第7話、漁、城、検事と訴訟人

 カカ・カは漁に出た。親の代から使っているボロ船だ。父親は、体を壊し船を下りた。母は病で死んだ。船の油は、すべて国からの支給品だ。市場の二割ほど高い油は、魚が捕れても取れなくとも、月末に税として取られる。油の量は決まっており、ちょうど隣の国につく前に、無くなる。船にはGPSが付いていて、少しでも海境を越えると警告音が鳴り、空と海上からの銃撃を受けることになる。そのため漁場も限られる。近海の魚はほとんど取り尽くされていた。魚の捕れる漁場がないわけではない。海流と海流がぶつかる漁場は、魚がよく捕れる。しかしそこは、王の所有地である。王の許可無く入った者は、警告なしで銃撃される。季節の変わり目に現れる回遊魚を頼りに、生きていくしかなかった。漁師仲間は裁判のことについては何も言わない。いつもと同じ態度を取った。油を配給している役人は何か言いたそうだったが、目をそらし何も言わなかった。関わり合いになるのを避けたようだ。

 船が進む。どこまでも見渡せる海だ。もっと遠くに行くことができれば、もっとたくさんの魚が捕れる。波は穏やかだが、魚はいない。仕掛けておいた網を巻き上げる。かろうじて数匹の魚が引っかかっているだけだった。


 城


 ふと、視線を感じ、警備兵のヨト・スンは振り返った。後ろには誰もいなかった。ヨト・スンは城の警備兵である。城周辺の見回りを行なっていた。

「気のせいか」

 ヨト・スンは一人つぶやいた。人間の視野は広い、だが、はっきりと認識している部分は視野の中央だけだ。視野の端、動いているものなら別だが、静止しているものは、認識しにくい。城の衛兵は皆、視野を広げる訓練と、視野の端を認識する訓練を受けている。視線を感じたというなら、視野のどこかで、こちらを見ている人間を見つけたのだろう。ヨト・スンはそう考え辺りを見渡した。

 左を見ると、塀があって刈りそろえられた樹木がある。木々の下には季節の花が咲き乱れ、蝶や蜂が舞っている。足下を見ると、砂利を敷き詰められた道がある。雑草は生えていない。巡回の際、砂利道に雑草が生えていたら取るようにと庭師から指令を受けている。なぜ庭師に、と思わなくはないが、経費節約といわれればそれまでだ。時々下を向いて草をむしっていた。右の壁を見ると、古く、ところどころ、ひび割れ補修が追いついていない。ここにも、経費という冷たい風が吹いている。

 少し上を見ると、いた。テラスが邪魔で頭しか見えないが、ベランダのガラス戸越しに、背の高い男が見える。あそこは客間だ。泊まり客が庭師自慢の庭でも見ていたのだろう。ヨト・スンは見回りを続けた。


 検事と訴訟人


「なぜ私を指名したんです」

 ニコ・テ・パパコとカカ・カは裁判の打ち合わせをしていた。

「この本を読んだ」

 カカ・カは手提げ袋から、一冊の本を取り出した。

「私の本じゃないか」

 三年前、ニコ・テ・パパコが出した本だ。タイトルは、『これであなたも起こせる。裁判!』ニコ・テ・パパコが今までに培ってきた裁判の技術をすべて書いた本だ。帯にでかでかと、『これ一冊で裁判に勝てる』と書いてある。増刷されたという話は聞いていないから初版本だろう。ひょっとして自分のファンだろうか。ニコ・テ・パパコは、ちょっとぽわっとした。

「妹の部屋にあった」

「それで、私を指名したのですね。ああ、妹さんがあなたを、私に導いたと言うことですか」

 ニコ・テ・パパコは運命を感じた。

「指名はダメ元で、一応やっておいた方がいいと書いてあったからな」

「その通りです。検事が指名されて裁判をするのと振り分けられた事案をするのと、緊張感が違いますからね。もっとも、今回のような件、指名されても受けるのは私ぐらいなものでしょう」

 ニコ・テ・パパコは、にやりと笑った。

「その通りだ。あんたの前に四人、他の検事に頼んでみた。あんた以外は全員断った」

「え? 私が最初ではないのですか?」

「そうだ」

「ええと、妹さんの本を見て指名したんですよね」

「そうだ。妹の部屋に、たくさんの法律関係の本があった。そこから一番本を出している検事を、本の数の多い順で指名した」

 とすると自分は一冊しか出していないから、後の方か。

「そうですか」

 多少やる気が失せた。

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