第6話、検事ニコ・テ・パパコ

 検事のニコ・テ・パパコは、悩んでいた。今、話題の王を訴訟した男から、訴訟検事を指名されたからだ。ドブゾドンゾの裁判制度には、弁護士はいない。昔はあったが、三代前の王様が、弁護士制度を廃止した。裁判の迅速化が目的だと言われているが、実際のところ効率よく政敵を葬るための方便だったとも言われている。よって裁判は検事と裁判官によって行なわれる。

 この国の裁判では、裁判官を選ぶことはできないが、検事を指名することができる。ただ、指名された検事が拒否することもできるため、実際のところ、ある程度の金銭的絡みか人間関係がなければ、検事が指名を受けることは、あまりない。

 王を訴えた男、漁師のカカ・カが、なぜ自分を指名してきたのか、わからないが、これはある意味、チャンスでもある。ニコ・テ・パパコはそう思っていた。

 ニコ・テ・パパコは学生の頃から常にトップクラスの成績を収めていた。検事としての腕にも自信がある。周りの評価も高い。なのにだ。出世しない。未だ地方検事の末端にいる。同期の、自分より遙かに劣った検事が、王の親族という、ただそれだけの理由で出世していった。ニコ・テ・パパコは納得ができなかった。

 この国は王に近い人間のみが能力や努力を無視して出世する。だからこの訴訟はある意味チャンスでもある。裁判をもって王に近づく。王に認められ、出世の糸口にするのだ。もちろん、逆に抹殺される可能性はある。だが、このまま地方の検察局で、ただたんに王の親族という理由だけの無能な検事に、生涯にわたって、あごでこき使われるのは、がまんならない。ニコ・テ・パパコはそう考えていた。

 私がこの国を変える。王の親族でなくても、きちんと評価される、そんな国にしたい。そう考えつつ、王の親族でもない人間が、自らの能力のみをもってして、国の権力中枢に食い込む。その姿を、ドブゾドンゾの国民が羨望と尊敬の念をもって見るのだ。などと、ニコ・テ・パパコは、そんなことを、むずむず考えてしまう。

「決まっている」

 一言つぶやき、席を立った。検事長の部屋へ急いだ。


「この訴訟、引き受けます」

 ニコ・テ・パパコは、カカ・カの死亡給付金請求の訴訟申請書を検事長の机の上に出した。

「いいのかね」

 検事長は椅子に座って指を組み、下からのぞき込むような顔をした。

「はい、覚悟をきめました」

 検事長はため息をついた。

「何もこんなややこしい、事案を抱えなくてもいいんだぞ」

「ありがとうございます。ですが、もう決めたことなんです」

「相手は王だぞ。勝つことは許されない」

 検事長は言った。

「いえ、王といえども法に逆らえば罰を受けなくてはなりません」

「建前だ。王は絶対だ。王は何者にも従わない」

「検事長、お言葉ですが、王は絶対ではありません。王は法に守られています。法がなければ、王そのものが存在できません。王は法の傘の下、存在しているのです。なら法に従うのは、王のつとめです」

 ニコ・テ・パパコは真っ直ぐな瞳で言った。それと同時にたとえ王とはいえ、法の前では、自分と等しい。建前とはいえ、その考え方はニコ・テ・パパコの耳に心地よかった。

「わかった。もう何も言わない。ただ、残念だよ」

 そう言い残し、検事長はニコ・テ・パパコに背を向けた。

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