第二章 第三節
「あれだね」
B班を囮に道を進んだA班の少佐ことレグルスとザムザは、その後トラックの轍と合流した。
それを避け急な斜面を登り、現在は斜面から真っ直ぐと空に伸びる樹木を足場にしていた。
「いや、あれだねって──」
単眼鏡を手に持ち、湿った土を背もたれにしながら光を最小限に絞った革命勢力の基地を見下ろす。
「うーん……警備兵はまばらにいるけど、人は少ないね」
「いや、あの──」
「お、コンテナ見つけたよ! 中身は……さすがにわからないね」
「ええっとですね──」
「さて……イゴール君はどこかな」
「ちょっと‼」
「大きな声は出さないでおくれ」
「いい……ですか……」
ザムザは単眼鏡を手に持っていても、目に当ててはいなかった。
「なんだいザムザ君」
「おめぇは……さっきの、気にならないのか……」
ザムザにとって女性とは、対等であって下手に出る存在ではない。少なくとも本人の中では。
それが、どうしたことだろう。
「さっきの? あーあれかい?」
東洋には人の形に変身して人間を騙したり誘惑したりする狐のモンスターがいると聞いたことがあったが、ザムザはレグルスを見てその話を思い出していた。
彼女の瞳の奥には、本能的に逆らってはいけないと感じる光がある。そしてそれ以上に何か惹きつけられるものがあった。
従わない、嫌悪感を表したりもしない、会話は風に揺れるシーツを手で押しているように掴みどころがない。
(――だからアイツも丁寧に話していたのか? いや)
オルニットは誰に対しても、他人行儀だった。
今でこそわかるが、レグルスに対するオルニットは他人という空気でもなく、それでいて上司と部下という関係にも見えない。
(――強いて言うなら、相棒……)
懐かしい響きだった。
「あれがもしβだとしたら、もう既に作戦は失敗したってことに──なるんだろ?」
仕事に関係のない雑念を払うように、ザムザは話題を続ける。
「そうだとしても、αを探さない理由にはならないし、いないならいないでイゴール君が重要になってくる。どっちにしても、何らかの痕跡を探す必要がある──だろう?」
『――そうだ。ここで駄目なら次で確実に仕留める必要が出てくる。聞く必要はないだろうが、どうせこの通信も勝手に秘匿化しているんだろう?』
「ええ、我々の最強の守護天使が見守っています」
指令はため息の途中で一方的に繋がれた通信を一方的に切った。
ムムからの『私は顔のナい神ダぞ』という通信は少佐以外には届かなかった。
「という訳だ。行こうか」
「はあ」
二人はむき出しの岩や木々を足場に斜面を下りる。
基地に近づくと、周囲を囲うフェンスの死角になる位置に穴をあけて侵入した。
『――私の後をついてくればいいからね』
それだけ言ったレグルスに、その時は眉に皴を寄せることしかできなかった。
しかし、本当にそれだけでザムザは基地の奥へすんなりと侵入できてしまう。
「まるで警備の動きが全部見えているみたいだな」
キャンプの影で三秒だけ隠れている間に聞いた。
「さっき見てた時に何となく位置と巡回ルートを覚えたんだ。この時間帯なら交代もないだろうしね」
次の遮蔽まで歩いてたどり着くとレグルスは教えてくれた。
ザムザも見える範囲での警備の人数と配置は覚えていた、しかし巡回ルートは一目見ただけでは覚えられないほど考え込まれて作られており、死角になり確認できなかった警備のことも含めると複雑に絡み入り組んでいるとしか考えられなかった。
「何事も経験だよ。繰り返しているうちに死角の警備の位置や動きも予想できるようになる」
レグルスは平然と答えたが、人間離れしているとしか思えなかった。
そうして、二人は一度も引き金に指をかけることなくコンテナの前までたどり着く。
「警備がいない、やっぱりもう──」
「ああ、持ち出されている」
コンテナは二つとも空だった。
「計画を早めた……って考えるのが妥当なんだろうな。どこから情報が漏れたのか……」
「あくまでイゴール君ではないと?」
「あんたわかってて聞いてるだろ」
「どうしてそう思うんだい?」
「そのにやけ顔がムカつく」
レグルスは「ふふ」といたずらっ子の少女のように笑うと「じゃあ」と続ける。
「直接聞いてみようじゃないか」
コンテナの影から指さした先には丸太を組んで建てられた建物が見える。
その二階に位置する高い窓から淡い光が漏れていた。
「……念のために指令に報告しておくか」
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少し時間は戻って。
B班は少年兵に次いで現れた勢力と距離を離しながらA班に合流するべく革命勢力基地に近づこうとしていた。しかし──
(――距離が離せない。それどころか──)
固まって動いていたその分隊は、二人のペアごとに分散し流動的に二人に迫っていた。
まるで蜘蛛の巣のように動くその部隊は、B班を認識していないはずなのに退路を断つように動く。その頭に付けた異形の装備を象徴しているように。
彼らは六つ目の暗視装置のようなものを頭に取り付けていた。
一見してそれは、一時米軍などが主に採用していた四眼式の暗視装置に酷似していたが、レンズから漏れる光が緑ではなく赤色であることや、四つに並んだレンズの上に二つ同じ大きさのレンズが設置されていることで明確に違うと認識できた。
赤く光る六つ目の兵士は、まるで別の生き物のように動く。その動きは──
『――本当にバレてないんだよな? こっちの動きを先読みしてるみてぇだぞ』
事ここに至っては仕方がない。パンサーは最小限に絞った音量で通信を繋いだ。
『――相手に優秀なスカウトがいれば、痕跡だけでこちらの位置を特定すること自体は可能です──ですが、発見しているなら攻撃してこない意図が掴めない』
『――こっちから仕掛けるにもまた別を呼ぶ可能性がある。だがこのままA班と合流はしたくないな』
現に今でも密林の向こうから戦闘音が途切れ途切れ聞こえる。
(――仕方ない)
少尉は奥歯の骨伝導通信機を使う。
『――ムム、繋いでくれ』
『アいヨ』
そして秘匿回線で指令を呼び出すと、一切を報告する。
『なるほどな』
指令は特段焦る様子もなかった。
『…………再び君たちに囮をやってもらう』
誰かと話す小さな声が聞こえた後、はっきりと聞き取れる声でそう言った。
『――A班はαとβを見つけたのですか?』
一瞬、躊躇うようにパンサーが聞いた。囮をするということは、A班の安全を確保することが目的だ。
『現在調査中だ。君たちが基地から戦力を引き抜ければそれが理想だが』
『――了解。できる限り損害を与えて増援を呼び出します』
時間がないので少尉はそう言って通信を終えたが、とてもじゃないが現実的なプランではなかった。
『――政府軍との戦闘地域まで引きずりこんで気づかれないように撤退します。合わせられますか?』
少尉は引き金に指をかけ、辺りの兵士の動きを見ながらパンサーに問う。
『――無理に倒そうとしなくていいってことだな』
『――はい』
現状、得体の知れないものと戦うのはリスクが高すぎる。
最初に狙う敵、その後動く方向を示すと、パンサーの合図を待った。
一歩。敵が自分たちに近づく。
──――そして、肩を叩く感覚と共に岩陰から飛び出した。
左二メートルの位置にいる兵士の頭に照準を合わすと、二度引き金を引く。
マズルフラッシュが脳漿と兵器をまき散らす敵を照らすのを横目で確認しつつ、次の遮蔽に向かって走る。すぐに、少尉の影から飛び出したパンサーが今しがた戦死した敵の相棒を撃つ。
右のレンズが弾け、首から鮮血が吹き出すのを確認する間もなく、走る。
二人は左右に視線を振り、状況を確認した。
敵はすでに戦闘態勢に移っており、大きな声を上げることなく動きだす。
動きに合わせて滑らかに揺れる赤い光が、密林に潜む怪物を呼び覚ましてしまったかのように思えた。
(――手強い!)
その動きだけで、パンサーは相手の練度を察した。
そこらの革命勢力の民兵とは比べ物にならない。軍隊仕込みの──それも密林慣れした軍人の動きだ。
強力な練度から生み出される波に呑まれまいと、前を走るオルニットのバックパックで弱々しく光るケミカルライトに目を凝らした。
まっすぐ走っていたその背中が、予告なく急カーブした。
「――ッ⁉」「伏せろッ‼」
茂みに飛び込んだパンサーの耳元を音速で何かが掠めた。
見るまでもない。向かっていた木の幹を別の敵が先取りしていたのだ。
指示が少しでも遅れていたら──そう考えると背筋に冷たいものが走る。
(――しまッ‼)
パンサーに向けられた銃口がわずかに狙いを修正するのを視界の端に捉えた。今から銃を構えても間に合わない。いいとこ相打ちだろう。
と、その銃口がかすかに揺れた。
(――今だ‼)
そのわずかな隙に付け込んで相手に三発の銃弾を叩き込む。
倒れる兵士の向こう側、木の幹に隠れていたそいつの相棒を仕留めたオルニットが『――こっちです』と招いた。その口元がわずかに上向いているように見えた。
(――こいつ)
オルニットは相手を回避したように見せかけて死角から攻め込んでいた。
パンサーの対応が少しでも遅れていれば、二人は死んでいただろう。
それは紛れもなく、パンサーを信じての行動。
ようやくたどり着いた遮蔽で合流した二人は、相手に包囲されまいと直ぐに動こうとした。
しかし、一歩踏み出した瞬間にオルニットが足を止め、パンサーはそのバックパックにぶつかる。
理由は聞くまでもなかった。
木の幹に寄り掛かる様にして転がる岩の向こう、遮蔽の一歩外に銃弾の雨が音を立てて過ぎ去っていった。その一瞬で二人はその場から動けなくなってしまう。
銃弾が木の幹や岩の端を削り、その場から出すまいと絶え間なく降りそそぐ。
「どうするよ‼」
「…………」
銃弾の音に負けまいとパンサーは声を上げた。
少尉は珍しく三秒も考えた。
「――この制圧射撃は動きません。仕留め役の敵を待ちます」
闇の中で視認できた兵士の人数は十人。そのうち四人を戦闘不能にした。
現状の制圧力を見るに、二人を釘付けにするのに四人、残りの二人がとどめを刺しに来るだろうと少尉は予想した。
「その二人を確実に殺れなかった時が俺たちの最期ってことか」
「どうでしょう。運が良ければ捕虜で済むかもしれません」
「ぬかせ」
パンサーは少尉の背中を叩いた。それは決して悪意からではない。
現状この火線において、この男以上に信用できる者はいない。この数瞬ではっきりとわかったのだ。
あとは信じて任せる他ない。それは少尉とて同じこと。
一人ではこの状況を打開できない。だが、パンサーならついてこれると踏んでいた。
(――こいつは最初から俺の力量を図り信用していた。俺よりもずっと優秀だ──)
二人が隠れている場所に制圧射撃の外から飛び出した敵を見た瞬間、二人は合図もなく、寸分の狂いのない動作でそれを撃った。
僅かに遅れた敵二人の放つ銃弾が少尉の頬を掠め、パンサーの肩を掠めた。
血が滲んでも、痛みは感じない。
背中越しに少尉が飛ぶのを感じたパンサーは動きを合わせる。
少尉は撃った敵の息の根を止めていなかった。
少尉は撃った敵の息の根を止めていない。相手の小銃と足を破壊して、同時に身を低く滑る様にその体まで飛びつくと肉体を盾にしたのだ。
一瞬だけ止んだ制圧射撃の、マズルフラッシュの見えていた方向に右手の小銃を小刻みに乱射する。
追いついたパンサーが肉盾を持つと、今度は両手で小銃を保持し、正確に相手を制圧する。攻守が完全に入れ替わった。
盾を動かしながら二人は残党勢力から距離を取って、二人の体を隠せるくらいの岩に隠れた。
すぐに反撃が来るかと思われたが、一瞬、密林には静寂が訪れた。
「…………」
警戒しつつ肉盾越しに様子を見たパンサーが一言呟く。
「撤退していくぞ」
「これ以上の損害を出せないと判断したのでしょうか」
「まずいんじゃないか。ザムザ達」
ちなみに肉盾の彼は、うめき声を上げながら失神していた。じきに失血死するであろう。
そして、また別の荒々しい足音を二人は聞いた。
「まずい、政府軍が来たぞ」
「追いかけましょう――ムム」
『ずッとオーぷンで繋イでタぞ』
何も言ってこないということは、指令は秘匿回線に関して勘づいていると考えていいだろう。
『――少しまずいことになった。急いでA班に合流してくれ』
呼びかけると指令はこう言い『それから──』と続けた。
『その男の頭についているモノは回収してくれ』
六つ目のそれを不気味そうに拾ったパンサーが見ると、機能は失われていた。仕方がないので少尉のバックパックに縛りつけて、二人はその場から姿を消した。
**************************************
「ここだね」
レグルスとザムザは湿った木造の建物で、土の下に繋がる階段の前に立っていた。
「…………」
「本当に、行くのかい?」
「……ああ」
そこに至る道程には二人で気絶させた警備兵が転がっている。
そして、目の前には地下から漂う異様な空気。
「目的は半分達成している。わざわざ行く必要はないんだよ」
「わかってる。でもだからこそだ」
「……そうかもね」
ザムザは、それまでレグルスやオルニットに見せたことのないような思いつめた表情をしていた。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
二人は、その基地の一番偉い人間に聞いた道のりを進む。
軋む階段を踏み、一歩一歩、深く暗い地下へと進んでいく。
徐々に、鼻につく強烈な異臭。耳に聞こえてくる虫の羽音。
腐敗臭とも刺激臭とも取れるそれは、ザムザに吐き気を促し、まるでそこへ近づいてはいけないと語りかけてくるようだった。
「直接吸わない方がいい。肺がやられる」
「…………」
レグルスは口を布で覆った。ザムザは何も言わずにそれに倣う。
ボロボロの扉の前に立つと、その臭いは一層際立つ。
「開けるよ」
「……ああ」
扉を開けてまず襲ってきたのは爆発するように溢れ返る羽虫の大群。
実際よりも長く感じるそれをやり過ごし、二人は目にする。
決して広くはない部屋の中央に椅子に縛られた状態でうなだれている男が一人。 一つぶら下がる裸電球に照らされていた。
「…………」
「――ッ‼」
両足のアキレス腱から血を流し、胸はX字に斬り裂かれている。
だが、二人が衝撃を受けたのはこの拷問痕に対してではない。
口元から腹まで乾いてこべりついた吐瀉物の痕跡。床に散らばる汚物。そして、体中に塗られた蜂蜜と、それらに集る蝿の群集。
「――ッ! ――っ!」
ザムザは必死に吐き気を堪えた。
耳元を飛ぶ羽音が、鼻の奥を刺激する劇臭が、何よりもついこの間まで冗談を言い合っていた仲間の変わり果てた姿が――ここまでできる人間の狂気が、腹の底から黒い渦となって溢れかえりそうだった。
少佐の表情は確認できない。
彼女は堂々と、しっかりとそれに歩み寄った。
「何か、言い残すことはあるかい?」
「………………」
ザムザにも、恐らくイゴールであろうその男が声を発したのがわかった。
しかし、余りにも弱々しく、今にも消え入りそうなその言葉を聞き取ることは叶わなかった。
「……わかった」
臭いも蝿も気にせず、その口元に耳を寄せて言葉を聞いた少佐はそれだけ言った。
言って、ナイフを取り出した。
「ま、まっ、まってくれ」
「…………見ないほうがいい」
ゆっくりと男が顔を上げる。
照らされるその顔は、絶望に削ぎ落とされたイゴールのもので間違いなかった。
「ありがとう」
「……あ、あ」
少佐はその両目を片手で塞ぎ、上向いた喉仏の根本にしっかりと、しかし丁寧にナイフの刃を沈めた。
ザムザは目を逸らせなかった。しかし、最期まで見届けることなくその場から駆け出した。
蠅を振り切り、地上階に続く階段の下まで来ると、溜め込んだものを全て吐き出す。
胃の中は空で、幾ら吐き出そうとしても喉が焼けるだけだった。
不思議なのは、どれだけ蠅が煩く飛ぼうとも、戦友の苦しそうな息遣いが、その命が零れ落ちるまで鮮明に聞こえたことだった。
それから、背後に足音が迫る。
「終わったよ。行こう」
「――ッ!」
喉がつかえて声が出せなかった。
それでも、体は動く。素早く飛びつくとレグルスの胸倉を掴んだ。
「…………」
「……わかっているだろう」
「――クソッ!」
諭すようなその目線に、耐え切れず投げ捨てるようにレグルスから離れた。
「……すまねえ」
「大丈夫」
「ああ――それで、あいつは何言っていた?」
「『なにも言っていない』、それから『あとは頼む』と」
「…………そうか」
「先を急ごう」
「ああ」
レグルスが先導して階段に足をかけた、その時だった。
二人が立つその場所が大きく揺れ、土の天井からパラパラと土煙が降り注いだ。
同時に、くぐもった轟音が耳に届く。
「なんだ? 攻撃か?」
「行こう」
「ああ」
二人が地上階に上がると、建物が一際大きく揺れた。
屋内には砂煙に交じって黒煙が立ち込め、その向こうで起き上がった警備兵たちが慌てふためいていた。
「おい! 起きろ! 敵襲だ!」
「そっちも手を貸してくれ!」
「まずい! 崩れるぞぉ!」
基地内に何者かが火を放ったことはすぐにわかった。
「急いでここから出よう」
「ああ。もう用もないしな」
煙に紛れるように外に出た二人は銃撃戦を掻い潜り基地から抜け出そうとした。
しかし、ザムザの前を歩いていたレグルスが唐突に足を止める。
「おい、どうした」
「あれ、政府軍の装備じゃないね」
「ん? ああ、確かに……じゃあどこの誰だ」
革命勢力の者たちと戦っているのは、確かに整った装備をしていたが、政府軍が揃えたモノと捉えるには違和感がある。
「まさか」
「何かを感じ取って、始末しに来たのかもね」
「千載一遇のチャンスってことか。どうする?」
「戦闘に紛れ込んで近づこう」
二人はその旨を指令に報告する。
煙のスクリーンに紛れて革命勢力を援護する振りをしながら徐々に敵に近づく。
しかし、近づくほど敵の攻撃は激しく、しかし実態を掴みづらくなる。
敵勢力は、キャンプに火をつけて視界を遮りながら戦闘をしていた。
それでいて個々の練度も協調性も高く、たかが革命勢力の力ではまるで助力にならない。
「これ以上近づくのは危険だね。こっちだ」
「おいそっちは――」
「いいから」
言って、レグルスは予め目に仕込んでおいたコンタクト型のカメラを起動する。
そのサイズ通りバッテリーは極小なので、緊急手段用にジョナサンに準備しておいてもらったものだ。
二人は革命勢力の主力から離れると、敵勢力の死角になるような位置に動く。
『――ここは煙が薄い。バレたら終わりだぞ』
『――わかってる。初めからそのつもりさ』
『――そのつもりって、お前――』
レグルスは有利な位置に着いたにも関わらず、すぐに遮蔽から飛び出して銃撃を始めた。
「――がっ」
「左翼から敵襲!」
「カバー!」
「正面を薄くするな! 陽動だ!」
素早い対応で、即座に反撃が襲ってくるが、レグルスはサッと身を隠す。
「さすがにそう簡単には崩れないね。発煙筒!」
「あ、ああ!」
よく通る声で指示され、ザムザの体がとっさに動く。
バックパックから取り出した発煙筒の煙が充満するより先に移動し、今度は敵の裏を突く。
「――後ろだ!」
「挟まれるな!」
「――敵が立て直すより先に潰すぞ!」
「次だ、撃て!」
掛け声と共にシュルルという音が鳴り、次いで激しい爆発音と爆風が周囲を襲う。
「RPG? 奴ら本気でここを潰すつもりか⁉」
「前に出すぎだ!」
「だが――」
「今回は無理だよ。それに、ボートの姿も確認できない」
「クッ!」
「――ザムザッ‼」
咄嗟にレグルスがザムザの体を掴むようにタックルし、二人して床に倒れる。
ザムザのいた場所を無数の弾丸が通り過ぎた。それから絶え間なく銃弾が降り注ぐ。
「これは、まずいね」
「わ、悪い」
「まあ、何とかなるよ。これぐらいなら」
言って、レグルスは発煙筒を取り出すと遮蔽の向こうに放る。
それでも、銃弾の雨は止まず、レグルスが次の策を考え出した時だった。
「――後方から別部隊!」
敵は新たな勢力に襲われたらしく、一時的に激しい攻撃が止んだ。
『――こちらB班合流しました』
「遅かったね」
『――すいません。こちらも色々ありまして』
「いやいや、助かったよ」
合流した四人は攻撃を再開し、少しずつ撤退する。それに合わせるように敵も後退し始めた。
「――撤退だ! もう充分だ」
「「了解!」」
その様子を、レグルスはコンタクトで拡大する。
(――あれは?)
敵はそれぞれのタイミングで布ともポンチョとも捉えられるものを身に纏った。
次の瞬間、彼らの姿がぼやけ、背景に溶け込んでいくのが確認できた。
(――量子ステルスか)
恐らくは光の屈折を用いて包んだものを透明化する素材の応用だろう。
しかし素材の価格や耐久性からあまり実践で使用されるのを見たことはなかった。
「行きましょう、少佐」
「ああ」
少尉に声を掛けられ、四人は密林を後にした。
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