第9話 霊感少女と巨乳戦士 3
オストラヴァ王国にはマグダとカラナという双生の大河が流れているため、肥沃な大地が広がり国土を豊かにしているし、支流が無数にあることから、旱魃にでもならない限り、民が水で困るという事象が起こる事はない。
不毛な土地だから人が住み付かないと言われるラルゴ草原にしても、川が流れていないから人が住み暮らさないというだけの事で、この王国は水の恩恵を受けながら繁栄を続けているという事になる。
アンジェラが昼食用に用意してくれたサンドイッチを頬張っていた僕は、この先に居るのであろう有象無象の幽霊に思いを馳せていたら中身の具を落っことして頭を引っ叩かれてしまったのだ。
アンジェラと旅を始めて五日程度しかたっていないけれど、彼女は最近、僕に対して容赦がない。
ソースでベトベトになった手を洗いに小川の方まで降りて来る事になった僕は、おそらく巡礼中の金持ちに雇われているのだろう。小川で食器を洗っている女達が、姦しくおしゃべりをする声に耳を傾けた。
「ねえ!ねえ!あんた達のご主人様の中で、カタンザーロの領主の館に寄るなんて言い出している人はいないかね?」
「どうかしらね、寄るかどうかは話には聞いていないんだけど」
「うちのご主人様はまず挨拶も出来ないでしょうね、商人と言ってもそれほどの規模じゃないもの」
「もしも寄る事になったら、本当に悲鳴が聞こえたのかどうか教えてくれない?」
「悲鳴ってなぁに?怖いんだけどぉ?」
「何でも、ご領主様の娘さんが行方不明になってしまったらしくって、その日の夜から女性の悲鳴が屋敷中に響くようになってしまったのですって。もしかしたら、その娘さんは屋敷内で監禁されているのかもって事で、絨毯までひっくり返して探したんだけど見つからず、だけど悲鳴だけは続いているらしくってね?」
なんてことだ!僕が知らない間にカタンザーロで新しいオカルトが誕生していただなんて!
「それは新しい話みたいだね!僕が聞いた話は、カタンザーロのお屋敷に行くと必ず刃物を擦り合わせるような音が響き渡っているから、きっと、あの屋敷の地下で眠っている蛮族達が、住民を殺そうと企んで刃を研いでいるんじゃないか・・ていう話で止まっていたよ!娘さんの悲鳴?だけど、実際には行方不明になっていやしないんだろう?」
木々の間から滑り降りた僕が小川に降り立ちながら話しかけると、ギョッとした顔で僕を見上げた女達は、
「馬鹿話なんかせずにさっさと片付けろって言いに、誰かが怒りに来たのかと思ったわよ〜!」
とキャラキャラと笑いだす。
「巡礼の人?戦士って事は護衛で来ているのかしらね?」
僕はそれには答えず、川の中に手を突っ込んでじゃぶじゃぶ洗いながら、
「僕はオカルト話が大好きで、各都市のこわ〜い話を収集して歩いているんだが、カタンザーロで新しい話が出ているのは知らなかったよ。女性の悲鳴?だとするとみんなが寝入った夜中に聞こえてくるという事なんだろうか?」
と、問いかけると、皿を洗っていた女が気安い調子で教えてくれた。
「それなんだがね、夜中と限らず日中も聞こえて来るっていうんだよ。時には苦しむような声だったり、悲痛な叫びだったりするんだけど、そのせいで辞める娘が居るものだから、カタンザーロの街は今ではその噂で持ちきりなんだってさ」
「それで?噂は広まっているけど、実際に悲鳴を聞いている人間はいないんじゃないのかな?」
僕の問いに、三十代と思しき女は驚いた様子で目を見開いた。
「そうなんだよ!あれほど噂になっているのにその悲鳴を聞いた人間はいないし、領主館を辞めた人間なんかは口をつぐんで絶対に話なんかしない。だったら本当に悲鳴なんてあるのかどうかが気になるってもんだよ。ここで会った者はラルゴ草原や聖都で顔を合わせる事も多いから、噂通り悲鳴が聞けたら是非とも教えておくれと頼んでいるってわけさ」
「なんでそこまで悲鳴が聞こえたかどうかが知りたいんだい?」
「王都に戻った時に、面白おかしい話は売れるんだよ」
「巡礼よもやま話か・・・」
製紙技術が発展するのと同時に、書物の出版や新聞、情報誌の販売など、多岐に渡って進化しているだが、そんな中で一般庶民を楽しませているのが『巡礼よもやま話』となる。聖地巡礼は王都ヴィアレッジョを出発して聖都ロンバルディアを目指すものだけれど、旅の最中には面白い話が意外なほどに転がっているもので、それらを拾い集めて出版したところ、庶民に大人気となったのだった。
「信憑性があるものほど高く売れるからね、悲鳴の出所とか実際に聞いたなんて話は具体的になればなるほどお金になるってわけさ」
「ははあ・・なるほど・・・」
巡礼よもやま話はたまにオカルトめいた話が混ざっているため、僕も毎回、購入して読んでいるのだが、あの出版社が信憑性を求めているだなんて知りもしなかったなあ。
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