第9話、捜査
コソ・ヒグは、客室に鑑識を残し、聞き込み捜査を行うことにした。
「彼が自殺した原因に何か思い当たる点はありますか?」
「いえ、そんなそぶりは……」
コソ・ヒグは、パン職人の親方に話を聞いた。白い割烹着を着て、白いコック帽を手に、唇をかみしめている。
「彼はどんな人間だったのでしょうか?」
「パンが好きでした。うちのパンが一番うまいから、弟子にしてくれって、なんでこんなことを」
親方は涙を流した。
「自殺するような動機は思い当たらないと言うことですね」
「ええ、ええ、そうです」
「彼を最後に見たのは、いつですか」
「昼前です。パンの焼き上がりを待たしていました。それが最後です」
「パンの焼き上がりというと?」
「うちは一日三回パンを焼きます。オーブンでパンを焼き上げる際、一人、見張りを残しておくんです。見習いのフウ・グにいつも、その役を任せていました。焼き上がった後の、窯出しも、見習いの仕事でした」
「では、その間、彼は一人だったというわけですね」
「ええ、そうです」
「他の職人はパンが焼け上がるまで何をしているんですか?」
「昼めしです。後は各自、休憩時間のようなものです」
「パンの焼き上がりはいつですか?」
「十一時です。お昼に焼き上がったパンが出せるように、調整しているんです」
「彼が、客間に行くようなことはあるんですか?」
「客間、いえ、そんなところに、あいつは行ったこともないはずです」
「そうですか」
「あの、なぜそんなことを聞くんです」
「念のために、調べているだけですよ」
「あの、あいつは本当に自殺したんでしょうか?」
親方は、少し目をそらしながらいった。
「どうしてそう思うんです?」
「そりゃ、誰だってそう思うでしょう。昨日まで一緒に働いていた人間が、いきなり首吊っちまうなんて、おかしいでしょ」
「どうでしょうかね。あなたはどう思います。自殺したと思いますか?」
親方は腕を組んで考えた。
「思わない」
「なぜです」
「あいつは仕事をほったらかして、どっかに行っちまうような奴じゃない」
親方は真っ直ぐにコソ・ヒグを見ながらいった。
他のパン職人からも話を聞いたが、まじめで仕事熱心、自殺の動機も見つからなかった。
城の敷地内に、城の従業員の宿舎がある。北の城壁で、あまり日の当たらない場所に、木造で一階建ての長屋がいくつかあった。自殺したと思われるフウ・グもそこの一室で、住み込みで働いていた。宿舎の管理人から鍵を預かり、コソ・ヒグはフウ・グの部屋に向かった。鑑識はまだこの部屋を調べていないようだった。
鍵を開け中に入る。狭い細長い部屋だ。奥にベットがあり、クローゼットが一つある。どことなく小麦の臭いがする。床には脱ぎ散らかした衣服がおいてあった。
「さて、何から手を付けるかな」
コソ・ヒグはクローゼットを開けた。中には、ハンガーに掛けられた衣類と血の付いた肉切り包丁があった。
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