第11話、漁村、ニコ・テ・パパコ

 漁村


 人はまばらで、波の音が大きく、しなびた漁村だった。

 ニコ・テ・パパコは、バスを乗り継いで、カカ・カが暮らす漁村に来た。カカ・カの家に行ってみると、カカ・カはいなかった。カカ・カの父親がいたが、病だと聞いていたので軽く挨拶だけして家の中までは入らなかった。

 近所の人に話を聞いてみると、露骨にいやそうな顔をされた。やはり裁判のことで、避けられているようだ。今の時間帯なら漁に出ているということをなんとか聞き出した。

 港に来た。カカ・カは、まだ漁から帰ってきていないようなので、ニコ・テ・パパコは、カカ・カの漁師仲間から、事件の話を聞いてみた。口は重かった。カカ・カの妹、カカ・ミは頭の良い子だったようだ。学校の成績もよく、明るい子だったそうだ。父親が病で漁に出れなくなり、兄が代わりに漁に出るようになった。妹のカカ・ミは城のメイドになった。事件の後、港の近くで、カカ・カが座っているのを見つけ、漁師が声をかけた。「妹が、王に殺された」そう言っていたそうだ。

 漁師の生活は厳しいようだ。一番厳しいのは、燃料代だ。相場より高く設定されている。最初から燃料代に漁業税が上乗せされているからだ。魚の捕れる量も年々減ってきているらしく、もっと遠くの海まで行ければと、若い漁師がつぶやいていた。

 魚は自由に泳いでいるのに、それを捕る漁師は制限されている。この国の、海の英雄であるペレ・シスコの事を思い出した。かの英雄のように、こういう世の中を変えてみたいものだ。寂れた港で、ニコ・テ・パパコは、海を見ながら軽くそう考えた。

「何をやっているんだ」

 ニコ・テ・パパコはあわてて振り返った。

「ああ、カカ・カさん。漁の方はどうでしたか?」

 漁帰りのカカ・カが疲れた顔をしてたっていた。

「いつも通りだ。何をしに来た」

「事件の調査です。忘れたんですか。私はあなたの担当検事ですよ」

「知っている。それで」

「事件のことを話していただけますか」

「いいだろう。家に来てくれ」


 カカ・カの家に招き入れられ、進められるまま椅子に座った。改めてみるとやはり小さな家だ。奥の部屋からカカ・カの父親のうめき声が聞こえる。

 カカ・カは静かに話し始めた。

「妹がなぜ殺されなければいけないのか、なぜバラバラにされたのか。まるでわからない。ただ、妹はバラバラになって家に帰ってきた。先月の十日だ」

 死体は二日後海葬された。カカ・ミが入っていたズタ袋は、処分したそうだ。家にはカカ・カの父とカカ・カの妻がいたが、カカ・カ以外、死体の確認はしていない。葬儀も、カカ・カが死体を自らの手で棺に納めた。その様子を、葬祭司と棺の業者も目撃している。その後、棺のふたは閉じられた。通常は開けたままにして、遺体は遺族や参列者とお別れの挨拶をする。しかし、遺体の損傷がひどい場合はおこなわれないそうだ。次の日、海に埋葬された。つまり、カカ・ミの死体を確認した人間はカカ・カと葬祭司と棺業者、この三者以外いない。親戚なり友人なりが、遺体を見ていてくれればありがたいのだが、どうやらそれはなさそうだ。カカ・ミの死とその遺体がバラバラにされていたことを、まずは証明する必要がある。葬祭司と棺業者が話してくれればいいのだが、葬祭司と棺業者は、国側の人間だ。裁判で証言してくれるかどうか怪しい。

 カカ・ミは中等教育を卒業し、城のメイドになった。かなりの成績優秀者で、特に語学に関して、精通していたそうだ。高等教育も奨学金を得て入学することもできたと言う話だ。しかし家庭の事情で断ったそうだ。その頃のカカ・カの家は何かと大変な時期だったらしく、父親が病に倒れ母親も病死した。兄のカカ・カは高等教育に進むよう説得したが、受けいれなかった。メイドとして働き五年、家には三度帰ってきた。給与明細を見る限り、稼いだ金はほとんど家に仕送りしていたようだ。

 カカ・ミは、なぜ殺されたのだろう。城の宮使いが、鶏肉を落として殺された。と言っていたそうだが、そんなことがあるのだろうか? それもすべて、カカ・ミの兄、カカ・カが言っているだけだ。これもまた証明が難しい。

 ニコ・テ・パパコは、カカ・カに頼み、カカ・ミの部屋に入った。

 小さな部屋だ。カカ・ミがメイドになってからは、物置になっているようだ。古びた机があり、棚にはたくさんの本があった。ほとんどが古本屋で買った本のようだ。本の代金は母親がハンカチの刺繍や古着の修繕、工場のパートなどで工面してきたり、どこかで、もらってきたりしていたそうだ。その中にニコ・テ・パパコの本もあったのだろう。今はカカ・カが暇なときに読んでいるそうだ。法律関係の本がたくさんあった。どこで手に入れたのか、外国語の本もあった。本棚を見ればその人の趣味趣向がある程度わかる。ひょっとしたら、カカ・ミは法律関係の仕事をやりたかったのではないか、ニコ・テ・パパコはそう思った。

 ろくな手がかりもつかめず、ニコ・テ・パパコはカカ・カの家を辞した。

「ここまで証拠がないとはな」

 これは殺人事件の捜査ではない、死亡給付金請求の捜査だ。警察が捜査した事件でもない。証拠がそろってないのも当たり前といえば当たり前だ。せめて死体でもあれば、死因なり、死亡時刻なり、様々なことがわかるのだが、残念ながら死体は海の底、潜って取ってくるわけにもいかない。

 カカ・ミの死亡原因が、勤務中であり、なおかつ、何らかの形で城の業務に関係あると証明されればそれで良いのだ。鶏肉を落として殺されたとすれば、そんなことがあるとすればだが、城のメイドであるカカ・ミは仕事中、何らかのアクシデントで、皿にのった鶏肉を落としてしまい、それが原因で殺されバラバラにされた。ということが証明されれば、間違いなく、というか、間違いだらけのような気がするが、死亡給付金請求を行える。それが事実と証明されればいいのだが、どこをどう考えても有りえる話ではない。鶏肉を落として殺されるなんて、しかも五体バラバラ。そんな突拍子もない話、誰が信じる。手がかりがあるとすれば、カカ・ミを運んできた城の使いだ。カカ・カの話によると、使いの顔はよく見ていないらしい。ただ若い男だったという話だ。城の使いといっているんだから、城にいるのだろう。城に予約の申請を何度か行っているのだが未だに返事がない。

 夕日が沈みかけていた。バスを待つニコ・テ・パパコの目に赤い光がさす。

「まぶしいな、だが、真実を照らすには、ほど遠い」

 一人、そんなことを言った。

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