第二章 第四節
≫〈ダビー・マイヨル〉ラウンジ 04:05:02
「納入されたのはただの暗視装置だった?」
超豪華輸送機こと〈ダビー・マイヨル〉に回収された少尉はシャワーを上がり、ラウンジに辿り着いて開口一番そう聞いた。
「ああ、基地で指揮を執っていた一番偉い人に丁寧に教えてもらった」
きっと丁寧に教えさせた、というのが正解だろう。
一足先にシャワーを終えていた少佐は平然と答えた。
「納品書も確認した」
リモコンを操作すると現地語で書かれた紙の写真がスクリーンに映る。
その名前を見て少尉はハッとする。
「これ、確か一時期有名な軍事企業が試作していた型番ですね。こういう形だったんですね」
一台あたりにかかる費用と利便性から正式に開発されることはなかったと少尉は聞いていた。
『こちらも確認した』
写真の奥から声が聞こえ、少佐が操作するとスクリーンに指令が映った。
向こうからはこちらがどこかの高級ホテルにいるように見えるだろう。
指令の後ろにはブラックパンサーとザムザの姿も確認できる。どちらもさすがに疲労の色が見えるが、それ以上に仲間を失った失意が漂っていた。
少佐によると、イゴールは最期まで「政府軍の回し者」一点張りだったという。
「ただの暗視装置……これが例のゲームチェンジャー兵器なのですか?」
『……君たちはどう感じた? 実際に戦ってみて』
指令に問われ、パンサーと少尉は黙り込んだ。
少し考えてから、先に少尉が口を開く。
「正直、あの程度では世界は終わらないと思います」
『まぁわかんねえこともあるが、俺たちが生きて帰れてきたってことは――いやそれ以上に相手が人間である以上ゲームチェンジャーとまでは思えねぇな』
「しかしあの高度な立ち回りと先読み――まさかC4Iか?」
「あぁ……あったねそんなの」
少尉が思い当たったのは、かつて世界の軍隊で流行していた〈C4Iシステム〉――今では世界的に軍事費の予算が縮小しているため採用している軍は無いに等しいが、ごく稀に予算の潤沢な軍事企業が採用していると聞く。
簡単に言えば戦場にいるそれぞれの部隊・個人が得られる情報をコンピューターでリアルタイムに処理して部隊間で共有し、刻一刻と変化していく戦場に柔軟に対応するというシステム。
『確かに普通の戦闘では脅威たり得るだろうな』
指令もそう評価したが
『しかしあの暗視装置にそのような機能はなかった』
と続けた。
二人が回収した敵の遺品。六つ目のレンズとむき出しの回線や小型のボックスが幾つか取り付けられた粗雑な工作品のような代物だった。
パンサーはそれを回収し、恐らく指令の指示で誰かが解析したのだろう。
『録画機能があったため、映像を復元し確認したが君たちの顔は暗くて映っていなかった』
「待ってください。それじゃあ暗視装置としても機能していなかったということですか?」
『君たちとの戦闘中に故障していたのでなければ、そういうことになるな』
あの密林は月が明るいこともあり闇に慣れればそこまで暗い戦場ではない。資金が無い部隊なら暗視装置を調達しないというのはおかしくない選択だ。それでも使わないよりは戦力になると考えれば無理に理屈をつけられなくはない。
「もし本当に暗視装置でないとしたら、ただの鈍器になるね」
『ますます訳がわからねぇ』
パンサーはパイプ椅子にどさっと座ると天井に向けた顔をタオルで覆った。
「でもあの司令官は普通の暗視装置として受け取ったと言っていたね。格安で買えたと」
『在庫処分とでも思わせられたのだろうか』
「だとしたら納品数が少なくありませんか」
『それに、後始末の部隊がわざわざ乗り込んできたのも気になる』
「「…………」」『『…………』』
ついに皆黙り込んでしまった。
『……どのみち作戦は失敗した。次はないと考えてくれ』
「しかしどうするんですか? ボートの位置はわからないんでしょう?」
『先ほど装置に録画機能があったと言っただろう。送信されていたのでその先をつきとめた』
「なるほど」
指令は映像内で地図を表示すると、拡大して見せた。その位置が示すのは――
「――モナコ公国」
時代が進んでもなお、世界の富豪が高級リゾート地として集まるフランス地中海沿岸に君臨する独立国家だった。
「まあ、らしいと言えばらしいね」
少佐がそう言ったように、現在この国に訪れる人間の大半は軍事業界で活躍するセレブたちだ。
「別におかしなことではない――はずですね」
世界を滅ぼさんとする男が訪れるところとしては、妙に違和感があった。
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『ちょットいイか』
指令達との通信を黙って聞いていたムムが、通信を切ってしばらくすると二人に話しかけた。
二人はソファに座り、ジョナサンの淹れたティー・ロワイヤルを手に疲労を癒している最中。
「何かわかったかい? ムム」
少佐は背中越しにスピーカーに応えた。
実は少尉がパンサーに暗視装置(仮)を渡す前にデータをコピーしてムムに送っていたのだ。
二人はこういった事態に対応できるように幾つかの型式に対応可能な小型USBを持っている。端末に差せば十秒でデータを抜き取ってムムに送信できる仕様だ。
『少尉に送ってモラッたデータをずっト解析してタンだが、あのジジイ狸だぜ』
珍しくテンションが高い。
『暗視機能ガなイッてのは確カラしい。映像録画機能も確かニアったし、送信先も特定でキた――ダがそレだケじゃナい』
「ほう」
『ブラックボックスだ』
「ブラックボックス? 録画機能のことではないんですか?」
少尉がそう問うと、スピーカーの向こうで『ちっちっち』と指を振るような雰囲気が漂った。
『そっチジャない――二人は私がいつも不明なデータを解析するときにどういう手段を取っているか知っているか?』
「確か、AIに自動で解析を任せてから自ら手を下すか判断するんでしたっけ」
『大体そンナとコろだが正確にハ違う』
『大体そンナとコろだが正確にハ違う――以前私ガ人間の脳をコぴーすル技術にツイて話したこトガあったナ』
「ええ、ですがあれは失敗したのでは?」
『まア話は最期まで聞きたマエ』
そう言われて少尉は黙る。少佐は長くなりそうなので冷蔵庫からプリンを持ってきていた。
『そウダな……少し説明ガ難しイナ……』
「わたくしがお手伝いいたします」
二人に紅茶のお代わりを注いだジョナサンが名乗り出た。
『そウか。ありがトウ、バトラー』
「いえいえ」
あれは簡単に言えば脳そのものをデータに起こして、その脳と同じ機能を持つコンピューターを作り、脳の構造・働き全てをコピーするという試みなんだが、当たり前だがこれには生きたデータ──つまり人間の生の脳みそがいる。
あぁ待て待て別に水槽に浮かべて電極で繋いだりするわけじゃないぞ。そんなに難しい話じゃない。やることと言えばデータを取ってコピーするだけだ。そう、この技術自体はもう既に完成されている。
じゃあなぜ積極的に使用されていないかっていうと、もちろん現状のPC相手に敵う脳みそを持っている人間が少ないってのはあるが、それ以上に分からないことだらけだからだ。
それでさっきの話になるが、実は私が解析用に使っているのは私の脳データを基礎に再構築した自立型のAIなんだ――つまり私の優れた妹ということになるな。
最近の技術はあえて空白を作ってデータの蓄積から学習させるモノが多くてな──それが妙に人間的だから私もまだまだ現役でいられる。
だが、機械の成長の余地を除けばコイツがデータの海では最強の存在だと私は感じている。
おっと、話が逸れたな。
でだ、コイツ――私は〈解析ちゃん.exe〉と呼んでるんだが、この子はバージョン2なんだ。
そう、コイツは一度壊れている。なぜかって? 当時この中身を、この子自身を使って調べようとしたんだ。
もともと自分の脳の構造を数字で知りたくてコピーしたからな。
そして、いざ実行しようとしたらな
──壊れたんだよ、何もかもが。
あの時は本気で焦ったよ。解析に回したリソースから侵食されるみたいに次々と謎のエラー吐いて暴走しだして。
ここまで言えば、何が不気味か言わなくてもわかるよな。
そう、これは抜き出したものをあえてわからないまま使っている技術だ。
他のもので補って機能を強化することはできる──だが、その中心にあるモノを知ろうとすると、まるで知ってはいけないモノみたいに全部壊れる。
〈ブラックボックス〉――コイツは仮初の希望で蓋をしたパンドラの箱なんだ。しかも箱をひっくり返したところで一片の希望も存在しない。
少尉が送ってくれたデータで〈解析ちゃん.exe〉が半分ほどもっていかれた。
『問題ハ』
難しい言葉や専門用語を日本語で話した少女は、それをわかりやすい英語で噛み砕いてくれたジョナサンに礼を言う。一礼した彼は二人の使った食器を回収するとキッチンに消えた。
二人は黙ったままだった。
話のスケールもそうだが、それ以上にジョナサンがムムの口癖、雰囲気を宿して翻訳するので困惑していたのだ。
『コのブラックボックスがどンナ機能を持ってイて、ドウ使わレルことヲ想定しているカだ』
「確かに、そう聞くと急に世界を滅ぼしかねないゲームチェンジャー兵器に聞こえてくるね」
「……指令は機能を知っているのでしょうか」
「知っているんじゃないかな。言えない理由はいくらでも想像できるけど、例えば上から口止めされているとか」
「その上の人間がいるのかどうかも私たちは知りませせんけどね」
『人間じゃナかったリシてな』
「さすがにそれは……うーん、どうだろ」
「ありえまんせんよ。あまりに非現実的すぎます」
「でも機能に関しては非現実的な最新技術かもね。異世界転生装置とか高次元圧縮収納機能とか」
「真面目に考えてください」
少佐は「真面目に考えてるよぉ」と肩をすくめる。顔が真面目じゃない。
「どれだけ考えたって仕方のないことさ。それに――」
「私たちが失敗すれば、嫌でも見ることになる」
少佐は笑って「世界を救うのにね」と付け加えた。しかしその目がいつも以上に真剣に、暗く光っていた。
その瞳に射抜かれて少尉は思わず黙る。
『お前ら……一体どンだけヤバい仕事に首突ッ込んジマったんダ?』
他人事のように言うムムに少佐は「世界が救えるならこれが天職さ」と言ってラウンジを後にした。
**************************************
電気が完全に落ちた部屋で、ザムザは手元の明かりを頼りに自分の得物の整備をしていた。
分解し、清掃し、それから組み立てて各部のかみ合わせを確認する。
「お前――」
ぱちり、と弱々しい蛍光灯の電気が点灯し、背後に一人の男が立つ。
生き残った、たった一人の戦友と言うべきだろうか。
「ああ、起きてたのか」
「お前と同じだよ――お前、それ――」
「癖、みたいなものだ」
パンサーは驚きこそしたが、それについて何か言うことはなかった。
暗闇の中、ザムザは涙を流しながら手を動かしていた。
「どれだけ悲しくても、それを理由に手を止めるなってな。昔隊長が教えてくれた」
「そうか」
「ああ、泣いている暇があるなら、泣きながらでも手を動かして生き残るための準備をしろって。それが、仲間の死を背負って生きていく、ということなんだってさ」
「ああ……イゴールは――」
その先を躊躇う空気を感じたザムザは、ぽつりぽつりと、雨だれのように語った。
人が人に向かって行うとは思えない所業の末路。それが済んでしばらくは、パンサーも声を出せなかった。
「あの女、レグルスは、俺らが思っている以上に人間なのかもしれないな」
「どういう意味だ?」
「あの状況。本来なら俺らがわざわざイゴールの状態を見に行く理由も、まして楽にしてやる必要もない。なんなら、それは本来、推奨されない行動だ」
「ああ」
それを、わざわざザムザに問い、痕跡が残るのを覚悟で介錯まで買って出た。
その行動がなければ、二人はイゴールの最期の言葉を聞くこともない。
「俺の勝手につき合わせた、それなのに俺は――」
「ザムザ……」
「……お前の方はどうだったよ。ちゃんと仲良くできたか?」
パンサーが肩に置いた手を振り払うように話題を変える。
「あ? あ、ああ、そうだな……あいつは、滅茶苦茶強かった、ただ――」
言いながら、パンサーは振り返る。
オルニットのあの異常な強さ。そして――
「昔、ああいう奴を何人か見た」
「そうか、お前確かDEA(※麻薬取締局)出身か」
「ああ、実働部隊だったからなおさらな」
そういうところには、必ずいる。優秀だったが辞めていく人間。
思えばもう随分と前に感じる。その時上司だった人間が、後に傭兵に転落した自分の元に来て、今の仕事があることも含めて。
「そうか、あいつは子供を――」
「正確にはわからんがな」
「どういうことだ?」
「アイツは――」
言いながら、背中から見たオルニットのことを思い出した。
「普通、子供を撃ったことのある人間は、二度と銃を握れないはずなんだ。なのにあいつは、むしろ子供との――少年兵との戦い方を熟知しているように感じた」
「少年兵との戦い方……」
少年兵と戦うのは、普通の戦闘員と戦うより難しい。
相手が子供とは言え、手に持つ武器は簡単に自分の命を奪える。
手を抜くわけにはいかない。だからと言って、容易にその若芽を詰める倫理観を持ち合わせる人間も少ない。
自分の命を天秤にかけた時、その反対側に乗るのは自分が背負う罪の数だ。
それを絶妙なバランスで保ち、彼は殺さず殺されずを成していた。ただ一点を除いて。
「自分の首に十字架を懸けたまま、それに向き合って壊れる寸前まで戦い続けている――俺はそう感じた」
「そうか……難しいな。誰にせよ自分の命に加えて他人の命まで背負って生きていくのは」
「……まあ、本当のところはわからねぇけどよ」
もしそうだとしたら、あの戦闘中に浮かべる表情の意味が、パンサーにはわからなかった。
彼が背負うことになった罪の色は、きっと黒でも白でもなく、灰色だ。
≫仮設作戦室 05:43:09
明かりの完全に落ちた部屋、デスクに置かれた唯一の光源を頼りに、指令は写真を睨む。
その行為に意味はない。写真に写る男はずっと追いかけてきた男だ。
状況は、常にこちらが有利。だが、たった一度先手を取られただけで、その距離が詰まることがない。
(――まさかもう既に――)
指令は頭を振ってその考えを捨てる。写真を処分すると、背後に人の気配を感じ振り向く。
「少し、いいですか?」
一人の女性に連れられて、自分の前に立つ少女――フランスの飛行場でも密かに少佐たちを見ていたノルンとソフィアがそこにいた。
今回の作戦でも、四人の装備に取り付けた小型カメラから送られ来る映像を見ていた。
「ああ――ああ、先に聞いておきたいことがある。どうだった二人は?」
「――どちらかが確実に、そうだと思います」
この少女との縁も、あの男を追い始めてからだ。出会った時から変わらず、およそ同じ年の少女には無い独特な雰囲気。
そうなるまでの過程も、その原因も知ってはいるが、知っているだけだ。実際に見てきたのではないから、どうしても普通の少女のように扱ってやれない。だからその一切を彼女と最も付き合いの長いソフィアに任せている。
「でも、まだどちらが確実にそうかとは断定できません。見える範囲は確実に増えています」
「そうか……」
「だからこそ――提案をしに来ました」
そう言うと、後ろに控えているソフィアの肩がかすかに揺れた。
「提案……とりあえず聞かせてくれ。認めるかどうかはそれからだ」
デスクからの間接光でも、彼女の瞳に絶対に認めさせるという意思を感じた。
「次の作戦に、私も参加させて下さい」
「それは――」
「私が直接行けば、見える情報も確実に増えます。もし奴が〈祖父殺し〉だとしても、私と彼らが要れば上回れます」
「わかってる。言いたいことは十分わかる。しかしリスクがありすぎる。それを認めるわけにはいかない」
「次の作戦ならリスク込みでも十分可能です」
「いやしかし――待て、今次の作戦と言ったな」
「…………」
少女は強い意志のまま、逃げ道を塞ぐように堂々と立ち、真っ直ぐに見つめてきた。
「作戦のことは、まだ誰にも伝えていな――見たのか?」
「……世界中のニュースと新聞を見て、読みました。あなたなら、こうするのが最短で最善だと考えると」
他の誰でもない、ただのノルンであれば、彼女はただの天才少女として人生を終えていただろう。
指令は常々それを実感する。
「……いや、君の言っていることは正しい。だが君を失うのは……もし失敗すれば――」
「失敗すれば次は世界の終わりです」
「…………」
「私一人の命で、世界が救われて、あれが葬り去られるのなら、私は構いません」
「ノルンっ……‼」
小さく悲鳴を上げたのは、ソフィアだった。それでも彼女はぐっと堪える。
君みたいな小さな女の子がそんなことを言ってはいけない――諭すのは簡単だ。だがそれは、彼女の人生を否定することになる。そんな偽善じみたことを、世界を救おうとしている男の矜持が許すわけがなかった。
「それに、あの男の人は子供を助けます」
「少尉……オルニットのことか」
「ええ。私はあの行動で確信しました」
少尉が囮を申し出た時、指令はノルンに相談した。
そして、彼女の判断で部隊を二つに分けた。それは彼女が二人のどちらが〈祖父殺し〉であるかを判断するためだと考えていた。
「そうか、君はフランスで一度オルニットに助けられた経験があったんだったな」
「はい。あれは、彼が私と組めるかどうか判断する為でもあったんです」
「なるほどな」
「想定通りに事が進めば、私は彼と組むことが確実にできます。そしてもし彼がそうなら――」
「それは、もしオルニット君が当たりだったらの話だろう。それに、君がどれだけ優秀だろうと見た目も年齢もまだ子供だ。一人であそこに紛れ込むのは難しい」
「それは……」
言葉を遮られ、否定しきれずにノルンは口ごもる。
「私が同行します」
「ソフィアっ!」
それまで黙っていたノルンのよき理解者は、震える声で割り込んできた。
その声は恐怖で震えているようではなかった。
「なおさら認めることはできない。その場合死体が増えるだけだ。何のメリットがある」
「そうよ! 駄目よソフィアっ! それは私が認めない‼ 私だけならまだしもあなたまで巻き込むわけにはいかない」
ノルンはそれまでの気丈な態度が嘘のように、少女らしく取り乱した。
さすがのノルンでもソフィアの意思は見えていなかったらしい。
「それは違うわノルン。私はとっくに巻き込まれているの」
「――っ、それはっ――」
「あなたが命を懸けて償うのなら、私にもそれを背負う責任があるの。あの人があなたの姉妹を生み出すのに、私は十分関わっているのだから」
「そ、それならもう充分よ! 私はあなたに救われたわ。言葉じゃいい表せないくらい」
少女の声が恐怖で震えていた。
「そうね、半分くらい今の話は嘘よ、本当はあなたを私の知らないところで失いたくないの」
「そんなのわがままよ!」
「貴方はこの世界に必要な人。ならせめてあなたの命は、私が救いたいし、そうやって未来に繋ぎたい。あなたの言う通りただのわがままね」
「私は、必要な人間なんかじゃ──」
震える声は、ソフィアが肩を抱いたことで止まった。
「わかってる。本当は怖いはず。でもこうするしかなかったのよね。あなたは賢いから」
続く言葉はなかった。ただ嚙み殺すような呼吸が、微かにソフィアの肩越しに聞こえた。
「わたしはまだ許可するとは言ってないんだがな……」
完全に蚊帳の外だった指令が席払いすると、苦笑いを浮かべたソフィアがそちらを見た。
「ごめんなさい指令さん。でも私も譲れません」
「似た者同士、というわけか」
「ええ。それに、この子が言うようにあの人が守ってくれる気がするの」
「そう簡単にいかないのが戦場だ……わかった、何とか手配してみよう」
指令は頭を掻いてため息をついた。
作戦そのものに穴はない。だが今までも同じ条件で逃してきた以上、何かしら決定打が欲しかったところだ。それが、こういった形で舞い込むとは思ってもみなかった。
可能性が増えたことを素直に喜べなかった。
≫??? ??:??:??
「――ボートさん」
「ああ、戻ったか。それで、どうだった?」
「ええ、やっぱりボートさんの見立て道理でした」
「そうか……〈組織〉が追いついてきた、と見るのが正解だろうか」
「わかりません。でも何で急に――ここ最近まで順調だったんですよね?」
「ああ、共和国まではな」
「では、やはり共和国で〈組織〉に何らかの変化が?」
「……これを見てくれ少将」
「これは――試作型に勝っている?」
「ああ、わずかにだがな。この直前の戦闘では圧倒的だった部隊がこの損耗率。それにこの戦闘」
「顔が見えませんね。政府軍にも見えませんが、傭兵だとしたら相当な練度ですよ、こいつら」
「君と戦ったらどっちが勝つだろう」
「そりゃあアレを使えば――まさか」
「可能性はある、と私は考えている」
「そんなまさか」
「まあ、それを抜きにして、私はこの男と一度話してみたいと思っているんだがな」
「こっちの男ですか? ――コイツ笑ってますよ?」
「ああ」
「狂ってんですかね」
「いや、私の見たででは少し違う。こういう人間はなかなか珍しいぞ」
「どういうことですか?」
「いずれ会うことになればわかるだろう」
「――?」
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