第14話、記者、刑事、裁判官

 記者

 

 休廷が終わり、第一回目の裁判は、そのまま終わることになった。

 記者のヨン・ピキナは、関係者に取材をした後、裁判所を出た。

「やぁ、ヨン・ピキナさんじゃないですか。奇遇ですな」

 裁判所の近くの通りで、二人の男が、ヨン・ピキナに近づいてきた。

「確か、洋夢出版の方ですね。お久しぶりです」

「ケリキ・サリルです。お久しぶりです」

 以前、王の発言を集めた記事を本にする話があり、洋夢出版が手がけた。その時にヨン・ピキナとは知り合った。本はあまり売れなかったそうだ。

「そうですね。そちらの方は」

 ケリキ・サリルの横にもう一人男がいた。

「こちらは、印刷所の方ですよ」

「初めまして、ツム・ホレンと言います」

 頭を下げ、名刺を渡した。ヨン・ピキナもポケットから名刺を取り出し交換した。

「裁判所から出てきたようですけど、何か取材ですか?」

 ケリキ・サリルが言った。

「ええ、まぁちょっと」

 ヨン・ピキナは口ごもった。記事になるのかもわからない話だ、あまり話さない方がいいだろう。

「あっ、ひょっとしてあれですか? 例の王を訴えた男の裁判ですか?」

 ツム・ホレンが身を乗り出した。

「いや、まぁ、そうなんです。よくわかりましたね」

 ずいぶんと勘の鋭い人だ。ヨン・ピキナは苦笑いした。

「たまたまですよ。ほらいろいろ噂になってますし、ねぇ」

 ツム・ホレンは横にいるケリキ・サリルに同意を求めた。

「そうですよ。うちの会社でもその話で持ちきりです」

 ケリキ・サリルは、にこやかに答えた。

「そうですか。そんなに噂になっていますか」

 少し驚いた。新聞にも出ていない。まだそれほど大きな噂になっていないはずだ。それを彼らが知っているとは、おかしな話だ。

「まぁ、立ち話もなんですから、近くの喫茶店でお話しませんか?」

「いや、お二人共、何か御用があったんでしょ」

「いやいや、大した用事じゃないですよ。ねぇ、ツム・ホレンさん」

「ええ、そうですよ。是非お話を伺いたい」

「いや、しかし大した話はありませんよ。すぐ休廷になっちゃったし、なんの進展もない裁判でした」

 ケリキ・サリルとツム・ホレンは目を輝かせた。

「ほう、いやいや是非お聞かせ願いたい」

「そうですよ。どうぞどうぞ」

 結局二入に押し切られ、ヨン・ピキナは喫茶店で、裁判の話を洗いざらいしゃべることになった。



 刑事


 王を訴えた男の話を刑事のコソ・ヒグが耳にしたのは、城の捜査から帰ってきてからだった。

 自殺したと思われるフウ・グの部屋から、血の付いた肉切り包丁が発見されため、コソ・ヒグは鑑識を呼んだ。刃物に付いた血は、人間のものと判明した。捜査を進めようとしたところ、例の執事がやってきて、城の閉門時間だから出て行って欲しいて言われた。長い坂を下り署に着いたときは、日が暮れていた。コソ・ヒグは一日半眠っていない。

「いったい誰を切り刻みやがったんだ」

 少しばかり眠ろうと、半分目をつむりながら署の談話室の前を歩いていると、同僚の刑事達の話が聞こえた。

 少し立ち止まって話を聞いた。妹を殺された男が王を訴えたそうだ。現在裁判中だそうだ。ふうん、勇気のある男もいるもんだ。でも、なんで妹を殺され王を訴えているんだ? コソ・ヒグは、そう思いながらも、眠気に勝てず仮眠室に急いだ。

 男臭い仮眠室のベットに、ごろりと倒れ込む。意識が吸い込まれ、点になった瞬間、コソ・ヒグは跳ね起きた。転がり仮眠室を出て、談話室に向かった。

「どこで妹は殺された!」


 裁判官


 裁判官のフン・ペグルは仕事を終え、帰宅した。疲れた。本当に疲れた。原因はわかっている。例の裁判だ。視線を感じるのだ。裁判所内で見知らぬ人間が増えた。裁判所内では様々な人間が働いている。顔見知りのスタッフが減り、見知らぬ、男達に変わった。その男達に見られている。様な気がした。

 寝室の机の引き出しを開けた。机の中には何本かペットボトルが入っている。フン・ペグルは一本取り出す。中に入っているのは酒でもジュースでもない、ココナッツ繊維が入っている。そのココナッツ繊維の中には無数のミミズが暮らしている。

「もうそろそろ、新しい家を造った方が良いかな」

 フン・ペグルはペットボトルの中を見ながらつぶやいた。うすら闇の中、ペットボトルの中のミミズが少し動く。元は、釣り用の餌として飼っていたものだ。何か趣味でも持ってください。昔、離婚する前の妻から言われた。確かに、休みの日に一日中家にいるのもどうかなと思い、趣味を探すことにした。今、思えば家にいるなと言われたのと同じだ。

 釣りにすることにした。休日に遊ぶような友達はいない。一人で、できるものを考え釣りにした。だがすぐやめた。釣りをしていると、時々、後ろからバケツをのぞき込んでくる通行人がいる。通行人からしたら、釣りの初心者だろうがベテランだろうが関係ない。容赦なくのぞき見され、恥をかいているような気分になって、やめた。釣りの餌用のミミズを捨てようかと思ったが、こちらは何もしなくても勝手に増えてくるし、愛着もわいていたので、そのまま引き出しで飼うことにした。

 ミミズの飼い方は簡単だ。ペットボトルに、水を含ませたココナッツ繊維を入れる。その中にシマミミズを入れる。庭にいるミミズではだめだ。畑の堆肥にいるようなミミズか、釣具屋に置いてある餌用のシマミミズでないとだめだ。空気を入れるために、ペットボトルの口の部分にガーゼを当て、輪ゴムで止める。後はときどき、水分の補給と野菜の切れ端を入れてやればいい。ミミズは雌雄同体のため、ほっといても勝手に増えるので、机の引き出しの中のペットボトルは、六本に増えている。結果、机の中でミミズを飼うのが、唯一の趣味になってしまった。

 フン・ペグルが妻と離婚して三年になる。原因はミミズではない。いや、それもあったのかもしれないが、主たる問題はもっと根本的なところにあった。「あなたは暗いのよ」そういってフン・ペグルの妻は出て行った。

 原因は裁判だ。不幸な話ばかり聞かされて明るい気分になれるわけがない。

 ミミズを机の引き出しに入れ、寝ることにした。布団に潜り込み、しばらくすると、暗闇の中、机の引き出しから、ミミズの歌声が聞こえる。

「みゅーむむ、にゅんにゅ、きーたららっしょい、うんうんぺぺほ、りんちょんすー」

 フン・ペグルはそれを聞きながら眠る。


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