第15話、城、刑事
城、刑事
「殺されたメイドの話を聞きたい」
署で、王を訴えた男の話を聞いた次の日の朝、コソ・ヒグは、急いで城に行き、執事のテケン・ホ・メリ・ホを問い詰めた。
「なんのことでしょうか?」
執事は、しれっとした顔で答えた。コソ・ヒグは昨夜、城で殺された女の話を聞き出し、できる限り情報を集めた。城のメイドだったカカ・ミ嬢がある日殺されバラバラにされ、ズタ袋に入れられ実家に送り返された。それに腹を立てた兄カカ・カが王を訴え、死亡給付金の請求をしている。新聞で報道されていないにもかかわらず。王を訴えた男の話は予想外に広まっていた。誰かが意図的に流しているのではないか。ちらりと思った。
「城でメイドとして働いていたカカ・ミの事を聞きたい。バラバラにされて殺されたメイドだ」
「メイド? 殺されたと言われても、そんな話は聞いたこともありません」
執事は、なんの表情もなく答えた。
「知らないはずはない。城でメイドが殺されたんだ。しかも、そのことを訴えている男がいる。王相手に告訴している男がいるんだぞ」
「王、相手にですか? なぜそのようなことを、そもそも、城で殺されたメイドなどおりませんよ。何かの間違いでは」
「とぼけるな! 町の人間でさえ知ってるんだぞ。執事のあんたが知らないわけ無いだろ!」
コソ・ヒグは怒鳴りながら、執事の反応をうかがった。
「なるほど、町の人間ですか。たちの悪いうわさ話をばらまいている人間がいるようですね」
「うわさ話だと?」
コソ・ヒグはあっけにとられた。噂なわけはない。現に第一回の裁判が行なわれている。
「ええ、城というものは、その手の噂の対象になりやすいのですよ。迷惑な話です」
「では、本当に聞いたことがないのか?」
「ええ、もちろんです。試しに他の人間に聞いてください。みな、そんな話は知りませんよ」
「そんなバカな、法廷が開かれているのだぞ。誰も聞いたこともないなんて」
「法廷? そうですか、どうやら本当の話のようですね。おかしな事もあるものです」
「おかしいのはあんたの方だ。そんな大事な話を、城の執事がなぜ知らない」
コソ・ヒグは問い詰めた。執事は少し困った顔をした。
「町のことはあまり知らないのです。言っていませんでしたね。我々城で働くものは、基本的に城の中の施設で暮らしております。ここで働いている者は、特別な用事や休暇以外は、城の外に出られないようになっているのです。殺されたメイドの話を、私が知らないのは、その所為ですよ。私はここ十年城の外に出ておりません」
「十年間ずっと城で暮らしているのか」
ずっと、外に出ず、そんなことができるのだろうか。
「ええ、何も困りませんよ。官舎もあるし、お店もあります。様々な催し物もありますし、たいていの物はこの城にありますよ。学校だってあるんですよ。私もここの卒業生です。城の外の方がよっぽど不便で、危ないですよ」
言われてみるとそうかもしれない。城の外では毎日のように犯罪が起こっている。コソ・ヒグはそれを毎日追いかけ回して捕まえている。その犯罪のほとんどは貧困によるものだ。この城では、それに縁がないように見える。住むところと仕事がセットになっていて、大きな壁に囲まれ、子育てもできる。慣れれば案外暮らしやすいのかもしれない。だが、すべての生活基盤を城に依存するということは、城に逆らえないということになるのではないだろうか。コソ・ヒグは執事を問い詰めることをあきらめ、城にいる他の人間に聞いて回ることにした。
城の中で情報は奇妙に整理されていた。
メイドの管理は、城内サービス係がおこなっている。メイドの仕事は多岐にわたり、朝の清掃、食事の配膳、部屋の掃除と備品の補充、ホテルのサービスと同じようなものであろう。ただし、三階より上は別だ。王や王の側近がいる階は、警備係の管轄になっている。コソ・ヒグはサービス係の男に話を聞いた。
「殺されたメイド? 誰です?」
サービス係は興味津々で聞いてきた。
「カカ・ミという女性です。知りませんか」
コソ・ヒグはサービス係の顔を観察しながら聞いた。
「初耳です。はぁ、何で殺されたんで」
「なぜ知らないんです、城の中の話でしょ。サービス係がメイドの管理をしていると聞いたのですが」
「確かに、メイドの管理は私どもの仕事ですよ。でも、聞いたことのないことは聞いたこともないとしか言いようがないですよ」
「城の外では、そのことが少々話題になっているんですがね」
「そうなんですか、城の中にいると、どうもね。外の情報はなかなか入ってこないんですよ。私も含め家族全員、城の寮に住んでますから」
「不便ではないんですか。家族ごと城に住むわけでしょ」
「それが意外と楽、学校もあるし、食堂もあるから、料理しなくていい。かみさんも城のメイドだったんです。そういや、ずっと城の外に出ていないですね」
どうやら、執事の言っていたことは嘘ではないようだ。
「亡くなったカカ・ミさんについて、調べてもらえませんかね」
コソ・ヒグが頼むと、サービス係の男は、表情を消した。
「それはできません。部外者に城の情報を教えることはできません」
「しかし、お宅で働いていた人なんですよ。気にはならないんですか。いつからいなくなったぐらいは教えてくれたもいいんじゃないですかね」
「保安上のことですので、教えられません」
どうでもいいような話はいくらでもするのに、肝心なことは一切答えなかった。コソ・ヒグはあきらめ、他を当たってみることにした。
聞き込みを続けた。仕事中のメイド、食事中のメイド、窓ガラスを拭いているメイド、誰に聞いても、カカ・ミの情報を教えてくれなかった。みな、どうでもいいような話は、いくらでもしゃべるのに、殺されたメイドの話をすると、口を閉ざす。みな、知らない初耳だと驚く。いったいどうなっている? 一歩城に出れば、町の人間が知っていることを、当事者である城の人間が誰も知らない。城の外で噂になっているというと、城の外にはあまり出ないのでわからないと言う。
情報の広がり方もおかしい。新聞で報道されていないことが、町で急速に広がることがあり得るだろうか? どこかで情報を操作している人間がいるのではないだろうか。しかも二カ所でだ。一つは城、もう一つは城の外。
「城の人間は信用できないか」
城で働いている人間は、生活基盤のほとんどすべてを城の中でまかなっている。逆を言えばここを追い出されれば、すべての生活基盤を失うということだ。家族もここで暮らしている。城の中にいて、正しい情報を提供してくれる人間を捜さなければいけない。
コソ・ヒグはパン職人の親方のところへいくことにした。
一階のパン工房に行くと、親方はいなかった。職人に話を聞くと、親方はオーブンのある部屋にいるらしい。フウ・グが死んで以来、オーブンの管理を親方がすることに決めたそうだ。
オーブンのある部屋に行くと、親方は腕を組み椅子にどっしりと座っていた。
「いい匂いですね」
小麦粉のこうばしい香りと、砂糖の甘い香り、とても暖かい匂いだった。
「ええ、うちの自慢です」
親方は少し誇らしげな表情をした。
「フウ・グ君も、この匂いが好きだったんですか」
「もちろんです。あいつは、できたてのパンを、さいたときの匂いが好きだった。あの香りをどうやって出すんですかって、何度も、しつこく聞いて来やがった」
「どう答えたんです」
「釜戸で覚えろっていってやりましたよ。ここが一番大切なんです。パンは焼き上がって生まれ変わるんです。だから新入りは、ここでパンの生まれ変わる瞬間を覚えさしているんです」
「フウ・グ君は、ここへ来てどれくらいになるんです?」
「あいつは、確か半年もたっていなかった、四ヶ月ぐらいかな」
「彼はいつもここで、オーブンの見張りをしていたんですか」
「ええ、そうです」
「一人で」
「はい」
「彼がいないことに気づいたのはいつですか」
「ええと、おそらく、十一時半頃だと思います。前にも言いませんでしたっけね。職人から、フウ・グがいないと聞いたのはそのあたりだったと思います」
「最初にフウ・グ君がいないことに気づいたのは職人さんということですね」
「ええ、おそらく、十一時に、焼き上がりますから、そのあと、オーブンから型を出して、食パンを型から抜いて、ケースに入れるんです。そのケースを別の職人が受け取り、城の食堂や売店などに運び出します」
部屋の片隅にプラスチック製の黄色いケースが積み上げられていた。
「では、ケースの受け取りに来た職人が、フウ・グ君がいないことに気づいた人間ということですか」
「ええ、そうです。そいつから、パンが届いていないって聞いて、私と数人の職人がオーブンのある部屋に駆けつけたんです。居眠りでもしてんじゃないかと思ってね。そしたら、オーブン開けっ放しで、パンもオーブンの中に入ったままで、ほったらかしだったんですよ」
パン見習い職人のフウ・グは、パンを出そうとオーブンの扉を開け、扉を開けたまま、自殺をしようと客室に行った。あまりにも唐突すぎる。客室に行って自殺するのもおかしい。パンを出すとき、誰かに連れ去られたと考えられないだろうか。その後、何らかの方法で自殺に見せかけられて殺された。しかし、そんなことをするだろうか。
「それで、どうしたんです。フウ・グ君がいないと気づいたあなたは」
「特に何も」
「何も? 探しにも行かなかったんですか」
「ええ、その、今思えば探しに行ってればよかったんですが、その時は、まさかあんなことになっているなんて」
「しかし、見習いが急にいなくなったんですよ。どこに行っただって、探しに行きませんか」
「ええ、普通なら、そうでしょうが、ここは城です」
「城?」
「ええ、城の中って結構広いんですよね。探すのも手間だし、城の中にいるのは間違いないんで、ここで働いているものは、簡単には城の外には出れないんです。門番がいるでしょ。外に行きようがありません」
そうか、ここは城だった。家出の心配はない。
「いろいろ城の方に聞いてみたんですが、あまり城の外に出ない方って多いんですか?」
「ああ、多いね。城の外に比べれば、何でもそろってるから、出る必要はあまりないですね。なにより、城にいる人はうちのパンをただで食べれますからね。それがでかいんじゃないですか」
親方は口をあけ笑った。
「私も食べていいんですかね」
コソ・ヒグはちらりとオーブンを見た。いい匂いだ。
「もちろんです。でも、まだ焼き上がりませんよ。あと三十分ぐらいですかね」
「そうですか、パンの方は別の機会にいただくことにしましょう。親方は、城の外には出ないんですか?」
「城の外ですか。うーん、割と出る方だと思いますよ。小麦の仕入れとか、頼まれてパンを作りに行くときもあるし、月、一、二回ってとこかな」
「フウ・グ君はどうでした」
「いや、あいつは、まだ一度も出てないんじゃないかな。見習いでしたからね」
「メイドのカカ・ミという女性をご存じですか」
「カカ・ミ? メイド? いや、知りませんね。仕事柄、メイドとはよく会うんですが、名前を知っている人間の方が少ないぐらいです」
「どの様なときに、メイドと会うんですか」
「一番多いのは、パンの配達でしょうな。城の住人から注文を受けて、その配達をしてくれるのがメイドさんですからね。後は、すれ違ったり、食堂で会うぐらいです」
「では、フウ・グ君が、メイドと会う機会はあったということですね」
「ええ、そりゃあったでしょ。見習いにはいろいろやらしていましたから、食堂で給仕のまねごとのようなこともやらしていました。接点といえば多いかも知れません」
フウ・グとカカ・ミ、接点があった可能性があるということか。
「フウ・グ君は、どんな人間だったのでしょうか」
親方は少し考えた。
「あいつは、正直な奴でしたよ。だから雇うことに決めたんです」
親方に礼を言い、コソ・ヒグはオーブンの部屋から外に出た。そのあと、他の職人にも話を聞いたが、特に新しい話はなく親方の言っていることと矛盾はなかった。話を合わせている節もないようだ。まだ城の門限まで時間がある。どこに行こうか考えているうちに、まぶたが重く感じられた。ほとんど寝ていない。仮眠室がどこかにあるかもしれない。なければ、その辺の長いすにでも寝てやろう。
「おっ」
いいところを思いついた。
城の執事からもらった、城の案内図を頼りに三階の306号室に行くことにした。
オーブンの部屋から、右に行き、行き止まりにある螺旋階段をのぼった。ずいぶん長い階段だと思ったら、この階段、二階の扉が無く、直接三階に通じていた。
四階へ行く扉は閉ざされており、それ以上、上には行けない。一階から三階へ直行する作りになっているようだ。少し歩くと、すぐ306号室を見つけた。
コソ・ヒグは306号室に入った。それから寝室に行きベットに倒れ込んだ。のりの効いたシーツ、ほどよい堅さの敷き布団、寝ころんだ瞬間に肩の力が抜け背骨がゆんだ、枕に頭を預け、コソ・ヒグは眠った。
「一時間だけ……」
「コソ・ヒグ様、コソ・ヒグ様」
肩を揺らす気配にコソ・ヒグは目を覚ました。執事の顔が見えた。
「あっ、す、すいません」
寝てるところを見つかった。恥ずかしさに眠気が一気に覚める。今何時だ?
「そろそろ、城の門限です。お引き取りをお願いします」
執事に追い立てられるように、ベットから立ち上がった。ただ単に仕事をさぼって居眠りをしていたかのように思われるのではないかと、コソ・ヒグは、やましさと恥ずかしさを感じ、なにかないかと、現場を見渡した。フウ・グが首を吊っていた場所を横目で見た。
「あの、カーテンレールですが」
「なんですか」
執事は迷惑そうな顔をした。仮眠した所為か、なんだか頭がさえ渡っているような気がする。体も軽い。
「なんだか、違和感があるんですけどね」
「違和感ですか」
違和感。正直言って城の中、違和感だらけなのだが、あのカーテンレールには違和感がする。
「新しい感じがしますね。デザインというか色合いというか、ずいぶん、太いようですし、最近変えたんですか」
「さあ、わかりかねますが」
「そうですか」
二三、それらしい質問をしてから、コソ・ヒグは部屋を出た。
執事に連れられ、コソ・ヒグは、螺旋階段を一階まで下りた。306号室から一階に下りるまで、誰とも会わなかった事に気づいた。思い出してみると、のぼるときもそうだった。時間帯だろうか。誰にも見られずに、死んだフウ・グは306号室に行くことができる可能性が高いと言うことだ。そういう場所だから、首を吊ったのだろうか。
「早く来てください」
立ち止まって考えているコソ・ヒグに執事が迷惑そうに声をかけた。
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