最終章 ~Restart~

「――――!」『――――!』

「――い! ――――少尉!」『――起きろ少尉‼』

「――っ‼」

 二人の声に呼び起こされ意識を取り戻した。飛び起き、反射的に目の前にいた少女を背中に庇い辺りに小銃を向けた。

「よかった……」

「どのくらいこうしていました?」

『――ほンノ二十秒ダ』

 あまりにも手痛い時間の喪失だ。その証明として、上からも下からも敵の無遠慮な足音が聞こえる。

「敵はどのくらい来ています」

『――数エた方がいイカ?』

「……いえ、結構です。走ります」

「はい!」

 少尉は壁に身を寄せて上に銃を構え、ノルンは手すりに体を隠しながら上を目指す。

 しかし、踊り場を三回曲がった段階で、すぐにノルンが叫んだ。

「――こっち!」

 壁に背中を預けていた少尉に手を伸ばした。

 すぐに手すり側に飛び込むと、少尉が預けていた壁に弾痕が刻まれた。

「このまま手すり沿いに進めば正面から鉢合わせます」

「なるほど、むしろ好都合ですね」

 少尉はノルンに「姿勢を低く」と伝えると、体を手すりにこすりつけるように階段を上る。

 その間にも敵は攻撃を繰り返し、二人の隠れる手すりが粉塵を舞わせながら弾ける。

「止まらず駆け抜けてください!」

「――了解」

 踊り場に踏み込む階段でブレーキを掛けずに飛び込む。壁まで駆け抜けた背後を敵の攻撃がすり抜けるが、そのまま踊り場の壁を蹴ると空中を鋭く飛んで、隊列を組んでいた先頭の敵の頭蓋を蹴り飛ばす。

 敵がそのまま階下に落ちるのに気を取られた二人目の顎下に銃口を押し付けて引き金を引く。

 頭蓋が弾けたその死体を温かいうちに三人目に押し付け行動を封じると真正面から額に二発。

「しゃがんで!」

 声に反応すると頭上を上下の階にいた敵に攻撃された。

 自分に倒れ掛かってくる二人分の死体を避けるとしゃがんだ姿勢のまま四人目の脛に体当たりして自分の背中に倒れこませる。そのまま敵を背負い上げて階下に投げ落とした。

「――少尉!」

「こっちへ――!」

 ノルンは階下から迫る敵を示唆した。

 手を引いて位置を入れ替え、手すりに隠れた状態で壁向こうに銃口だけ出して階下を攻撃する。

 手応えはなかったが、再びノルンと位置を変え、稼いだ時間で上を目指す。

「止まって――撃って!」

「グッ――」

 階段途中で待ち構えていた敵が飛び出すと同時に撃つ。

 敵は肩と首を被弾し、敵の銃弾は少尉の肩を掠るにとどまる。

 敵の出鼻を挫いた少尉はそのまま吶喊。遮蔽から出かかっていた二人目のバレルを掴むと体重を乗せて踊り場にスライディング。振り回される敵の後ろにいた敵を優先的に処理。左手の拳銃を抜いて倒れこんだ二人目を処理。

 小銃を再装填し、ノルンと位置を変えて階下の敵を牽制。反撃が防弾プレートに命中する。

「少尉さん!」

「――大丈夫、貫通してません」

『――すグ上の扉ダ! 入レ少尉!』

 姿勢は低く、とにかく走る。後を追うように壁と手すりにいくつもの穴が開く。

 そして目の前に、三階に入る鉄扉が迫る。扉の横には掌紋認証。少尉は取り出した外部接続用レシーバーを持つ手を伸ばした。

「待って少尉――」

 その左手を全体重でノルンが抑え込んだ。同時に、鉄扉に無数の傷が刻まれた。

 その銃撃は少尉を逃すまいと扉に向かって攻撃を続けながら、発砲音は徐々に近づいてくる。

「クッ――どうすれば――⁉」

「…………っつ」

 急がなければ挟まれる。だがレシーバーを接続している間は反撃ができない。

 二人の頬を冷たい汗が伝う。

 時間はない。決死の覚悟で少尉が飛び出そうとした時だった。

「私がっ、やります!」

「――!」

「時間を稼いで下さい!」

 ノルンが、少尉の左手越しにレシーバーを強く握った。

「――わかった」

 少尉は震える声で頷くと、小さな両手にそれを託す。

「――行きます」

 ノルンが手すりから離れて扉に近づく。少尉は隠れたまま銃だけ頭上に掲げて銃声のする方向に向かって反撃する。少しだけ弱まった反撃。それを機に一気にノルンまで近づくと立ち上がってから全体で庇う。左手で抜いた拳銃を階下に。右手に持った小銃は上階に向かって撃つ。

「――っ! グ――」

 それでも的確な反撃が少尉の防弾プレートを叩き。腕や足を抉る。

「早く早く早く――! ムムさん急いでっ!」

『――わかってる! ――開いたぞ!』

 開錠の音がすると共にノルンは扉を少し開けて中に滑り込んだ。

「はやく!」「――あぁ!」

 少尉も後に続くが、その背中が何発かの銃弾によって叩かれる。

 扉が閉まるのと少尉が床に倒れるのは同時だった。そして、鍵が閉まる音と共に攻撃の音も止む。

「少尉! しっかり!」

 涙目になりながら、それでも進まなくてはいけないと少尉を揺さぶる。

「い、痛い痛い――ノルン、大丈夫です――ウぐ」

「少尉……ごめんなさいっ……」

 体中が痛いはずなのに手の甲にだけ熱を感じた。見れば、頭上から熱い雫がぽつぽつ振ってきていた。

「――ムム……敵は……」

『――周辺にハいナイ。扉モ暗号化方式を変えタから入ッテこレナい』

「時――」

『――時間は少シ余裕がデきた』

「……ノルン、応急手当、手伝ってもらっていいですか」

「は、はい! なんでも手伝います!」

 何とか体を起こして壁に寄り掛かって座る。何度も体を強く打たれたせいか、治りかけていた肋骨に激痛が走る。ひょっとしたら折れているかもしれない。

 隣で治療キットを取り出してせっせと応急処置をするノルンを眺めながら、少尉も開いた手で足などを消毒しては縫合用ホッチキスを打ち込んでガーゼとテープを強く押し付けて止血する。それから抗生剤を飲み下してほっと一息つく。

「あの、これ――」

「鎮痛トローチ? ああ、いえ、大丈夫です」

「でも――」

「痛みがある方が生きている実感がするので」

 そう冗談めかすと、少尉は不器用に作り笑いを浮かべた。ノルンも頑張って笑う。

「行きましょう。ムム、案内して下さい」

 壁を伝ってよろよろと立ち上がる少尉に、すかさずノルンが肩を貸そうとしたが立ち上がった少尉がその頭を少しなでるだけで終わる。

『――そコを出レバすグワかる』

 その言葉通り非常階段の区域から出ると、視界一面に隔壁の正体が出現した。

 その階層の中心に一本、太く伸びる円柱。その周辺を、暖かい日光が包んでいた。

「これが、隔壁?」

「明るいです……窓がないのに……」

『――窓ダクトだな。そレト、正確にハソれは隔壁デハない』

「そういえば、円柱状になってますね」

『――ソの中ニ浮いテイる状態ラシい』

「浮いてるって……?」

『――建築ノ事は知ラん。頑丈デ柔軟な紐デ雁字搦めにしテイる状態ニ近イらしイ』

 言っているうちに、二人は円柱の周りを少し進み、入り口らしき自動式鉄扉の前に辿り着く。扉の横には網膜認証と掌紋認証の板がついている。

 ムムにアクセスさせると、すぐにガシャンと音を立てて扉がスライドした。

「「………………」」

 眼前に伸びる黒い道。足元には滲むような白い光が浮かんでおり、通路の壁面には強化ガラスが二重にはめ込まれているが、その外は真っ暗闇だ。

『――まるで地上へ繋がるバリアだな』

「グリーンだったら洒落が利いていたんですけどね」

「少尉さん……あれ……」

 ノルンが油断無く歩く少尉の袖を引き、それを見せる。

 窓の外の暗闇に目が慣れてくるとその地底深くに、丸っこい何かの先端がいくつも並んでいるのが見えた。

「旧世代の最終兵器――」

『――ナるホど、こコカら直接外縁の発射台ニ運び込マレる仕組みナノか』

 設計図を見ていたムムは、この空間が何らかの倉庫で、外側に直結していることは知っていた。実際に見ると確かに核兵器の格納庫として作られているが、それだけでなく、迎撃用のミサイルコンテナなどもある。

「そして、この先が――」

 緩やかに下る通路の最奥に佇む、入り口と同じ自動式の鉄扉。

「……この先に敵はいますか」

『――わカラない。申し訳ナい』

「そんな……」

『――少尉の発信機かラ発セられル電波がそノ通路では全テ反射さレテいルンだ』

「じゃあ、どうやって通信を――」

『――コの要塞に接続すルたビに内部の通信シすテムを間借リしテイる』

「一応聞きますが、この基地を乗っ取ったりはできないですよね」

『――ムリダナ。こノ要塞の根幹ハ防衛でもセキュりてィでもナク攻撃・迎撃シスてムだ。そコに〈セリブラム・ラプラス〉が居座ッテいる以上私にハ何もでキない』

「ど、どうしましょう――」

『――本当に、すマナい』

「ノルンは、どうですか」

「……私たちが入って行くのだけが見えます」

 二人の話を聞いた少尉は深く息を吐いてレシーバーを取り出した。

「――とりあえず、入ってすぐ死ぬことはないということでしょう」

 そして、ロックを解除させる。

『――いや待てこれは――急イで中ニ入レ‼』

 すぐに、ムムが叫び、扉がスライドする。

 二人は飛び込むようにして内部に入り込み、少尉はノルンを背中に庇いながら小銃を構えた。

 なぜムムが叫んだのかはすぐにわかった。

「――離れて」

 背中でノルンを押し壁際に寄る。振り返った二人の正面にあった通路は次々と爆発を起こして奈落に落ちて行った。

『少尉。君ならここまでたどり着けると思っていたよ』

「――っ!」「ボートっ」

 どこからともなく響く声が、二人に緊張を走らせる。

『この基地にはいざという時の為にこういう機能がついていてね。まあ脱出路が無いわけじゃいから安心するといい。私のところまで来れればだがな。待っているよ』

 そこかしこで爆発が起こり、地面が揺れる。

『――ココに接続サてイル通路が全テ爆破サレた』

「少尉っ――敵が来ますっ――!」

 ムムの報告と、ノルンの心拍数が上がる瞬間が重なる。

「――っ、こっちです」

 瞳が怪しく揺れるノルンの手を引いてすぐに壁沿いを移動した。

 記憶を頼りに、直線の壁を進むと、すぐその先から無遠慮な足音が多数聞こえる。

「止ま――いや――くっ――少尉っ!」

 極限まで未来を見る少女が、咄嗟に体にしがみついて壁に押し付けるように引っ張る。

 抵抗せずに受け入れると、鼻先を銃弾が掠めた。

「いたぞ! こっちだ――」

「うっ――こっち――いや、こっちです!」

「――ッ」

 深く、深く入り込んだ鈍色の瞳が虚空を見つめながら少尉の腕を引っ張る。

 それに従いながら位置を変え、見えた敵に片っ端から反撃する。

 しかし、敵も射撃よりワンテンポ早く位置を変えて射撃を避け、銃弾は柱にめり込む。

「う、後ろもっ! ――駄目っ、おっ――う、後ろです!」

 即座に体重移動の要領で体を動かして位置を入れ替えると、柱の向こう側に射撃する。急に体を揺らされたノルンが嘔吐きながら腕を引き、半歩下がった少尉の頬に掠り傷が刻まれる。

「――前っ」「――!」

 弾切れと同時に弾倉を捨てながら小銃を上下反転させ右脇に挟む。左手で拳銃を抜いて牽制射撃をしながら右手で再装填する。

「――っ! 少――いっ――」

「――はあ――は、い――」

 互いに体を引っ張り合い、倒せず倒されずを繰り返しながら少しずつ扉に進む。

 しかし、消耗という概念がない敵の〈ラプラス〉に比べて、あからさまに疲弊していくノルンの足が徐々に鈍っていく。数も圧倒的に無勢。

 おまけに情報が伝達した敵は少尉と一定距離を開けて戦うことを意識している。

 扉に近づくほど、二人の生傷は増えて行った。特にノルンを庇っている少尉の傷は深い。

「――ック――ガッ――」

「少尉!」

「しまっ――」

 隔壁前の柱に到達した時、少尉の足の感覚が一瞬失われ、片膝をついた。相手を抑え込んでいた攻撃が途切れ、ここぞとばかりに敵が柱の隙間を縫い少尉を仕留めに掛かる。

「    」

 ノルンが何かを叫んだ。

眼前には銃を構え走り迫る敵。体を逸らせば射線は避けられる。だが、後ろには――

「――――ッ!」

「なん――」

「ォォォオオオ」

 咄嗟に敵の銃身を掴んで頭上に持ち上げた。発射された数発の弾丸の内、最初の数発が肩口を抉り、残りは天井にぶつかる。

「は、放せ――」

「断る!」

 そのまま小銃を奪い取ると立ち上がりながら振り上げて顎を打つ。脳震盪を起こしてふらつく体に銃を絡めて腕関節極めると、後続の敵に向かって撃つ。

 もちろん敵はそれを避けたが、肉盾の首筋にナイフを押し当てる隙はできた。

「そこをどけ……ノルンこっちへ」

「は……は、い……」

「その盾に意味はないぞ」

「なら撃てばいい」

「…………た、頼む……」

「…………」

 三人を囲む敵は油断なく銃を構えていたが、誰も撃たない。

 盾の価値以上に、少尉が避けずに反撃できること――つまり撃った人間が確実に反撃を受けると皆理解していたからだった。私兵でなく傭兵である彼等には、誰もその覚悟はない。

「そうだ、それでいい……ムム」

『――開イタぞ』

 息を切らしながらノルンが端末を繋ぎ、背後にある扉が大げさな音を鳴らして開いた。

『――第二隔壁周辺ニ敵は見えナイ。トは言エ、こコマでくルと何があルかワカらなイが』

「……先に入っててください」

「でも――」

「大丈夫。すぐに俺も追いつきます」

 敵を見据えていた少尉には、ノルンの表情が分からなかった。それでも彼女が後ろ髪引かれるように壁の向こうに進んでいくのを感じた。

「ムム、この扉の権限を奪って制御できますか」

『――少シ時間をクれ』

「わかりました。では皆さん、すこし話をしましょう――」

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