第10話、裁判官、新聞記者
裁判官
普通に生きていきたいだけなんです。裁判官のフン・ペグルはいつもそう思っていた。フン・ペグルの父親が裁判官で母が検事だった。親戚縁者も法律関係者が多かった。フン・ペグルは当然のように裁判官になった。それが普通だと思っていたのだ。裁判官という職業は、ちょっと普通じゃないぞと、そう思ったのは、裁判官になって三、四年たってからだ。
裁判はフン・ペグルにとって、つらいものであった。被害者の話、加害者の話、普通の状態とはかけ離れた話を聞かなくてはいけない。なぜ犯罪者が犯罪を犯すのか。フン・ペグルは当初わからなかった。なぜ人の物を盗むのか、なぜ人を殺すのか? だが、裁判官として多くの裁判に関わるうちに、その根っこには貧困などの境遇があることに気がついた。つまり普通ではない状態が人を犯罪者に変えてしまっているのだ。もっと、食べ物があれば、人々の暮らしが豊かなら、多くの人が普通に暮らせるんではないだろうか。時々そんなことを考えていた。
忌まわしいそれは、書類の中に混じっていた。いつものように裁判所に足を運び、いつものように自分の席に着き、自分に届いている書類を見た。裁判官は裁判を選ぶことはできない。自動的に振り分けられ、スケジュール帳に裁判日時が書き込まれる。週の初めに、資料と共に公判予定表が送られてくる。
フン・ペグルは書類をめくった。半分ぐらいのところで、恐ろしい物を目にした。
遺族による死亡給付金訴訟。
告訴人、カカ・カ。
被告人、王。
訴訟検事、ニコ・テ・パパコ。
裁判官、フン・ペグル。
コトト・ピ・キョ。
ヌコタ・リ。
「なんだこれは」
フン・ペグルの普通は遙か彼方に遠のいた。
新聞記者
新聞記者のヨン・ピキナは、自他共に認める、よいしょ記事職人である。この国には、五つの大手新聞社がある。だがどれも、王の資産が入った新聞社であるため、王族や国に批判的な記事は書けない。よって、王族に対するよいしょ記事を書く人間が必要になってくる。それがヨン・ピキナだ。いつの間にかそうなっていた。社にとって、重要な仕事でありながら、冷遇される。それが彼の役割だった。
「この男の記事を書くんですか?」
ヨン・ピキナは、編集長に呼び出され、資料を渡された。王を訴えた男の資料だ。
「どうだろうな。書かれない可能性の方が高い。だが、もし、国民に広く知れ渡ったとき、わが、国民見当新聞が書かないわけにはいかないだろう。ま、そんときゃ、いつものように頼むわ」
要するに、隠せるなら隠せ、隠せないときは、王の正当性をかかげ、カカ・カの不当性をあげろと言うことだ。ヨン・ピキナはそう理解した。
自分のデスクに戻り、ヨン・ピキナはカカ・カの資料に目を通した。
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