王女に捧げる

卯月小春

第1話 始まりと終わりと始まり

 ──その瞬間、俺の人生は一色に染まった。


 少し遠くに見える女の子。

 その子はしゃがんで何かを温めるようにしていて優しげな表情を浮かべていた。


 ハクハクと口を開けながら母親の袖を引っ張ると、ん?って首を傾げながら俺が指差してる方を見る。


「ああ、レイア様ね。この国の第一王女よ。あんたがお近づきになることはないけど、失礼があったら大変なことになるからね。遠くから見ているだけにしてね」


 第一王女というわりにはこんな街中にいていいのかとか、わかりやすい護衛はいないようだが大丈夫かとか、母親にいたっては普通の反応だがどうなっているんだとか、色々言いたいことはあったが俺はどんな理由や状況でも今この瞬間、レイア様と出会えた、いやレイア様という存在を知ったことが全てで、神に感謝をしたい。


 とはいえ、王女様にお目見えしたいとか存在を認知されたいとかそんなことは思わない。相手は王女様だ。でも俺には何もせず、ただただ王女様を思うだけなんて到底できそうにもなかった。


 調べたところ王女様は御年13歳。俺と同い年だ。ということは今から本気で努力をしたら、王族や国を守る騎士団に入団することくらいは出来るんじゃないか。

 騎士団は広く一般市民からも募っており、成人を迎える17歳から入団が可能だ。17歳になる頃にはある程度体の成長が終わっていて、かつ様々なことを吸収しやすいという理由だ。俺はまだまだ成長するし、今までは軽くしかしていなかった稽古にも死ぬ気で向き合えば、きっと入団くらいはできる。

 王族直属の護衛騎士になりたいとか、騎士をまとめる団長になりたいとか、夢みたいなことは言わない。俺は俺のやり方で俺にできる手段でレイア様にすべてを捧げるんだ。


 決めたら一直線の俺は、まずは学校の稽古担当に稽古をつけてもらい、次の段階では近隣の指導者に、そしてさらに街の道場に入り、と様々な手段で力を身につけた。成長期には身長が一気に伸び、しっかり筋力強化トレーニングを行い、街で開催される大会では優勝の常連、国が主催する大会では上位に入れるようになった。


 そして迎えた17歳の誕生日。俺は騎士団への入団試験に合格することが出来た。


「6番、ダミアン! 合格だ」

「はっ」


 いよっしゃああああああああ! 叫びたいのをこらえ、片膝をついて胸に手を当てる。騎士団というだけあって、剣を得意とするものが多く、またそれ以外でも1つのことを極めているものがほとんどだった。そんな中、俺はいろんなことを身につけていた。剣はもちろん、柔術に拳法、短剣の使い方なども習った。基本は近接戦を想定し、少しでも入団への可能性を高めるために、どんな部隊へ所属となってもいいように何でも出来るようにした。


 やっと……やっと勝ち取った俺の夢だ。これで王族の、レイア様の力になれる。この身を捧げることができる。


「ダミアン、お前は俺の直属に所属してもらう。普段は城周辺の巡回チームと連携を取り、不審な動きがないかなど広く騎士団全体を見渡してもらう。だが、近接戦を得意とし、様々な手段で相手に対抗できることから、王族が街へ視察する際に護衛として同行してもらう」


 名誉ではあるが、1つの失態が国に関わってくる重い立場だ、とエレイン団長は真剣に言う。騎士団全体を見渡すのはいわゆる上に立つ立場の人だ。なぜいきなり俺が、と思っていたところに続いた言葉。俺は目が点になる。


 王族の、護衛?


 いやいや、出来すぎだろ、と思う。そんなまさかな、とも。どこかで俺の夢を知った悪友が仕掛けたドッキリなんじゃないかと、思った。

 だがエレイン団長は、真剣な表情を崩さない。聞き直してもいいのだろうか。


「早速だが、このあと第ニ王子の護衛として、街へ降りてほしい。今日のローテーションは崩さないから、街への護衛の際に俺たちがどのように動きどういったところに気を配っているのか、しっかり見とけ」

「はっ」


 第二王子はレイア様の弟で、確か今年14歳のはずだ。おそらく身長は俺たちより低いので、周囲を騎士で囲うことができればいいが、そうでない場合ははぐれやすいかもしれない。他に気をつけることはローテーションメンバーの得意不得意を把握すること。離れたところにいる騎士との連携。こんなところか。やるべきことをまとめ、早速団長に確認する。


 流石だな、と感心したように教えてくれる。


「今回は買い物がメインだから、多少人が多いところを通る。ダミアンはローテーションに入っていないが、なにか気づいたことがあったらすぐに教えてくれ」

「はっ」


 わざわざ王子が街へ降りてまですることが買い物?と思ったが市場を見るのも大事だし、感心だなとしか思わなかった。


 だが、その違和感が大事だった。

 護衛任務が無事終わったその翌日、俺は思い知ることになる。


 ***


「号外号がーい!」


 翌朝、俺は動けなくなっていた。


「お、やっと発表されたか。にしてもまあ姫様も長い時間かけて頑張ったよなぁ。簡単じゃなかっただろうに」


 エレイン団長の手には先ほど配られていた号外紙。見出しは『祝第一王女レイア様ご結婚』、副題は『第一王女、市井に下る』『お相手は長年思い続けた平民』。


「7歳のときに街へ降りた際に助けてもらったんだとさ。それから思いを募らせ、街へ足繁く通い、王に許可を取って様々なところへ根回しもして……やっと発表できるまでに状況が整ったらしい」


 いやあ、愛だねぇという団長。


 市井に下るということは王族ではなくなるということだ。当然騎士団の活動や護衛の対象からは外れる。市民を守るのは騎士団ではなく兵士だ。


 考えてみれば思い当たる節はある。あの日、どうしてレイア様はあんなところにいたんだとか、護衛が少なく見えただとか、母親が普通の反応だっただとか。レイア様が想い人に会うためにそこそこの頻度で来ていて、母親はもちろん、周辺住民は全員知っていたとしたら辻褄が合う。逢瀬なら護衛騎士だって邪魔をしないように、レイア様を守れるギリギリの距離まで離れて見守っていてもおかしくない。


「あの、団長……兵士への転職とか」

「手放すわけないだろう?」


 にこやかに言う団長の言葉に、お前みたいに使い勝手が良さそうなのを、と聞こえたのはきっと気のせいではない。


 くっっっそおおおおおおおお!!


 こうして俺の長い長い憧れの騎士生活は始まった。


 fin.

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王女に捧げる 卯月小春 @Koharu_April

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