第4話、聞く耳を持たず
「おまえ、いったい何をする気だ」
カカ・カの年老いた父が、椅子の肘受けを握りしめ、しわがれた声で言った。
「訴訟だよ。父さん」
「あなた、訴訟ってなんの話です」
カカ・カの妻が驚いた顔で聞いた。カカ・カが訴状管理局に必要な書類を提出して数日たった午後の話である。カカ・カの父が昔の漁師仲間から、カカ・カが王を訴えたという驚くべき話を聞いた。カカ・カの父はまさかという気持ちで問いただした。
「王に対して、妹の、カカ・ミの死亡給付金の請求をする」
「訴訟って、王を訴えるというのか」
「そうだよ」
カカ・カの父とカカ・カの妻は、息をのんだ。カカ・カは、仕事を休み、しばらく家を空けていたが、家に帰ってから、いつものように漁に出かけたので二人とも安心していた。まさか訴訟をしに行っていたとは、カカ・カの父とカカ・カの妻は、何も聞かされていなかった。
「そんなこと、そんなことするな」
カカ・カの父が強い口調で言った。
「あなた何を考えているんですか。王様を訴えるなんて」
カカ・カの身重の妻が言った。あと二ヶ月ほどもすれば、二人の初めての子供が生まれてくる。
「どうしてだ。王がおかしいなら、訴えてもいいだろう」
「おそろしい、そんなことは言うな。決していってはならない。この国は、この国の人間はそうやって生きてきたのだ。王はすべてなのだ。王を非難することも、ましてや王を訴えるなんて、なんということだ。なんということをしたんだ」
「王は間違っている。どうして誰もそう思わない。いや、そう思っていても誰もなぜ言わない」
「なんと」
カカ・カの父は、部屋の中をぐるりと見渡した。いかに磨こうとも落ちない、薄汚れたシミが方々にあった。この家で細々と耐えて暮らしてきた。
「カカ・カよ。よく考えるんだ。今、お前はどういう状況になっているのか全くわかっていない。お前の妹はそんなことを望んでいない。よく考えるんだ」
「よく考えたから、訴訟を起こした。父さんは考えるのをやめているだけだ」
「お前! カカ・カよ。お前の妻はどうなる。今が一番大切な時期じゃないか。もうすぐお前は父になる。時期を考えろ。もうすぐ生まれてくる子供を守ることを第一と考えるべきではないのか」
「考えた。どの時期なら良いと言うんだ。いつだって俺は何かを守って行かなくちゃならない。これからもずっとだ。いつなら良い? 俺の子供が大人になったらか? 父さんが亡くなったらか? 俺が失うものをすべて無くし、一人生き残ったらか? 俺は当たり前のことをしているだけなんだ。妹は死んだ。俺の妹は死んだんだ」
「カァ……」
カカ・カの父は、ひび割れた手のひらで、胸を押さえた。荒く息をしながら、何かを言おうとした。
「お義父様、大丈夫ですか?」
カカ・カの妻が慌てて駆け寄った。
「父さん、少し休もう」
カカ・カは妻と一緒に、父を支え、寝室へと連れて行った。カカ・カの父は、カカ・カの胸元でひたすら何かを伝えようとした。
王を訴えた男の話は近隣に広まった。その反応は様々だった。ひたすら首をすくめるもの、やめるよう諭すもの、斜に構えるもの、興味本位で覗きこむもの、ただ、誰もカカ・カを面と向かって応援するものはいなかった。わずかながらカカ・カの漁師仲間が、陰ながら何らかの支援をしていた。
「ああ、あなた、もうこんなこと、やめてください」
カカ・カの妻が身重の体で嘆願した。
「だめだ」
「少しは私たちのことも考えてください。このままではどこにも出られませんよ」
カカ・カの父は、あの日以来、伏せったまま、うなされるように、カカ・カに何かを伝えようとしていた。
「俺は裁判に出る」
「そういうことを言っているのではありません。ご近所の人も挨拶をしてくれなくなったし、買い物に行っても、品を売ってくれません。幸いあなたの漁師仲間の方が、夜中にこっそり差し入れをしてくれているから何とかもっているのです。このままでは、どうなるかわかりません。子供だってもうすぐ生まれるんですよ。どうやって産めと言うのです?」
「ここで産めばいい」
「あなた……私なんかより」
カカ・カの妻は絶句し、顔を押さえ涙を流した。結局カカ・カの妻は、実家に帰ることになった。
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