第32話、第四回裁判、刑事の証言


 次の証人はコソ・ヒグだった。手提げ袋を一つもち、疲れた顔をしている。

「第一級刑事、強盗および殺人課のコソ・ヒグです」

「今現在どのような事件を担当しているのですか」

「城内で起きた、見習いパン職人、フウ・グの縊死事件を捜査しています」


 新聞記者のヨン・ピキナはメモを止めた。これは完全な出来レースだ。検事二人もぐるだし、証人もぐるだ。カカ・ミ嬢につきまとっていた男の話をして、城の抜け穴を示唆し、最後に刑事が真犯人を指摘する。一人の人間、自殺したパン職人にすべての罪を押しつけ裁判の幕を閉めようとしているのだ。

「変わらないのか」

 ヨン・ピキナは胸の奥でつぶやいた。


 刑事のコソ・ヒグは事件のあらましをざっと説明した。フウ・グの死亡推定時刻、死因、自殺したような動機が見あたらないこと、血のついた肉切り包丁を見つけたこと、淡々と伝えた。

「あなたの見解としては、亡くなられたパン見習い職人の男は、自殺だったのでしょうか」

 ニコテ・パパコが聞いた。

「いいえ、違います」

 裁判所がざわついた。

「なぜ、そんなことが言えるんだ」

 第一検事局長が驚いた声を出した。

「自殺の動機がありません」

「動機なら、あるじゃないか」

「というと」

「メイドのカカ・ミを殺したじゃないか。そのパン職人が殺して、にっちもさっちもいかなくなって自殺したんだろ」

 第一検事局長が圧力をかけるようにねめつけた。

「メイドのカカ・ミ嬢を殺したのは、フウ・グくんではありません」

「では、あの包丁は、あの包丁はなんなのだ! 指紋が、パン職人の指紋がついている。あれこそ、パン職人が忌まわしき殺人犯であるという証ではないか!」

「死んでから握らせればいいでしょ。犯行に使った包丁の柄を握らせたんです。柄の上に指紋が乗っかっていただけです。そもそも、彼は自殺などしておりません」


 ヨン・ピキナは息をのんだ。この刑事は反抗している。違うぞ。この刑事は違うぞ。裁判所にいる人間すべてが、そのことに気がつき始めた。


「ほう、あれが自殺でないと、あなたは刑事になって何年になるんだ」

 第一検事局長がいった。

「五年になりますかね」

「裁判長証拠品四十二のDの五をご覧じろ。状況、解剖所見、すべて、自殺をしめしているのでは」

 三人の裁判官は手元の資料を見つめた。

「私の調べでは違います。まず、フウ・グくんがぶらさがっていたカーテンレールは事前に一つだけ、変えられていました。家具屋の話によると、壊れたから丈夫な物に変えてほしいと城の方から電話があったそうです」

「それは、たまたまかもしれんじゃないか」

 第一検事局長が言った。

「ええ、そうですね。様々な可能性があります。フウ・グ君が首をつるために丈夫なカーテンレールを頼み首をつった。あるいは、フウ・グ君が、丈夫なカーテンレールがある部屋を探し、首をつった。いろいろな可能性があります」


 自殺に見せかけ殺すために、カーテンレールを取り替えたという可能性もあるということになる。ヨン・ピキナは、そうメモを取った。


「なら、死体の傷はどうだ。もしあなたのいうとおり、自殺ではないとしたら、何者かが見習い職人の首を締め、つるしたということになる。もし何者かが首をロープで絞めたなら、首筋にこう、ひっかき傷が残るのではないか、こう」

 そういいながら、第一検事局長は首をかきむしる仕草をした。

「私もその点に関して、疑問に思っていました。犯人はおそらく二人、もしくは、それ以上、一人が、フウ・グ君をベランダまでおびき寄せ、もう一人が背後から近づきフウ・グ君の首にロープをかけつるした」

「だが、そのやり方なら、首筋に傷が残るはずだ。さっきもいったがロープをはずそうと首をかきむしるはずだ。あきれるね」

 第一検事局長は鼻を鳴らした。

「そうならないために、もう一人がいます。もう一人はベランダ側にいて、フウ・グ君の手を押さえ、ロープを外させないよう首をかきむしらないようにしていたんです」


 それで二人か、でもそれだと、首に傷が残らなくても手に残るのではないだろうか。ヨン・ピキナは思った。


「そんな無茶苦茶な、そんなことしたら手に傷が残るだろうに」

 第一検事局長は薄ら笑いを浮かべた。


 検事のニコテ・パパコは考え込んでいた。この刑事はそんなこと、わかっているはずだ。何らかの方法で、傷を残さず自殺に見せかける方法があるのだろうか。だとするとやっかいなことになる。


「ミトンを着けていたんですよ。こいつをね」

 コソ・ヒグは、紙袋から所々焦げた白い二つのミトンを取り出した。手首の辺りまで覆う手袋型のミトンだ。

「なんでそんなものを、いくらパン職人でも、始終ミトンを手に着けてるわけ無いだろうに」

「犯人は、フウ・グ君に部屋にパンを持ってくるよう電話で頼んだんです。城にいる人間は誰でも無料でパンを食べることが出来ますからね。そこで、犯人はパンを型ごと持ってくるよう頼んだ。できたての食パンの型はとても熱いです。当然ながら、持って行くためにはミトンがいる。犯人は、パンを持って来たフウ・グ君をパンを持ってきてくれとベランダに誘導し、カーテンレールの真下に彼が来たところで、パンの型を持った彼の手首をミトン越しに抑える。部屋にいるもう一人の犯人がフウ・グ君の首にロープをかけ、吊す」

 刑事がロープを下に引っ張るふりをした。

「その際、パンを型ごと持っているミトンをはめたフウ・グ君の両手、それをミトンの上からつかんでいるので、フウ・グ君がいくら暴れても首筋に傷が出来ないし、ミトン越しなら、うまく掴めばフウ・グ君の手にも傷が出来ない。後は待つだけです」


 ヨン・ピキナはメモに図を書き想像してみた。できたて熱々の食パンを型ごと持って来た少年。手にはミトンをはめている。案内されるまま、ベランダにパンを持って行く。テーブルには皿がおいてあって、外で食べたいから持ってきてくれ。と男は言う。少年がベランダのドアを抜け足を一歩ベランダに踏み入れた瞬間、ベランダ側にいた人間が、少年の手をミトンの上から押さえ、動けなくする。もう一人の人間が、背後から少年の首にロープをかけ、カーテンレールに吊す。首が絞まり、それをはずそうとするが、手はミトン越しに捕まれていて動かせない。どうして殺されるのかもわからず、少年は何の抵抗も出来ず殺されたのだ。

 なんて残酷なことを、ただ殺すだけではなく、殺人犯の汚名を着せ、自殺に見せかけ殺すなんて、この裁判のために城がおこなった悪事を押しつけるために、殺すなんて、そんなことをして良いわけがない。だがこの国ではそういうこともあるのだ。そういうことを許してきたのだ。ヨン・ピキナ自身も、それを許してきた。ヨン・ピキナは深く恥じ入った。


「それができるからといって、それが行われたとは限らないのでは」

 検事のニコテ・パパコは冷静な声で言った。ざわついた法廷が静まった。

「その通りだ。あんたのいってることは、まるで根拠がない。全部想像じゃないか!」

 第一検事局長が言った。

「確かに、ですが、なにもないところから、そんなことを思いついたわけではありません」

 刑事は、首をつるにしては椅子の位置が若干遠いこと、首をつった反動でガラスに傷がつく可能性、オーブンの部屋に型に入った食パンとミトンが残されていたこと、だがどれも、決定的な証拠だとは言えなかった。

「そうですね。そういう、可能性を思いつける。それだけのことですね」

 ニコテ・パパコは言った。

「では、あなた方の考えはどうですか。それも、そういう可能性があるというだけなのでは、フウ・グくんがメイドを殺し、自殺した。確たる証拠が乏しいように思えますがね」

 コソ・ヒグは言った。

「それは裁判を通じて証明していけばいいことですよ」

 ニコテ・パパコは早めにこの刑事を帰そうとした。

「そうだ。明白だ。多数の証言もある。殺人の動機も十分、痴情のもつれで、刺し殺した。それが事実だ」

 第一検事局長は言った。

「刺し殺した。包丁でですか」

 コソ・ヒグは目を細めた。

「ああ、他に何がある。ああ、いや、死体がないから何とも言えないが、首を絞めらたような跡もなかったようだし、頭を殴られたような跡もなかったんだろ。なら包丁による出血死の可能性が高いんじゃないか。それから解体し、そうだ。メッセージだ。自らが罪を犯したというメッセージを込め包丁を握り、指紋を残したのだ」

 刑事は感情を押し込め一度下を向いた。

「メイドのカカ・ミ嬢は、包丁で刺し殺されたのではありませんよ」

「じゃあ、どうやって殺された」

 第一検事局長は言った。

 ニコテ・パパコはなにやら嫌な予感がした。

「カカ・ミ嬢の死因は毒物による中毒死です」


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