第13話、調整
「カカ・カさん。あまり勝手なことをされても困りますね」
検事のニコ・テ・パパコは、裁判調整室で横にいるカカ・カに言った。まだ裁判官は来ていない。
「申し訳ない。あなたが信用できないんだ」
カカ・カは悪びれもせず言った。
「信用ね。されていないのはわかりますよ。あなたから見たら私は権力者側、王の一味のようなものでしょう。ですが、これは裁判です。あなた一人で戦っても、勝てませんよ」
ニコ・テ・パパコは、両の口角を少し上げ、カカ・カを見つめた。
「勝てるのか?」
「無理でしょう」
ニコ・テ・パパコは即答した。
「勝てないならなぜ引き受けた」
カカ・カはニコ・テ・パパコをにらみつけた。
「変えたいからですよ。この国をね」
検事のニコ・テ・パパコは、目線をそらし、窓を見た。空が見えた。こんな小さな窓でも空はずいぶん広く見える。世界は広い、だがこの国は小さく、誰もがこの小さな窓から空を眺めているだけで満足している。なぜこの小さな窓を押し開き、世界へ飛び立とうとしない。そんな感じの空気をニコ・テ・パパコは醸し出した。
「どうしましょう」
裁判官のフン・ペグルは言った。
裁判官三人は、検事と告訴人を待たせ、裁判官控え室で対策を練っていた。
「どうといってもねぇ。過去に、被告人が来ないことだってあったわけだし、そのまま進めれば良いんじゃないのかね」
老齢の右副判事コトト・ピ・キョは言った。
「そうですけど、このケースだと、強制召喚状を出すのは別におかしな話ではありませんよ。さすがに無視するのはどうかと」
「何も無視しろといっているわけではないよ。ただ、様子を見ることも必要なのではないかな。魚打つ雨、ということわざもあるだろ。あまり気にしすぎないことだよ」
ようは、無視しろと言うことだ。
「君はどう思う」
左副判事のヌコタ・リに聞いた。
「僕ですか。そうですね。やっぱり強制召喚状はまずいですよね。ええ、王様ですしね」
「被告人は告訴人の告訴内容自体を無視している節がある。裁判所としては、何らかの行動を起こすべきなのでは」
「しかし、王ですよ。軍だって動かせるんですよ。裁判所に何ができるんですか」
ヌコタ・リは薄ら笑いを浮かべた。
「それを今考えているんだ」
王に命令することは、この国では誰にもできない。王というものは法律によって定められているものだ。だから、王といえども法律は守らなくてはいけない。大法書にも書かれている。だが、それは建前だ。王が法律を破った場合どうすればいいのだろうか? 法を破った者の罪を決め、罰を与えるのが、裁判所の役割である。場合によっては、王に対しても罰を与えなくてはいけない。それをおこなうのは裁判官がおこなわなくてはならない。フン・ペグルは、壁の隙間に逃げ込みたい気分になった。
「被告人がいなくても、裁判はできるじゃないか。そう難しく考える必要はないよ。裁判の進行にはなんの支障もきたさない」
老副判事が言った。
「確かにそうです。私が担当した、過去の裁判でも、被告人がいない裁判がありました。しかし、そのときの検事が強制召喚状を要求してきたので、私は強制召喚状を出しました。検事の要求は妥当だと判断しました」
「先例を考えれば、王を訴えたなんて話なんて、判例すら、ろくすっぽ残っていないよ。もちろん、王に強制召喚状を出した話なんてのもね。だいたい、今回、強制召喚状を要求してきたのは、検事じゃないくて告訴人じゃないか。素人だよあれは。まっとうに受け取る必要は無いじゃないか。こういっては何だが、結論としては、出せるものも出せないものもあるだろう。始めから見えるものがあってしかるべきだし、無駄に時間を費やすより、素人にかき回される前に、結論に向かう道しるべをここで示しておくのも悪くないのではないかねぇ」
「結論は、裁判を通して判断していくものです。始まる前から見えるわけがありません」
「ふうん、もちろんそうだよ。そうまで言うなら、きみやってごらん、手順通り、今まで通り、君の判断でやってみたらいいさ。ねぇ、ヌコタ・リくん、君だったらどうする」
コトト・ピ・キョは横にいた左副判事のヌコタ・リに聞いた。
「ええ! 僕ですか。そうですね。ほら、僕、まだ若手じゃないですか。だから、そんな難しい判断ができないって言うか。先輩に任せたいって言うか。主判事はフン・ペグルさんじゃないですか。そうですよ。僕もフン・ペグルさんにおまかせします」
ヌコタ・リは、すがるような笑顔をフン・ペグルに見せた。
「若手だからこその意見という物もあるはずなのだが……」
どうやら、一人でこの問題の答えを出さなければいけないようだ。フン・ペグルは悟った。
三十分ほど遅れて、三人の裁判官は調整室にやってきた。さほど広い部屋ではない、あるのは長机とパイプ椅子と小さな窓、シンプルな部屋だ。ここは、裁判の日程の調整や事務手続きなど、もろもろの裁判に関わる雑用ごとをおこなう部屋である。
「お待たせしました」
三人の裁判官は、長机を挟んで、カカ・カと検事が座っている向かいの椅子に座った。
「結論は出ましたか?」
検事のニコ・テ・パパコは余裕の表情で言った。
「ええ、強制召喚状は出しません」
裁判長のフン・ペグルは言った。
始めから見えているものがある。老判事のコトト・ピ・キョは、そう言った。つまり、裁判がどう動こうが、右副判事のコトト・ピ・キョが王に有罪判決を下すことはないということだ。おそらく、左副判事のヌコタ・リも有罪判決を下すことはないだろう。なら、自分が有罪判決を下そうが無罪判決を下そうが、二対一で、無罪になるということになる。結論として王の無罪は決まっている。強制召喚状を出そうが出さまいが、関係ない。裁判官として、裁判を通じての判決を望みたいところだが、この案件では無理だ。無駄に波風を立たせるより、迅速に結審をした方が、告訴人にとっても結果的にいいことになる。もちろん、自分にとってもだ。フン・ペグルはそう結論づけた。
「理由を聞かせてください」
検事が言った。
「総合的に鑑みて私が判断しました」
「ほう、総合的ですか。詳しく聞きたいですね」
「やはり、特殊な方ですから」
言葉を濁した。
「特別扱いですか」
ニコ・テ・パパコはさげすんだ表情で言った。
「そのようなことは」
「相手が王様だから、特別扱いすると、裁判官殿はそうおっしゃりたいわけですか」
「いえ、そういうわけではありません」
「ではなぜ、強制召喚状をださないのです。出して困るものではないでしょう」
困るのだ。フン・ペグルが困るのだ。
「被告人が居なくとも、裁判は進められます」
「しかし、いた方がよろしいのでは」
「それは、まぁ、そうですかね」
いたらいたで困るだろう。王が被告人席に座っている様子を想像してフン・ペグルは、そう思った。
「では、裁判所として努力をすべきなのでは」
「それは、そうですね」
「そもそも、被告人に、裁判についての情報がきちんと伝わっているのでしょうか」
「それは、もちろん」
「しかし、告訴状自体受け取りを拒否されたようですが」
「そう、聞いております」
「なら、もう一度出すと言うことでどうでしょう」
「告訴状を、ですか」
「ええ、ひょっとしたら、何か理由があって、被告人に伝わっていないかも知れません。特殊な方ですから、誰かが間に入って、握りつぶしている可能性もあります。どうでしょう。念のため、もう一度告訴状を出すというのは」
「なるほど」
悪くない話だった。一度出した者を、もう一度出すのは、それほど抵抗のある話ではない。少なくとも、強制召喚状よりましだ。フン・ペグルは二人の副判事を見た。特に反対意見はないようだった。
「わかりました。では、もう一度、告訴状を送ると言うことで調整しましょう」
第一回目の裁判は終わった。
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