最終章 ~Departure~

 空が白み始める頃、装備室で少尉は装備を精査する。

 ガンラックから取り出したHK416Cを、ジョナサンと共にギリギリまでドレスアップし、最高の小銃を組み上げる。

 相棒ともいえるHK45ハンドガンの動作点検を入念に行い、それから戦闘服に身を包む。動きやすさを重視して防弾プレートは最小限に。

 頭に取り付けたのは小型のカメラ。これでノルンとムムに視界を共有できる。

 そして最後にコンパクトなタクティカルベストを被り。予備弾倉を仕舞う。

「ヘリの準備をしてきます」

「ありがとうございます。ミスター・ジョナサン」

 一礼したジョナサンは部屋を後にする。残された少尉は大きく息を吐いて、少しの間黙想する。

 そして、再び目を開けて歩き出した背中に声をかける者がいた。

「ほんとうに、いくのね」

「……ああ」

 振り返らずに、応えた。

「しんじゃうわ、きっと」

「わかってる」

 体が震えることも、脈拍が上がることもない。

「でも、やっと選んでくれたわ」

「ああ。ずっと、待たせてすまなかった」

 幻の少女が、少尉の背後でくるくるまわる。

「ほんとうに死んじゃうよ」

「あの子の命を助けて死ぬのなら、それが一番いいさ」

 ずっと、逃げてきた。やっと向き合うことができた。

「ふふっ、やっと――やっと選んでくれた」

「ああ。なんのことはない。簡単な話だったんだ」

 それこそ、最初から間違っていた。

「そうかしら?」

「ああ。ボートも俺も、こんな力を持つ人間がいるから世界はおかしくなったんだ。生き残るべきはあの子だよ」

 あの日、あそこで選んだ最初で最後の契約。

「そっかぁ、あの子は罪滅ぼしに利用されちゃうんだね」

 その子の白いワンピースがふわりと広がる。

「それでも、あの子が生き残って後の世界見て成長していくなら、俺の命に意味ができる」

「それでも、あの子が生き残ってこれからの世界見て成長していくのなら、俺のこんな命にも意味ができる」

 一瞬の間が、彼女が驚いたことを示した。

「己の死で私の意味を残して。己の生であの子に意味を託すのね。それってとっても――」

「少尉さん?」

 正面の扉から、ノルンが覗き込んでいた。

 オーダーメイドの黒い行動服に身を包み、頭にはちょこんと単眼の暗視装置〈ラプラスの複眼〉が乗っている。

「あ、ああ――行きましょう」

「…………」

 不思議そうな顔をしていたノルンは、緊張を悟られないように微笑んだ。

「はい」


 ヘリに乗り、プロペラとエンジンが生み出す轟音の中。通信機を起動して目を閉じる。

 隣に座った少女が不安そうに、窓の外の景色を眺めていた。

『日の出です』

 ジョナサンのその声と共に、顔に赤い熱が差したのが分かった。

 爆発するような拍動に引っ張られて揺れる少女の手を、目を閉じながら探る。探って握る。

『諸君、聞こえているだろうか』

 この作戦に参加する、誰しもが、その声を聴いた。


『ビールクト・ボート、および〈セリブラム・ラプラス〉の待つ海上要塞は次世代核戦争を予見し合衆国が建設した古代の遺跡だ。ボートはそれを太平洋上から地球のどこへでも核攻撃可能な海洋拠点とした』


『内部には、彼が国家に所属していた頃から志を共にする特殊部隊員。それに加えて各民間軍事会社から選りすぐりの兵士が集結している。そして彼らは皆〈ラプラス〉を装備し、要塞内に配置され無数のマイクロドローンと、その最深部に佇む〈セリブラム・ラプラス〉と接続し精度の高い未来予知を可能にしている』


『〈セリブラム・ラプラス〉によってモスクワを核攻撃し、確実に迎撃することのできない、未来に着弾する核兵器を証明した暁には、ボートは太平洋の中心から世界を支配するつもりだ。そして、人類同士の殺し合いを加速させ、終末を海辺から観測し続けるだろう』


『総員傾注』


『奴の――世界の支配を止めるには、これが最後のチャンスとなる』


『世界の未来は君たちに託された。命の限り、死力を尽くせ。私は最後まで見守っている』


『この任務の失敗は、世界の、人類の終焉を意味する。ビールクト・ボートの殺害及び〈セリブラム・ラプラス〉の破壊。これは絶対命令だ』


『奴の、人類への冒涜を、絶対に阻止せよ』

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