第19話、刑事

 刑事


 警察の人員不足のため、相変わらずコソ・ヒグは一人で捜査していた。コソ・ヒグ自身、パン見習い職人の縊死事件以外の事件も多数抱えているため、捜査の進展は、ほとんどなかった。久しぶりに時間を作って、城に訪れてみると、思いもよらぬ進展が待っていた。

「ええ、急に、いなくなったのでどうしたのかなぁ、と思っていたんです。病欠だって聞いていたんですけど」

 小首をかしげメイドが答えた。おかしい。一体どういう事だ。つい先日聞いたとき、このメイドは、カカ・ミについて一切答えてくれなかった。それがなぜか、知り合いだったと言い、欠席理由までしゃべっている。コソ・ヒグは、別世界にでも来てしまったのかと、軽い恐怖を感じた。

「殺されたとは聞いていなかったんですか」

「はい、この間、聞いたときはびっくりしました。まさか、あのこが亡くなっているなんて……」

 メイドは、目を伏せ、悲しそうな顔をした。この間来たときは同じことを言っても、何の表情もなかった。今は、思わず、ぎゅっと抱きしめたくなるような、そんな顔をしている。

「本当に知り合いだったんですか」

「はい、一緒に仕事をしていました。とても仕事熱心な方でした」

「このあいだは、なぜ話してくれなかったんです。あなたは、カカ・ミさんのことを、知らない振りをしていたじゃないですか」

「ええ、申し訳ありません」

 メイドは深々と頭を下げた。

「理由を言ってください」

「外部の人間に、城のことを話してはいけないことになっているのです」

「それが、今日、なぜ、急に話し出したんです」

「それは……」

「誰かの許可が出た。と言うことですな」

 コソ・ヒグは、メイドをにらみつけた。

「いえ、みんなで決めたことです」

 あきれた。みんなで決めたことだと。だとすると、どのメイドに聞いても同じような答えが返ってくるということか。

「では、フウ・グという、パン職人の見習いについてお話願いますか」

「知りません」

 メイドは答えた。明日になったら、違う答えが出てくるかもしれないな。コソ・ヒグはそう思った。

 他のメイドに聞いても、仕事熱心だったことと、病欠だと聞いていたこと、殺されたことは、刑事に聞くまで知らなかったと同じような答えが返ってきた。病欠の件に関して、メイド長に聞くと、突然行方不明になったので、とりあえず、病欠扱いにしておいたそうだ。

 コソ・ヒグは怒りを覚えた。彼女たち、メイドからしたら、仲間が殺されたのに、誰一人として真実を話そうとしない。それどころか平気で嘘をつく、何とも思わないのか、人ごとではないはずだ。それなのに誰一人、待てよ。誰もが真実を話そうとしないのに、なぜパン職人の親方は、積極的に話してくれるのだろうか。


「そいつは、城守の仕業ですね」

 親方が言った。オーブンのある部屋だ。相変わらず良い匂いがする部屋で、コソ・ヒグは親方に、メイド達がなぜ、真実を話さないのか、聞いてみた。

「城守? なんですそれ」

「城の情報機関ですよ。あいつら、こそこそしやがって」

 親方は怒りをあらわにした。

「情報機関」

 コソ・ヒグは失念していた。王を守る砦である城に、情報機関が無いはずがない。そこまで考えてはいなかった。そこまで組織的なものではなく、城自体の隠蔽体質から来るものだと思っていた。情報機関が関わっているなら、メイドの態度が理解できる。こいつは、やばいことになっている。

「その、情報機関は具体的に言うと何をしているんです」

「実際のところ、よくわからんのですが、城と王を守るため、いろいろとしている機関だそうです」

 何をやっているのかわかないものほど怖いものはない。コソ・ヒグは長年の経験から知っていた。

「なぜ、親方はそんな話を私にしてくれるんですか。他の人間は誰も、正直に話してくれませんでしたよ」

「奴らのことなんて知ったこっちゃないですよ。うまいパンってのは、正直じゃないと作れません。分量一つ水加減一つでパンの味は変わっちまいますからな。嘘やごまかしは通用しません。昔はあいつらとごたごたありましたけど、一切、無視してやりましたよ。それ以来何も言ってこなくなりました」

 親方はにやりと笑った。パン職人だからそれですむのだ。要職にある人間との接点が一切無い。だから許される。親方はそれに気づいていない。この国で情報機関に目を付けられるということは、棺桶に片足をつっこんでいるのと大差ない。情報機関に逮捕権はない。つまり、捕まるときは逮捕ではないと言うことだ。

 自分はどうなる。自殺したと思われている見習いパン職人の捜査に来て、殺されたメイドのことも探っている。やっかいだ。しかも、見習いパン職人が、殺されたメイドの犯人に仕立て上げるため、自殺に見せかけ殺されたと疑っている。まずい。確実に目を付けられている。そういえば、この間、城の客室で居眠りしていたとき、執事が俺を呼びに来た。なぜ俺が寝ている場所がわかったのだ。コソ・ヒグは辺りを見渡した。

「どうしたんですか?」

 親方が不思議なそうな顔でコソ・ヒグを見た。

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