第10話 霊感少女と巨乳戦士  4

 霊感少女アンジェラは、たまに、空中に向かって何かをぶつぶつ喋っている事があるんだけど、

「ああ・・行きたくない・・行きたくない・・ああ・・行きたくない・・行きたくない・・」

僕が小川から戻ってくると、肩掛け鞄を担いだアンジェラが、そんな独り言をぶつぶつと言いながら、盛りのついたクマみたいな感じで肩を怒らせながら、うろうろうろうろ歩いている。


「何が行きたくないの?何処に行きたくないの?」

 僕の方を振り返ったアンジェラは、紫水晶の瞳を瞬かせると、

「近くに人攫いがいるみたいで・・・」

と、言い出した。

「それは一体どういう事?もっと詳しく説明して欲しいかな」

 足をぴたりと止めたアンジェラは不服そうな表情を浮かべながら僕の顔を見上げた。


「聖地巡礼には若い女の人とかも参加したりしているので、昔っから女性を狙った誘拐が問題になっているんですけど、ここ最近、若い女性だけでなく子供まで連れ去られる事が多くなっているみたいで、聖地巡礼中の私も、色々な人から気をつけろよって言われていたんです」


 確かに巡礼中に誘拐される事件が多発しているという話は聞いているけれど、パヴィア山脈から降りてきた盗賊や野盗に捕まると、身包み剥がされた上に皆殺しに遭うことが多いので、そっちの事件の影に隠れてしまっているのが現状なんだよね。


「それで、この子が助けて欲しいってさっきから言っていて、何でもこの周辺で見つけた若い子がある程度集まったから、次の場所に移動しているところらしくって、ここで放置すれば後は捕まえる事が出来ないだろうって」

 アンジェラが向ける視線はかなり低いので、今回は大人の霊による訴えではないらしい。

「お姉ちゃんはお父さんへのプレゼントを買いに出ただけなのに、こんなの酷いって言っているんですよ。だけど、馬はないし、徒歩だし、追いかけるって言ったって、そんなの難しいですって言っても全然聞いてくれなくって」

「何それたぎるー〜!」

 幽霊とお話だなんて、めちゃくちゃうらやましぞ!


 金持ちの巡礼は大勢で移動するため、一応は巡礼のため歩いてはいるものの、移動手段としての馬は数頭用意されているわけだ。

 急いで近くの商人に話しかけ、カタンザーロの街で絶対に返すという約束で金貨一枚を差し出すと、馬を2頭も用意してくれた。


「馬二頭・・・いや、私、一応馬には乗れますけどね?」

 アンジェラは紺地のシュミーズの上に漆黒のローブを羽織り、腰を麻紐で作った鮮やかなベルトで締めている。

スカートの下にはホーズを履いているので、細かい事は気にする様子もなく馬に跨ると、もう一頭の馬に跨った僕を、頭の先から足の先までジロジロ眺めた末、

「男は八人ほどいるらしいんですけど、エリアさん、大丈夫ですか?」

と、言い出した。


「男が八人!」

 幽霊はそんな事まで教えてくれるんだな!

「女性は二十六人いるみたいですね」

「女性が二十六人!」

 幽霊は詳しい人数まで教えてくれるものなんだな!

「男達は山岳に住む部族とパルマ人の混成で、これから聖都ロンバルディアの神官に売り渡すみたいです」

「聖都の神官だって?」


 誘拐犯に他部族が絡んでいるのもわかる、隣国パルマ人が居るというのも、頭が痛くなるけど理解は出来る。

 だけど、聖都の神官がらみという所が理解出来ない。


 三百年ほど前に、最後の魔法使いとも言われた聖女オリヴィエラが魔女エカテリーナと戦った話は有名で、聖女のおかげで世界は滅びずに今も存続しているし、偉大な聖女は讃え続けられなくてはならないと言い出したのが聖教会で、聖女を信奉する宗教組織は、百年以上かけて信者を増やしてきたという実績があるわけだ。


 聖女の墓があるとされる聖都ロンバルディアは人が住み暮らすには難しいと言われる土地となったけれど、聖女を祀る大聖堂が建てられ、聖女を信奉し、その身を捧げる事を誓った神官や修道女のみが暮らせる宗教的聖地として認定される事になったのだった。


 ちなみに、現在のオストラヴァ王国も、パルマ公国も国教はそれぞれ別に存在するが、年々信者が増えていく聖教会については無視できない存在にもなっている。

 約百年前に両国間の間で取り交わされた約定によって、聖都ロンバルディアは聖地として両国で認める事として、両国ともに不可侵のものとする代わり、ロンバルディアには信者のみ住み暮らす事を許す事として、緩衝地帯としての役割を持たせる事にしたのだった。


 両国での取り決めが出来て以降、聖女オリヴィエらの足跡を辿る聖地巡礼が行われるようになり、毎年多くの人がロンバルディアを訪れる事となったのだが、その巡礼者の誘拐にロンバルディアの神官が関わっている?


「もう動き出しそうなんですって、急いで行かなくちゃ間に合わなくなるので、エリアさんは私についてきてくださいね!」

 こちらを振り返ったアンジェラが弓と矢筒を自分の肩にかけているのだが、一体何処から出したのだろうか?

「とにかく私は無力で何も出来ないので、後はエリアさんよろしくお願いしますねー〜」

そういうと、アンジェラは慣れた様子で借りてきた馬を走らせ始めたのだった。


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