第27話、解剖

 解剖

  

「つなぎ合わせてみたんだが、ちょっと足りないんだよな」

 刑事のコソ・ヒグは、医者のチカ・タクソの元にいた。カカ・ミの遺体を身元不明のバラバラ死体として、解剖に出した。その解剖の結果が出たと知らせを受け、慌てて駆けつけた。

「何が足りないんです」

 ステンレス製の台の上には、解凍されたカカ・ミの遺体が人の形に整えられていた。一見したところ、欠けている部位はない。

「ここだ」

 チカ・タクソは、カカ・ミの左太ももに手をやり、コソ・ヒグに内太ももを見せた。

「左内太ももの肉が、十五センチほど切り取られている」

「本当ですね。なんででしょうか。包丁ですか?」

 コソ・ヒグは、フウ・グの部屋にあった肉切り包丁を思い出した。

「おそらく、包丁だろうね。刃物を使い慣れた人間の手によるものだろう。断面がきれいだ。死後つけられたものだな」

「バラバラにされたのも、死後ですか?」

「うん? もちろんそうだよ。生きたまま、バラバラにされるような、事件なのかい?」

「いえ、まだ何もわかりません。それで、切断されたのは死後何時間ぐらいでしょうか?」

「あまり時間はたってない。死後一時間以内ってところだな」

「なぜ、内太ももの肉を切り取ったんでしょうか?」

「それを私に聞かれてもね。しかしね。何度かこういう遺体を見たことがあるんだ」

「どういう遺体だったんです」

「食用にされたものだ」

「食用!」

「柔らかい部分だ。過去に何度か、食うに困った人が遺体を切り取ったことがあった。親が子供に食べさせるケースが多いな。もぐらの肉だとか言ってな。鳥や豚じゃだめなんだ。味でわかるからな、基本的に人が食わないような肉でごまかすんだ。子供はうれしそうに食うそうだよ。この大きさならソテーにちょうどいい」

 ソテー、まさか、落とした鶏肉の代わりに王が食べたなんてことはあるまい。無いとは言えないが。

「バラバラにされた後、うち太ももの肉を切り取られたんですか?」

「いや、違う。内太ももの肉をそいでから、バラバラにされている」

 内太ももの肉を取ることが優先であったと言うことか。 

「死因はなんですか?」

「毒物による中毒死だ。胃の中から青酸系の薬物が検出された」 

「毒物ですか」

 ちょっと予想外だった。バラバラにされているから、刃物で殺されたとコソ・ヒグは思っていた。毒物で殺され、刃物でバラバラにされた。どちらにしろ悲惨だ。

「胃の中に溶けたゼラチンが残っていた。カプセルの中に青酸を入れて飲んだのだろう」

「飲んだということは、被害者は自分で飲んだということですか?」

「胃の内容物はほとんど無い。水を飲んだ形跡もない。この遺体は、青酸の入ったカプセルを水も飲まずにそのまま、飲み込んだということだ。もし他人が飲ませようと思ったら、飲み物か食べ物に粉末状の青酸を混ぜ込んで、飲ませるだろう。無理矢理飲ませるにしても、カプセルだけ口に押し込んでも、普通は飲み込まない。遺体に抵抗した跡もない」

「自殺ということですか」

 ならなぜ、バラバラにした。自殺として処理すればいい。いったい何だって城はこんなことをしたのだ。

「それはわからない。そういう可能性があるということだ。君、本当に身元不明の遺体なのかい。何か知っているようだが」

 チカ・タクソはコソ・ヒグに疑いのまなざしを向けた。

「身元不明の遺体ということにしておいてください」

「そうか、知らない方が良いこともあるからな。解剖だけにしておくよ。だが、これだけは覚えておいた方がいい。この遺体の切り刻み方には、全く迷いがない。よほどの異常者か、よほど手慣れているか、もしくは」

「もしくは?」

「その両方かだ」

 チカ・タクソは死因究明書をコソ・ヒグに渡し、背を向けた。


 自殺した人間をわざわざばらして実家に送り届ける人間なんて考えにくい。しかも内太ももを一部切り取った。やはり何らかの目的で毒殺されたと考えるべきなのだろうか。いつ、どこで、毒を飲んだのか、特定するのは難しい。場所は城の中、それはわかっているが、死んでいること自体当初は否定したような連中だ。城のどこかなんて教えてくれるとは思えない。動機でもわかれば、捜査のしようがあるが、カカ・ミが殺された理由が全くわからない。

 なぜ毒なのだろうか? 毒殺した遺体なら、単純に服毒自殺で片付けることができる。いや、城の中なら病死でも片がつく。そもそも毒で殺して、後でバラバラにする理由がない。自殺したとしても、ばらばらにする理由が無い。内太ももの肉を切り取っていたのもおかしい。解せない。

「まさか」

 内太ももの肉を、取るために殺した。それ以外は必要なかった。バラバラにしたのは運搬上の問題、もしくは、切り取った肉をごまかすため。

「いくら何でもな」

 コソ・ヒグはその考えを即座に打ち消した。そんなことが事実なら、この国の王は完全に狂っている。

 だが、それを隠すために、すべての事件が起こったとしたら。城守は王を守るために存在している。王が狂っているとしたら、それを隠すため、今回の事件が起こったとしたら、狂った王が、メイドの肉を切り取り、残った遺体をバラバラにして家族の元へ届ける。ありえない。その事実を隠すために、城は、フウ・グを自殺に見せかけ殺した。そんなことはありえない。絶対にあり得ない。

 しかし、いくら否定しても、その考えを、コソ・ヒグの頭の中から追い出すことはできなかった。

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