第5話、城の見習いパン職人

 あと二分ほどでパンが焼ける。城には、専門のパン焼き職人がいる。フウ・グは、まだこの城に入って間もないパン職人だ。一番下っ端であるため、こうやってパンが焼き上がるまで、ここでじっと待っている。城のパン工房では、一日に三度パンを焼く。今は昼の時間帯で、親方や先輩は、お昼の休憩に入っている。フウ・グは厚手のミトンを手に取った。すでに焼き上がったパンの臭いが部屋に充満している。タイマーの音が鳴る。オーブンのふたを開けようとしたとき、内線電話の音が鳴った。フウ・グは内線電話を取った。

「パンを頼みたいのだが良いか?」

 男の声だった。聞いたことのない声だ。フウ・グは誰だろうと思った。城に滞在するものは、パンを無料で食すことができる。パンを注文する際、普通は、受付か、食堂にかけてくる。だが自分がここに来て、まだ日が浅い、そういうこともあるのだろうと思い、フウ・グは、とりあえずわかりましたと答えておいた。

「ありがとう。ああ、そうだ。他に誰かそこにいるかい」

「いえ、僕一人です」

「そうか、実は、焼きたての食パンが食べたいんだ。以前ここの焼きたての食パンを食べて感激してね。それで、そちらに直接電話をしたんだ。ひょっとしたら、焼きたてがあるかもと思ってね」

 フウ・グはうれしくなった。確かに、ここのパンはうまい。この国で一番うまいパンだとフウ・グは思っている。だからここに修行に来た。中でも焼きたての食パンは、絶品だ。驚いたことに、ここの食パンは、何の工夫もしていない。ただ小麦と水と砂糖と塩、イースト菌、それを混ぜ合わせ叩きこね、型に入れる。それだけだ。あとは親方と先輩方の腕前のみ。同じ材料を使っても自分ではこうはいかない。こいつを手で裂いて、そのまま食べる。かりっとした皮の食感にふんわりとした中の生地、パンと一緒に焼け上がったパンの香ばしい香りまでも食べているような気分になる。

「わかりました。ちょうど焼き上がったところです。すぐ持って行きます。どれぐらい、ご用意しましょうか?」

「悪いねぇ。一斤持ってきてくれないか。弟にもここの焼きたてのパンの食べさせてあげてたいんだ。皿は用意してあるから、切らずにそのまま持ってきてくれ。ちぎって食べるのが一番うまいんだ」

「ええ、わかりますよ。一斤ですね。バターと蜂蜜とジャムがありますが、どうなさいますか?」

「いや、何も付けなくて良いよ。そのままで十分うまいからね」

 同意見です。フウ・グは、にこりと笑った。

「わかりました。そちらはどこでしょうか?」

「三階の客室だよ。306号室だ」

「すぐお持ちします」

「ああ、そうだ。厚かましいお願いかも知れないんだが、できれば、パンを焼いた型ごと持ってきてくれないか、できるだけ熱々をたべたいんだ」

「わかりました。熱々ですね」

 フウ・グは、なおうれしくなる。

「ああ、ありがとう」

 電話の主はかすかな笑い声をあげ電話を切った。フウ・グは、急いでミトンを手にはめオーブンのふたを開けた。熱々の食パンを型ごと持って、急いで部屋を飛び出した。


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