、王族関係の人脈を紹介された。いやいやどうもと、有頂天で酒を飲んだ。

「いやいやどうも腑におちませんなこの事件」「そうですね。何かまだあるのでは」「ふんふん、あなたもそう思いますか?」「ええ、何かにだまされているのかも」「ほうほう、それは大変だ」「少しばかり視点を変えればどうでしょう」「変わりすぎてもいけませんね」「それもそうです。その通り」「別に犯人がいるのでは」「それは大変、どうしよう」「変えましょう」「何をですかな」「考え方を」「どのように」「どちらにとってもいいように」「それはよろしい大変結構」「できますかな」「証拠はそろっていますから」「証人はこちらで」「では後はつなげれば」「それはよろしい結構な」「まあまあ、楽しく、飲みましょう」すっかりまとまっている。


 右と左


 右副判事コト・ト・ピキョと左副判事のヌコタ・リは裁判所の食堂で二人お茶を飲んでいた。

「あの、この裁判大丈夫ですよね」

 ヌコタ・リが不安そうな顔をしながら、老齢の判事コト・ト・ピキョに聞いた。

「心配かね」

「ええ、こんな、その、事件なんて」

 ヌコタ・リは沈んだような声を出した。

「そうだね。まだ若い君には、この裁判の荷は重いだろうね。判決をくだす人間も、ただ判決をくだせばいいというものではないからね。人に人が判決をくだすというのは、なかなか、難しいものだよ。一緒にその罪を背負っていくぐらいの覚悟が必要だよ。貫禄というのかね、自分で言うのも少し恥ずかしいが、そういうのもいるからね。君はまだ若いから、その辺の、貫禄がちと足らないかもしれないね」

「ええ、それもあるんですが、その不安なんですよ」

「なにがかね。言ってご覧なさい。私は無駄に年だけはとってるから、何でも言いなさい。若い者の話を聞くのも年寄りの仕事だ。是非聞かせてくれ」

「あ、ありがとうございます。その、判決をくださなければいけないじゃないですか」

「うん、当然だね」

「その、後のことなんですよ」

「ふんふん、どんどん話しなさい」

「ぶっちゃけ裁判の結果なんて、王の無罪に決まってます。でも、ほら、万が一って言うか、多数決で負けちゃうこともあるでしょ。僕はもうほらぶっちゃけ、無罪判決出す気です。でもお二人が、有罪判決出したら、二対一で、王様が有罪でしょ。とばっちりで三人まとめてって、責任とらされるなんてことあるかもしれないじゃないですか。どうなんです? コト・ト・ピキョ判事はどうなんですか?」

 老齢の判事は不思議そうな顔をした。

「どうなんだって、なにがかね? まさか君、裁判が終わる前に結論を出す気なのかい? 私に裁判の行程をすべて無視して、判決を出せ教えろと言っているのかい? それは君まずいよ。まずいまずい。言っていい事じゃないよ」

「そ、そんな、何でも言えって言ったじゃないですか」

 ヌコタ・リはうろたえた。

「何を言ってるんだい君、氷の中にスープを通す、ていうだろ。どう考えたって、君、プロの裁判官が言うことじゃないだろう」

「急にそんなこと言われても」

「まぁ、君の懸念もわからなくはないよ。火鉢流ればこれ追わん。袖の無い服で鼻を拭きたくない気持ちはわかるが、さっきの君の話、私は補聴器をつけていなかったことにしよう」

 コト・ト・ピキョは自分の耳の補聴器を指さした。

「あ、ありがとうございます」

「いいかい、我々裁判官は、嫌でも裁判の判決をくださなければならない。当然関わり合いになりたくない事案も出てくるだろう。それでも我々裁判官は、最後の最後まで裁判に関わり、最後の瞬間まで悩み結論を出さなければならない。それが、法の番人たる我々裁判官の仕事であり責務だ。証拠品を冷徹に見つめ、証人の声に耳を傾け、見たものを見なかったことにし、聞いたことを聞かなかったことにする。私はそれを、この眼鏡と補聴器でおこなっているのだよ」

 コト・ト・ピキョは胸を張った。

「どういうことなんです?」

 ヌコタ・リは困惑した。

 裁判が始まる。

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